コラム

COLUMN

LEOによるセルラー通信サービス

地上の携帯電話ネットワークが整備されていない地域でも、日頃利用するスマートフォンを使って衛星経由で通話をしたりメールを送ったりすることができる。そのようなシステムを利用したサービスの検討が日本で進んでいます。20年程前に、同じようなサービスが計画され、実際に衛星の打上げも行われました。20年前と現在で何が違うのか、過去の計画も紐解きながら考えます。

 

 ちょっと硬い定義ですが、「総務大臣の諮問に応じて、情報の電磁的流通及び電波の利用に関する政策に関する重要事項を調査審議し、総務大臣に意見を述べること、郵政事業及び郵便認証司に関する重要事項を調査審議し、関係各大臣に意見を述べること」を所掌する[1]ために、総務省に情報通信審議会が設置されています。この配下にある情報通信技術分科会の「新世代モバイル通信システム委員会」および「衛星通信システム委員会」の下に、衛星コンステレーションによる携帯電話向け非静止衛星通信サービスに関する基礎的な調査検討を行うことを目的としてスペースセルラー検討タスクグループが設置され、そこでまとめられた検討結果[2]が、2021年4月12日に開催された衛星通信システム委員会作業班で報告されました。

 

 報告書によると、スペースセルラー検討タスクグループの目的と検討内容は以下のとおりです。

① 通信の遅延時間が短い中・低軌道に打ち上げた多数の小型衛星を連携させて一体的に運用する「衛星コンステレーション」を構築し、高速大容量通信など多様なサービスを提供することが可能となってきている。

② このような衛星コンステレーションによる携帯電話向け非静止衛星通信サービスを提供することにより、災害時に地上の携帯電話基地局が損壊した場合の通信手段の確保や、これまで地上の基地局でカバレッジが実現できていない山岳地帯や離島等への通信サービスの提供を実現する「スペースセルラーサービス」について、2022年にも開始が計画されている。

③ スペースセルラーサービスは、現在市販されている既存の携帯電話端末が直接衛星と接続できる衛星通信ネットワークを提供する新しいサービスであり、実現するためにはいくつかの技術的課題が考えられる。

④ 本タスクグループは、情報通信審議会 情報通信技術分科会 新世代モバイル通信システム委員会及び衛星通信システム委員会の下に設置されたものであり、共用条件等の技術的条件の検討に先立って考えられる論点を抽出し、特に技術的実現性について必要な検討がなされているかについて確認を行ってきた。

 なお、技術的な課題の他、周波数割当や免許制度、国際的な周波数利用との調和等、制度的に検討されるべき多くの事項がありますが、タスクグループが政策的方向性を得ることを目的としていないことから、これらについては論点や意見を整理するに留めること、としています。

 同報告書にはシステム図が掲載されており、それによると次のようなシステム構成になっています。

 システムの特徴としては、既存端末(スマートフォン)からの通信を、衛星及びフィーダリンク経由でeNB(eNodeB:evolved Node B)へ転送し、eNB側で衛星通信に必要な補正を行うことで既存端末による通信を可能にするものです。eNBは、加入者の情報管理やインターネットとの接続などを行うコアネットワークと接続される無線基地局です。サービスリンクと呼ばれる端末~衛星間の通信には1825~1845MHz(衛星→端末)、1730~1750MHz(端末→衛星)の周波数帯がまた、フィーダリンクと呼ばれるゲートウェイ~衛星間の通信にはQ/Vバンドという40~50GHzの周波数帯を利用します。衛星の軌道高度は約700km、168機の衛星でコンステレーションを構成します。サービスリンクのビームの大きさは直径24km程度と、かなりビームを絞って利得を上げているのですが、ビームを絞るために衛星に搭載するアンテナの直径が24mと非常に大きなものとなり、衛星の移動に追従するためのドップラーシフトへの対応と併せて、今後の検討や検証が必要であることが報告書で指摘されています。

 この「スペースセルラー」は、1年ほど前に楽天モバイルが出資を決定した米国のAST&Scienceが開発を進めている「SpaceMobile」サービスを日本で展開するためのものなのです。ASTが開発する衛星から、地上で用いられる携帯電話サービスと同じ方式、同じ周波数帯の電波を送受することで、日頃、私たちが利用する携帯端末をそのまま使うことができるのです[3]

 

 このような、地上の携帯電話が利用する周波数と同じ帯域の周波数を用いて衛星と通信するシステムの構想は多数、存在します。例えば、最近では、Lynk社[4]が「universal mobile broadband connectivity」と称して地上システムのエリア外では衛星を経由した通信を行うことでグローバルサービスを提供する、としています。本システムについては別の機会にでも報告したいと思います。

 

 衛星を介して携帯電話程度の大きさの端末で通信するサービスとしては、KDDIやJSATモバイルなどが販売するInmarsatのIsatPhone[5]、ソフトバンクなどが販売するThurayaの衛星携帯電話[6]などがあります。これらのサービスはいずれも静止衛星を利用するもので、衛星~端末間で使用する周波数は衛星通信専用であり、衛星電話も衛星通信専用の端末です。また、Iridium衛星携帯電話のように、軌道高度約780kmを周回するLEOを使用するものもあります。Iridiumも、移動体衛星通信用に割り当てられた周波数を使用しています[7]。つまり、日頃使用する携帯電話とは別の衛星専用の携帯電話が必要です。こうなると、普段、衛星携帯電話を利用することはほとんどありませんので、一般の消費者の購買意欲を掻き立てることは難しく、非常災害時向けに自治体や防災機関などが配備するなど、利用シーンが限られてしまいます。また、万一の時に衛星携帯電話を使おうとしてもバッテリーが切れていたり、使用方法を忘れていたり、と使い勝手も悪くなってしまいます。

 そこで、1台の携帯電話で地上システム経由あるいは衛星経由のどちらでも通信ができる通信システムの構想が2000年頃から米国や欧州で計画され、2010年頃には大型の静止通信衛星の打ち上げが行われました。例えば、米国のMSV(Mobile Satellite Ventures)という会社は、地上と衛星(移動体衛星)が同一周波数帯を利用して地上基地局による補完的なサービスを行うというAncillary Terrestrial Component(ATC)という特許を取得し、システムの構築を進めました。ATCは米国のFCCにより2003年に制度化され、直径約22mのLバンドアンテナを搭載したSkyTerraや直径約18mのSバンドアンテナを搭載したTerreStarが打ち上げられましたが、会社が倒産の憂き目にあい、衛星は他の会社に譲渡され、ATCはビジネスとして成立していません[8][9]。このATCは、衛星通信事業者が地上のネットワークを補完的に利用することを前提としており、人口が多い都市部などでは衛星がビル陰になることから、補完的に設置するはずの携帯電話基地局の数が膨大になり、かなりの初期投資が必要になってしまいます。

 筆者は、人口の多い地域は地上システムでサービス提供し、地上システムでカバーすることが難しいあるいは、衛星でカバーした方が効率的な地域を衛星で補完するべきだと考えています。

 このような観点から、楽天モバイルが構想しているような、衛星システムで地上のサービスエリアを補完するサービスは理にかなっていると思います。

 

 LEOに搭載する直径約24mのアンテナやドップラーシフト対応が課題である、と前述の報告書は述べていますが、筆者の経験上、以下の2点も大きな課題ではないかと考えています。

① 既存のLTE端末に何らの変更も加えることなく衛星経由の通信が可能か?

 ユーザは地上の電波を使っているのか衛星の電波を使っているのかわかりません。十分な回線設計が行われているとは思いますが、携帯電話の持ち方や衛星の方向によっては回線の状態が悪くなるようなことがあるかもしれません。端末側にもっと大きなアンテナが必要にならなければよいと思います。

② コアネットワークへの影響は?

 eNB側で衛星通信に必要な補正を行うことで既存端末による通信を可能にする、とのことですが、いわば衛星用のS-eNB(Satellite-eNB)を作ることになります。するとS-eNBに接続されるコアネットワーク側でもパラメータの変更が必要になるのではないでしょうか。つまり、コアネットワークは通常のeNB用とS-eNB用のパラメータを使い分ける必要があるのではないかと思います。

 

 昔、筆者も、移動体衛星通信の開発や実用化を行った経験があり、1台の端末で衛星と地上の両方にアクセスできるようなシステムを構築するのが夢でした。検討・検証すべき課題は多いと思いますが、楽天モバイルのシステムが成功することを願います。

 

写真はAST本社:ASTホームページから転載(ASTホームページ

 

[1] 総務省

[2] スペースセルラー検討タスクグループ

[3] ケイタイWatch記事

[4] Lynkホームページ

[5] 例えば、インマルサット衛星携帯電話

[6] 例えば、スラヤ衛星携帯電話

[7] 例えば、イリジウム衛星携帯電話

[8] 衛星系と地上系の統合

[9] 衛星通信の動向

2021.5.12
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