コラム

COLUMN

GPS信号の弱点と対策

カーナビや携帯電話の位置情報など、私たちの日常生活で無意識のうちに利用しているGPS信号について、交代目前のトランプ政権から米国におけるGPS依存とGPSが利用できなくなる日への備えに関する政策メモが発表されました。GPSができなくなるとはどういうことでしょうか。GPSに潜む問題と対策についてレポートします。

 

 

 政権交代が目前に迫った2021年1月15日、トランプ政権が米国のGPS依存とGPSが利用できなくなる日への備えの必要性に関するSpace Policy Directive-7(SPD-7)を発表しました。政権移行後、残念ながら本メモは削除されたようなのですが、Space Newsによると、メモの概要は次のようなものです(Policy directive on GPS issued in closing days of Trump administration)。

 米国では、宇宙からの情報を利用する位置決定、ナビゲーション、時刻への依存度が増大しており、軍事、民間、商業用途においてGPSへの依存度が増すことはシステムの脆弱化につながるというのです。SPD-7は、GPS利用者は信号損失に備えるとともに、受信したGPSデータや測距信号のintegrity(完全性あるいは整合性)の検証や認証を行うための措置を講じなければならない、としています。

 さらにSPD-7では、米国は量子センシングやGPSの代替となるPNT(Positioning, Navigation and Timing)サービスのような新たに開発される技術やサービスを組み込むことができる代替的なアプローチの開発を推奨する、としています。海外の衛星ベースのPNTサービスの利用についても支持するが、信頼性や真正性を保証するものではない、と釘をさすことも忘れていないようです。そして、受信機メーカーに対しては、増大するサイバー脅威に対して、セキュリティ、完全性、および耐障害性を継続的に向上させる必要があるとしています。

 

 それでは、GPSの脆弱性とは何か、GPSの代替となるシステムとはどのようなものなのでしょう?

 

 衛星を利用する航法システム分野における代表的研究者である国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所(ENRI:Electronic Navigation Research Institute)の坂井丈泰氏が解説した論文(GPS のセキュリティ)を参考にGPSの脆弱性について説明します。

【GPSの脆弱性】

(1)意図しない原因によりGPS信号が利用できなくなるケース

 GPS受信機で受信する信号は約2万kmの彼方のGPS衛星から送信されたものであるため、受信できる信号の強さは微弱なものになります。そのため、GPSが利用する周波数帯に近接した電波が発射されることにより、付近のGPS受信機が電波干渉を被り使用できなくなる場合があります。原因としては、近接周波数帯を利用する通信機器の不具合の場合が多いのですが、米国ではGPSが使用するLバンドの隣接帯域を利用して衛星と地上システムの両方で通信サービスを提供しようとするLigado NetworksとGPS業界の間で電波干渉に関する議論が続いたように(Ligado, the L-Band, and GPS)、GPS受信機にとっては大きな問題です。

(2)悪意のある意図的な妨害

① ジャミング(Jamming)

 前述の電波干渉を引き起こすような妨害波を意図的に発生させて、GPS受信機が信号を受信できないようにする行為です。

② スプーフィング(Spoofing)

 誰でもGPS受信機を作れるように、GPS衛星が送信している民生用信号の仕様は公開されています。この仕様に基づいて作った偽のGPS信号を地上から送信することで、実際とは異なる位置情報に変える行為です。黒海沿岸などでは2019年頃、過去2年間で1万件ほどのスプーフィング攻撃事例が確認されたそうです(Internet Watch記事)。

③ ミーコニング(Meaconing)

 GPS信号を元のまま、あるいは加工して再送信する妨害行為です。

④ 位置情報の偽装

 GPS信号そのものを偽装するのではなく、受信したGPS信号に基づいてGPS受信機が決定した位置情報に対して物理的な偽装を加えることによる妨害行為です。

 

 それでは、これらの脆弱性に対する対策はどのようなものがあるのでしょう。

【GPS脆弱性に対する対策】

① 測位信号の暗号化

 測位衛星が送信する測位信号を暗号化することでスプーフィングのような欺瞞信号による攻撃を阻止しようとするものです。すでに信号の仕様が公開されているGPSのような信号ではこのような対策を採用することはできませんが、新たにサービスを開始する衛星測位システムでの採用が可能です。

 例えば、欧州のGalileoでは暗号化された信号に対してアクセスを提供するGalileo Commercial Authentication Service (CAS)の実証も行われています(GSA)。

 日本でも、東京大学空間情報科学研究センターの柴崎亮介教授とマナンダー・ディネス特任准教授らは偽の位置情報によるなりすましの危険性を防ぐ技術として、「衛星測位信号の隙間に暗号のカギとなるデータを電子証明として埋め込み、開封用の信号を受け取ったユーザーだけが利用できるようにする」特許を国際出願し、大学発ベンチャーを設立したとのことです(dmenu ニュース)。日本独自の衛星測位システムである準天頂衛星システムに本特許が適用された新サービスが追加される可能性もありますね。

② アレーアンテナ

 スプーフィングやミーコニングを仕掛ける攻撃者は地上あるいは地上付近から送信してくるため、実際に衛星が存在する方向から到来する電波だけを受信できるような指向性を有するアレーアンテナ受信機の検討が行われています。しかし、アンテナが大きくなることや民生品として流通するのは難しいという問題があります(Internet Watch記事)。

③ センサーフュージョン

 GPS受信機の物理的な移動状況を他の位置センサーが取得するデータと比較することで、欺瞞の有無を知る方法があります。他のセンサーと組み合わせることからセンサーフュージョンとも呼ばれていますが、組み合わせるセンサーとしては様々な種類があります。例えば、加速度及び角速度を測定するIMU(Inertia Measurement Unit:慣性計測装置)などのデータを利用して、GPS信号に基づいて決定した位置情報が矛盾していないか比較することができます。

 

 自動車や船舶、航空機ナビゲーションや時刻同期などの社会インフラおよび、自動運転や人工衛星の自律制御など、今後のスマートシティをはじめとする新技術実現のために欠くことのできない衛星測位システムとして、米国のGPS、ロシアのGLONASS、欧州のGalileo、中国のBeiDouなど、各国が独自の衛星測位システムを構築し運用しています。社会インフラの中で測位情報の重要性が増すほど、セキュリティの強化が求められます。測位精度の向上とともにセキュリ機能の競争も活発になるはずですので、日本の準天頂衛星システムにおけるセキュリティ強化にも期待したいものです。

 

写真はSpace Newsから掲載(GPS 3)Credit:Lockheed Martin

 

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