コラム

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航海の安全を支える海上遭難・安全システム-GMDSS-

船舶の安全を守るためのシステムであるGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)についても、小型衛星コンステレーションの利用検討が始まりました。今回は、タイタニック号の遭難を起点とする全世界的な海上遭難・安全システムGMDSSについて解説します。

 

 2020年8月のSpaceNewsに、“Orbcomm, AAC Clyde, Saab to build maritime communications cubesat, mull constellation”という記事が掲載されました[i]。衛星運用事業者であるOrbcomm、小型衛星メーカーのAAC Clyde Space、スウェーデンの航空宇宙企業Saabが、新しい衛星コンステレーションの始まりとなる海事通信(maritime communications)向けのデモンストレーション用cubesatを開発する、と発表したのです。2022年半ばに打ち上げられる予定の3Uのcubesatを介して、船舶と陸上間での双方向通信が可能なSaab社の高周波データ交換システム(VDES:VHF Data Exchange System)の試験が行われます。Orbcommはすでに、VDESのサブセットである自動船舶識別装置(AIS:Automatic Identification System)を使った船舶追跡サービスを提供しています。VDES、つまりVHF帯の周波数を利用するデータ交換システムは、現在は陸上に設置した送信機からの通信に限定されており、サービス領域は海岸線沿いに限られていますが、衛星VDESにより海洋全体をカバーできるようになります。

 

 この記事の背景にある、船舶の安全を守るためのシステムであるGMDSSについて解説したいと思います。衛星通信分野にご興味のある方は、GMDSSについてご存じの方も多いと思いますが、GMDSSはGlobal Maritime Distress and Safety Systemの略で、海上における遭難及び安全に関する世界的な制度です。

 

 1912年、大西洋で氷山と衝突したタイタニック号の沈没では、モールス符号による遭難信号(SOS)が発出されたことで多くの人命が救われた一方、乗船者約2,200人中、約1,500人の犠牲者を出すという大惨事となってしまいました。これを契機として、それまで各国がそれぞれの国内法で規制していた船舶の安全に関する措置を国際条約の形で国際的に取り決めるべきとの気運が高まり、1914年1月ロンドンにおいて、欧米主要海運国13力国が出席した「海上における人命の安全のための国際会議」が開催され、「1914年の海上における人命の安全のための国際条約(The International Convention for the Safety of Life at Sea, 1914:1914年SOLAS条約」が採択されました。この条約の主な内容は、乗船者全員分の救命艇の備え付けと訓練の実施、モールス無線電信の設置と遭難周波数の24時間聴守および通信士の配乗、北大西洋の航路での流氷の監視、等でした。この条約の内容は船の安全にとって基本的な機能を盛り込んだものでしたが、第一次世界大戦勃発のため、5力国のみの批准にとどまり、発効には至りませんでした。

 「1914年SOLAS条約」の採択後、造船技術や航海技術の進歩に対応したいくつかの新条約が採択され、現在のIMO(International Maritime Organization:1982年に改称)の前身であるIMCO(International Maritime Consultative Organization:1958年に設立された政府間海事協議機関)の海上安全委員会で審議されていた技術的安全要件を確実に実施するために、我が国を含む67力国が参加した1974年の国際会議において「1974年の海上における人命の安全のための国際の条約」(1974年SOLAS条約)が採択され、1980年5月に発効されました[ii]。IMOで作成された条約の一覧は外務省のホームページに掲載されていますので、ご興味のある方はご覧ください[iii]

 

 従来の遭難安全通信システムでは、国際的に定められた周波数帯の電波を用いた遭難警報を発信して救助を求め、近辺の船舶がこれを受信することで捜索救助が行われました。しかし、大海原では付近に船舶が存在しない場合も多く、救助活動が確実に行われる保証はありませんでした。

 このような背景から1979年SAR条約の採択会議(International Convention on Maritime Search and Rescue)において、「全世界的な海上遭難システム」の開発が要請されました。さらに、海上通信においても衛星通信、デジタル選択呼出し、印刷電信等が導入されてきたことから、IMOは従来の無線電信に依存した遭難通報システムに代わる新しい海上遭難・安全システムとして、衛星通信技術やデジタル通信技術を取り入れた通信システムへ移行するための開発を行うことになり、1988年に「1974年SOLAS条約」を改正してGMDSS導入の準備を開始しました。

 GMDSSは1992年から順次、導入が始まり、1999年2月から完全実施が行われています[iv]

 

 GMDSSでは、遭難事故が発生した場合に、極力速やかに陸上の救助調整センター(RCC:Rescue Coordination Centers、日本では海上保安庁)や遭難船舶の付近にある船舶が捜索救助作業に参加できるようにするため、RCCや船舶が遭難警報を直ちに受信できるようにするとともに、海上安全情報(航行警報、気象警報等)の提供も行っており、すべての船舶がどこを航行していても、その船舶自身の安全と、同じ海域を航行している他船の安全のために、必要と考えられる通信が確保できるようにしています。搭載すべきGMDSS無線機器は航行水域等の条件で異なりますが、国際航海に従事する総トン数300トン以上の貨物船及びすべての旅客船にGMDSSの搭載が義務つけられています。

 わが国では、それ以外にも、船舶の航行の安全性を一層高めるため、沿岸を航行する一部の船舶を除き、総トン数20トン以上の船舶は、基本的にGMDSS無線設備を設置することになっています[v]

 

 そして、2009年のIMO第86回海上安全委員会において、1980年代の技術を基に開発されたGMDSSの見直しを検討することが承認されました。これに従って、IMO MSC(Maritime Safety Committee:海上安全委員会)等で検討が進められ、GMDSSの更新に関するSOLAS条約改正がMSC 99(2018年5月)で承認され、2020年1月1日、「改正SOLAS条約」が発効されました。

 大きな変更点は、それまで「インマルサット静止衛星との通信が可能な海域」として定義されていたA3海域を、「IMOが承認した衛星システムが利用できる通信海域」としたことです。つまり、従来のA3海域はインマルサット静止衛星との通信が可能な海域(北極・南極周辺の極地域を除く範囲)として全ての船舶で共通的に定義されていたものが、利用する衛星サービスプロバイダーに依ってA3海域の定義が個船ごとに異なるようになったのです[vi]。現時点では、イリジウム衛星システムがGMDSS海上移動衛星サービスとして認証されています。

 海域(あるいは水域)の具体的な説明は省略しましたが、A1~A4までの区域が設定されており、各々の海域でGMDSSの搭載要件が異なります。衛星通信機器以外にも様々な無線機器や警報装置、衛星無線航法装置等の搭載が規定されています。

 余談ですが、2018年のMSC 99にて、中国の測位衛星システムであるBeiDou(北斗)のGMDSS認証申請が行われました[vii]

 

 そして現在、さらに新たなGMDSS無線システムの検討も実施されているのです。2019年に開催された国際電気通信連合(ITU)の世界無線通信会議(WRC-19)の審議結果を受けて、ITU憲章及び条約に規定する無線通信規則の一部改正が発効されることから、総務省は日本国内での周波数割当計画を作成し、これに対する意見募集が行われました[viii]。この中で、GMDSSに関する項目としては以下のようなものがあります。

・415-526.5kHz帯におけるNAVDAT(Navigational Data)用周波数の分配

 海上における遭難及び安全に関する世界的システム(GMDSS)の近代化として、415-526.5kHz帯が、これまでテキスト配信のみであったNAVTEX(Navigational Telex)に代わりデジタル方式でのデータ配信の受信も可能なNAVDAT用として国際分配されとことに伴い、同周波数帯における国内分配の変更が行われます。

・VHFデータ交換システム(VDES)の衛星での利用等のための周波数分配

 国際VHFとして海上移動業務に分配されている周波数について、カバーエリアが広い衛星VDES(VHF Data Exchange System)としての利用が可能な海上移動衛星業務に国際分配されたことを受けて、同周波数帯における国内分配の変更が行われます。

 これが、冒頭に記述したOrbcomm等の計画に関連するものです。

・GMDSSの新たな衛星システムとしてのイリジウム衛星システムの導入

 GMDSSの新たな衛星システムとしてイリジウム衛星システムを導入するために、1621.35-1626.5MHzの周波数帯が新たに海上移動衛星業務(宇宙から地球)に一次業務として国際分配されることを受けて、同周波数帯において国内分配が行われます。

 2020年にイリジウム社は、現在のソリューションよりも低価格で、安全かつ信頼性の高いグローバルな音声およびデータのGMDSS通信が可能な海上移動端末の提供を行うと発表しています[ix]

 

 近年、数多くのLEOコンステレーションが計画されており、おそらくそのほとんどが衛星を介したインターネットの提供を目的としたものと思われます。GMDSSとしては、音声通話が可能であることが要求されているのですが、回線を占有しない帯域共用型のインターネット上での音声通話がGMDSSとして認められるかどうか定かではありません。LEOコンステレーション事業者には、グローバルな衛星高速ブロードバンドの構築に加えて、船舶の安全を安価にかつ確実に確保するための通信システムの構築についても熟考をお願いしたいと思う次第です。

 

 

写真はIridiumホームページから掲載

https://www.iridium.com/services/gmdss/

 

[i] SpaceNews:https://spacenews.com/orbcomm-aac-clyde-saab-to-build-maritime-communications-cubesat-mull-constellation/

[ii] SOLAS条約あれこれ(安藤 昇):https://www.jstage.jst.go.jp/article/kanrin/8/0/8_KJ00004374557/_pdf

[iii] IMOで作成された主な条約(外務省):https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/imo/

[iv] GMDSS全世界的な海上遭難・安全システム(小林英一、黒森正一):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jime2001/42/5/42_5_858/_pdf

[v] 総務省(東海総合通信局):https://www.soumu.go.jp/soutsu/tokai/musen/kaijou/index.html

[vi] 国土交通省:https://www.mlit.go.jp/common/001124362.pdf

[vii] 海上無線通信の最新動向(日本無線株式会社):https://j-nav.org/navsys/workshopreport/report/r2019s/abst2019s/handout_miyadera.pdf

[viii] 総務省:https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban09_02000370.html

[ix] Iridium:https://www.iridium.com/solutions/maritime/safety/

2021.10.20
2021.10.19
2021.10.18