コラム

COLUMN

衛星を利用する船舶通信~モーリシャスの座礁事故から考える~

20207月下旬、インド洋の島国モーリシャスの沖合で、商船三井が手配した貨物船「WAKASHIO」が座礁し、大量の重油が海に流出しました。地元警察は、複数の船員が事故前に誕生日パーティーを開いており、Wi-Fiに接続するため島に近づいた可能性を示唆しているとのことです。現在、通信衛星を利用して船内インターネット環境を整備することで船員の福利向上を図ることは容易なはずですが、この機会に衛星を利用した船舶通信について調べてみました。

 

 

 2020年7月下旬、商船三井が長鋪汽船株式会社の関連会社から用船し運航していたばら積み貨物船WAKASHIOが、インド洋航行中にモーリシャス島沖で座礁し自力航行不能に陥り、燃料油が流出するという事故が発生しました[i]。逮捕されたインド人船長らは、島に近づいた理由について、「インターネットに接続して故郷の家族と通話し、新型コロナウイルスの流行状況を知りたかった。」と供述している、との報道があります。筆者はこれを聞いた時に、「今時、船内でインターネットに接続できないことがあるの?」との疑問を抱きました。外洋を航行する船舶のインターネット環境はどうなっているのだろう?大型クルーズ船は?大型タンカーは?これが今回の調査のトリガーです。

 

 皆様ご承知のとおり、2020年1月20日に横浜港を出港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客のうち、1月25日に香港で下船した80代男性が新型コロナウイルス感染症に罹患していたことが2月1日に確認され、同船が2月3日に横浜に入港すると同時に、日本国内で新型コロナウイルス感染症に対する緊張が高まりました。このため、現状、大型クルーズ船に対する印象はあまりよくないと思いますが、大型クルーズ船では、お客様サービス向上施策として船内Wi-Fiが完備しています。2019年8月、プリンセス・クルーズサービスを提供する株式会社カーニバル・ジャパンは、2020年に「メダリオン・ネット(MedallionNet™)」というWi-Fiサービスをダイヤモンド・プリンセスを含む6隻に導入する、と発表しました[ii]。メダリオン・ネットは、欧州の衛星通信事業者であるSESが、自社の静止衛星とSESが株主となっているO3bのMEO(Medium-Earth-Orbit)衛星コンステレーションを利用した高速インターネット接続サービスです。2019年8月時点では既に8隻のクルーズ船で導入されていましたが、そのうちの一隻のRegal Princess号では1.5Gbps以上の伝送速度を達成し、ダウンロード速度は一般家庭並みの100Mbps以上をまた、アップロード速度も60Mbps以上をほぼ達成できており、Regal Princessの搭乗客は、1台のデバイスを購入することで、1日9.99ドルで無制限のインターネットアクセスが利用できるようです[iii]

 

 

 参考に、他のクルーズ船のWi-Fi料金も調べてみました。プリンセス・クルーズではデバイス購入がWi-Wi利用条件になっていましたが、持ち込み端末でのWi-Fi接続として次のような例がありました。

 以下、名鉄観光さんのホームページから引用させていただきました[iv]

【クルーズ船の上でインターネットやwi-fiは使える?】

 ほとんどの客船で、お客様が持参されたノートパソコンやタブレット端末・携帯電話・スマートフォン等は、船内でWi-Fiに接続し、インターネットを有料で利用できます。また、船内のインターネット・カフェに設置されているパソコンも24時間使用でき、インターネットを有料で利用できます。インターネット回線は、クルーズ船の航行中や停泊中でも衛星を介し接続可能ですが、状況により接続が遅くなることや中断されることがあります。

 

使用料例:ホランドアメリカライン

インターネット使用料: 3.95ドル

1分ごとの料金: 0.75ドル

<お得なパッケージプラン>

・100分: 55ドル

・250分: 100ドル

(パッケージプランは航路により異なる場合があります)

 

 読者の皆様、いかがでしょう。高いと感じますか、思ったより安いと感じますか?

 筆者の率直な感想は、「ちょっと高いなあ。余程のことがないと使わないだろう。」です。

 

これくらいの価格設定をしないと、衛星を利用した船内インターネット環境整備はペイしないのでしょうか。そうする と、乗組員が20~30名程度の貨物船に、福利向上の名目として船内インターネット環境を構築するのはなかなか難しいように思われます。

 

 日本のスカパーJSAT株式会社も、船舶向け高速インターネット接続サービスとしてOceanBB plusを提供しています。これは、船上に設置した船舶用衛星通信システムとインターネット網を、通信衛星とスカパーJSATの横浜管制センター内のHUB局を介して接続するもので、下り(陸から船の通信)回線速度は最大10Mbps、上り(船から陸の通信)回線速度は最大3Mbpsです[v]。OceanBB plusの料金はホームページ上では公表されていませんが、「月額料金8万円~ご契約頂ける多彩なプランにてご提供します。」、との情報もありました[vi]

 

 前述のメダリオン・ネットは高スループットのKaバンドビームを利用しているようです[vii]。このKaバンド衛星の利用については、2015年11月に開催された国際電気通信連合(ITU)世界無線通信会議(WRC-15)で、移動体を利用したグローバルサービスを実現するための「移動する地球局(ESIM:Earth Station In Motion)」の技術的条件の規定が承認され、29.5~30.0GHz(地上から宇宙)、19.7~20.2GHz(宇宙から地上)において、固定衛星業務用の通信衛星を利用した移動体向け衛星通信システムが運用可能となったことから、この周波数帯を利用するHTS(High Throughput Satellite)衛星による船舶向け高速インターネットサービスの提供が実現されたものと思われます。

 

 通常、船や車のような「移動地球局」は移動衛星業務(MSS:Mobile Satellite Service)に、固定型の「地球局」は固定衛星業務(FSS:Fixed Satellite Service)に分類されます。Kaバンドでは、MSSよりFSSに多くの周波数が分配されているため、「地球局」とする方が利便性が高いことから、「移動体に設置する地球局」という意味でESIMと呼ばれています。

 さらに、WRC-19の議題1.5としてWRC-15で合意された周波数に加えて、「固定衛星業務における静止軌道上の宇宙局と通信を行う移動する地球局による17.7~19.7GHz(宇宙から地球)および27.5~29.5GHz(地球から宇宙)帯の利用」が設定されました。結果としては、5G等の保護を求める日本・韓国等の地上業務保護派と欧州・中国等のESIM推進派との間で激しく意見が対立しましたが、5Gを保護するため、ESIMは認められた領土内でのみ運用可能とすることや、ESIM地球局の出力制限値を規定する旨の決議が合意されました[viii]

これらの議論は静止衛星に関するものですが、海外では非静止衛星を利用するESIMの議論も進んでいます。ご興味のあ る方は、少し古い資料ですが総務省の“海外におけるESIMの制度化動向”をご参照ください[ix]

 

 SpaceXが構築を進めるStarlinkをはじめとする近年の通信向けLEOコンステレーション計画を考慮すると、今後、Kaバンドを利用するMEOやLEOの非静止衛星ESIM運用についても議論が深まることは必然だと考えます。LEOコンステレーション等によるESIM運用が実現されると、船舶通信も画期的に安くなるかもしれません。期待したいものです。

 

写真はWAKASHIO:長鋪汽船株式会社ホームページより掲載

https://www.nagashiki-shipping.jp/

 

[i] 商船三井:https://www.mol.co.jp/pr/2020/20047.html

[ii] プリンセス・クルーズに関するプレスリリース:https://www.princesscruises.jp/pdf/190820pdf.pdf

[iii] SES:https://www.ses.com/press-release/carnival-corporations-medallionnettm-set-industry-apex-wi-fi-bandwidth-capacity-sea

[iv] 名鉄観光:https://guide.mwt.co.jp/cruise/faq/manner/faq-300/

[v]スカパーJSAT:https://www.jsat.net/jp/satellite/oceanbb_plus/index.html

[vi] https://www.informa-japan.com/sj/complist/detail.php?exid=E6VW58TX86

[vii] https://www.rivieramm.com/opinion/opinion/passenger-demand-drives-investment-in-connectivity-and-broadband-21701

[viii] 総務省:https://www.soumu.go.jp/main_content/000670379.pdf

[ix] 参考資料(総務省):https://www.soumu.go.jp/main_content/000473510.pdf

2021.1.18
2021.1.12
2020.12.21