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地理空間情報×AIが描く、日本の未来 ―イチBizアワード2025特別対談

編集部より:本記事は、内閣官房が主催する地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテスト「イチBizアワード2025」の連携企画です

デジタル化が進む現代社会において、ますます重要性が増している「地理空間情報」。

他の情報やテクノロジーとかけ合わせることで多くの課題解決・ビジネスに役立つことが想定されていますが、地理空間情報を十分に活用するためには何が必要で、何をすべきなのでしょうか。 内閣官房で地理空間情報の活用推進に携わる墳﨑正俊氏と、イチBizアワード2025のゴールドスポンサーを務めるLocationMind代表の桐谷直毅氏に官民それぞれの立場から、“地理空間情報×AI”がもたらす日本の未来像を語り合っていただきました。

聞き手:イチBizアワード事務局 有限責任監査法人トーマツ 地域未来創造室 大隈 裕文


墳﨑 正俊  Masatoshi Tsukasaki
国土交通省 総合政策局地域交通課長(併)内閣官房 地理空間情報活用推進室参事官
2001年国土交通省入省。都市局、不動産・建設経済局、公共交通政策部門などを経て、2025年より現職。
桐谷 直毅  Naoki Kiritani
LocationMind株式会社 Founder/代表取締役CEO
東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックスの投資銀行部門にて大型のIPOやクロスボーダーM&Aのアドバイザリーに従事。独立後、大学発ベンチャーの支援に注力するベンチャー投資企業Angel Bridgeを創業する。複数の起業を行うエンジェル投資家/シリアルアントレプレナーとして活躍。2019年2月にLocationMindを創業。

生産年齢人口減少への切り札・地理空間情報の活用

本日は、官民それぞれの視点から、地理空間情報を活用した社会課題解決・ビジネス創出の可能性についてお話しいただきます。まずは墳﨑さんから、地理空間情報の活用に関する政策とその背景をご紹介いただけますか。

墳﨑氏 日本社会は今、人口減少という、非常に大きな転換点を迎えています。2020年の生産年齢人口は7,500万人でしたが、2032年には7,000万人、2043年には6,000万人まで減ると言われています。

すでに建設現場や運輸業などでは人手不足が大きな懸案となっており、一人ひとりの働き手の生産性を上げることが何より重要です。そのためには、テクノロジーを「新しいパートナー」として活用していくことが鍵になると考えています。

地理空間情報はその基盤となるものです。2007年に制定された「地理空間情報活用推進基本法」以来、関係省庁で連携して、政府として環境整備を進めてきました。測位情報をはじめとする衛星データや地図データに、官民の各分野のデータを重ね合わせてさまざまな現場で活用することで、一人ひとりが新しいテクノロジーを活用して働き、生活する基盤がいよいよ整ってきていると感じています。

桐谷氏 今お話しいただいたように、日本には非常に質の高い地理空間情報の基盤があります。道路や交通、人口動態、地図など、国が整備しているデータの精度は世界的にも高いものです。 一方で、2007年に法律ができてから約20年経ち、その間に技術は目覚ましい進化を遂げました。特に、測位衛星やスマートフォンの普及により、位置情報を誰もが利用する時代になりました。しかし今は、位置情報そのものの信頼性や安全性が問われる時代でもあります。

LocationMindでは、準天頂衛星システム「みちびき」に、不正な位置情報を排除する技術を提供していますが、国土は国の基盤ですので、国がその状況をきちんと把握することが不可欠です。地理空間情報を外国企業に委ねてしまうと、国としてのデータ基盤が空洞化してしまう恐れもあります。私たちは、こうした基盤を国内で守り育てるため、研究開発を続けています。

技術は急速に進歩していますから、自動運転や無人機、さらにSociety 5.0といった概念まで、地理空間情報にかかわるテーマが横串でつながるように、今後は標準化も必要だと思っています。政策サイドにおいても、こういったことを検討いただけると有り難いと考えています。

※Society 5.0:サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させ、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会のこと。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新しい社会のビジョン。

― LocationMindさんでは、測位衛星による位置情報の正確性を担保する技術のほかに、ビッグデータの分析・提供なども行っているそうですね。

桐谷氏 はい。スマートフォンや自動車、船舶の位置情報データを世界約150カ国分取り扱い、国内外に提供しています。人流だけでなく、「自動車流」「船舶流」もあるということですね。

ですが、日本に暮らす1.2億人と、8,000万台の車のデータ全部がデジタル化されているかというとそうではありません。データとして手に入るのは数%で、残りの90%以上は推定しなければなりません。

例えば、朝は家にいても、日中は別の場所にいて、さらにいろいろな交通手段を使い、また家に帰る。こういった動きは、現状、統計だけでは見えません。正確な人流をどう掴むかは全世界の課題ですが、入手できるデータから欠けたデータを生成することもできます。当社はこの分析において世界最先端グループの一つです。こういった領域の技術で、日本はもちろん世界で戦っていきたいと思っています。

2024年能登半島地震後の輪島市と珠洲市の人口推移を表したLocationMindの分析例。人流データを時系列で把握することで、災害時の避難や復興状況を定量的に可視化し、意思決定の支援をしている

AIとかけ合わせ、地理空間情報をもっと使いやすく

現在、最も注目されているテクノロジーは生成AIですが、地理空間情報ではどう活かせそうですか。

桐谷氏 生成AIには言語や画像、音声を扱うものなどさまざまなタイプがありますが、地理空間情報、つまり、地図や、人・車・船の動き、天気や施設情報など、「いつ」「どこに」「何があるか」というデータを扱い空間全体を表現する「地理空間情報生成AI」は、まだ確立されていません。

こうしたAIモデルの萌芽が感じられるのは、ロボットが現実世界を把握するためにAIを活用するフィジカルAIという領域です。ロボットにAIを搭載した実証などがもう始まっていますが、ロボットは自分の周囲のエリアくらいしか把握できないと思われます。一方、地理空間情報AIはもっと俯瞰的に、社会や国全体をとらえるものです。

墳﨑氏 地理空間情報分野では、統合型地理情報システム(GIS)が出始め、各自治体で分野別に整備してきたバラバラだったシステムの統合が始まりました。その結果、自治体では一つのシステムに多様な分野のデータが溜まり、コスト削減にもなりましたが、異なる分野のデータをかけ合わせて新たなインテリジェンスを得る、次の動きにつなげる、という成果が出たかというと、まだそこまでは至っていないというのが正直なところです。

GISソフトをはじめ地理空間情報を使いこなすという意味では、まだまだ専門家以外の方にはとっつきづらく特殊な世界のイメージがあると感じています。AIによって地理空間情報を誰もが簡単に使えるようにできれば、次のステージに進んでいくのだろうと、桐谷さんのお話しを聞いて思いました。

また、そのときには個別のシステム同士が相互にデータを取り出せる相互運用性、相互接続性を確保することも非常に重要だろうと考えています。

― AIで地理空間情報が使いやすくなれば、まちづくりなども変わりそうですね。

墳﨑氏 そうですね。昭和から平成にかけての「まちづくり」というと、更地に大規模な施設を建てるような、一からまちをつくる方法が主流でした。でも、今はどちらかというと、できあがったまちを少しずつ変える、小さな一歩を連鎖的に波及させていくというのが、特に人口が減少している地方都市では現実的な解だと思います。

大規模な投資は後戻りが難しいですから、専門家が非常に精緻なシミュレーションをするモデルになりますが、これからは、できるところから少しずつ連鎖させていく、軽く・安く・早く進めるのが主流になっていくはずです。そのときには、シミュレーションも普通の人が簡単に、クイックに使えることが必要で、そういった環境を整えていくことがますます重要になると思っています。

桐谷氏 私たちは、将来的には皆さんがジオスペーシャル・ネイティブになる、つまり、専門知識がなくても、子どもたちの世代は「お父さん、こういう分析ができちゃうよ」と地理空間情報を使えるような世界をつくりたいと思っています。

そのためには、専門家がやっていることを少しずつAIに乗せていく、また、データの整備をした人にお金が還流して、また新しいデータがつくられ、新しいデータがAIに接続されるというエコシステムをつくる必要もあります。AI開発者・データ提供者・利用者が3方よしになるようなシステムをグローバルで構築しようと思っています。

日本の強みを活かし、世界に通用するユースケースを開発する

地理空間情報とAIのかけ合わせには大きな可能性がありそうです。桐谷さんは世界で勝負するともおっしゃっていましたが、日本の勝ち筋はどこにあると考えていますか。

桐谷氏 高度な福祉レベルを達成し、交通渋滞も少なく、治安もいい。日本が先進的な国であるということは大きな強みで、これまでに日本が築いてきた知見は輸出可能だと思っています。

例えば、日本には駅ビルがありますが、意外と海外では見ません。駅ビルというインフラ・ビジネスモデルは輸出できるのではないかと思います。自家用車に頼らない生活を提供できる日本の鉄道網システムや、その沿線で展開される不動産ビジネスもそうです。

同時に、人口が3分の2に減る中で、1人が5人分、10人分の仕事をできるようにしなくてはいけませんから、この知見をデジタル駆動のシステムにしないと、輸出はできません。先人が築いたナレッジをAIに乗せ、さまざまなエージェントモデルをつくって知見や仕組みを展開する。これまでも、アナログで知見の伝達やシステムの展開が行われてきたと思いますが、今後、世界に輸出していくためにはデジタルにすることが必須です。知見を持つ人々がいなくなった瞬間に、その知見が失われてしまう。それは避けたい負け方ですよね。

逆に言うと、デジタル化・DXができるなら勝てる。こういう知見がない国は多くあります。AI・デジタル技術を活用して日本型のさまざまな仕組みを輸出するという方向性は、可能性があると思っています。

墳﨑氏 新幹線が2〜3分に1本、遅れずやってくることに象徴されるように、日本の経済や社会のシステムは世界に誇る品質です。

海外への売り込みは官民挙げてやってきましたが、ネックは、日本のシステムの品質を支えてきたのは、日本人の几帳面な働き方や高度な技術をもつ職人ゆえによるところだという点でした。

ですが、今、日本国内でも職人技や多くの労働力を投入して高品質のサービスを支えるという体制が成り立たなくなりつつあります。そうすると、データとテクノロジーを駆使してこれに対応しようという動きが進むわけです。いままでの暗黙知が形式化されていくことで、国内のシステムを維持するためだけでなく、世界に日本の品質を売っていくチャンスになるのではないかと思います。

官民が連携し、データを活用し尽くす環境づくりを

― 地理空間情報を活用したビジネス創出や課題解決のためには、官民で連携しなければならないシーンも多そうです。

桐谷氏 そうですね。計算機や半導体など、非常にクリティカルな分野では、日本もかなり集中投資を行っています。

地理空間情報の活用においても、ユースケース創出やデータ整備などに予算をいただけると、意欲あるグループが待ち構えているのではないかなと思います。

データがなければ、AIはつくれません。データの収集・蓄積を諦めた国からAIを諦めるという状況になりかねず、翻せば、データを整備したところからAIが発展すると言っても過言ではありません。

AIモデルをつくる側からすれば、データがなければ面白くありませんから、データのないところに高度な技術をもつ人は集まりません。また、蓄積されたデータを活用してユースケースを生み出すことに資金が付けば、仕事になる可能性が生まれ、さらに人が集まります。ユースケースがあればニーズも見えてきますし、人や資金が集まるという循環が生まれます。

そういう意味では、ユースケースを表彰してお金をつける「イチBizアワード」は非常によい取り組みだと感じています。

墳﨑氏 私も官民のデータをどんどん増やしていくべきと思います。もちろん、データの収集や利用にあたって、セキュリティやプライバシーの扱いを市民の皆さんと議論を重ねることが必要です。

一方で、データ整備するためのリソースをどうやって捻出するかという議論も必要です。最低限必要なものはインフラとして行政が担う、民間にも裨益がある領域は官民で協調して整備していくという分担も必要でしょう。データ整備全体の思想や戦略について、議論を深める必要があります。

また、ユースケースに関しては、技術開発と事業化がうまく連結しないケースも見受けられます。ユースケースが先進事例で終わらず、一般化・普遍化するためには、今後はマーケットデザインとテクノロジーの両輪が噛み合ったユースケースが求められると考えています。

― データの収集・蓄積という観点では、国土交通省による「不動産情報ライブラリ」があります。

桐谷氏 日本にはところ狭しと不動産がありますよね。そして、データを整備すれば周囲の人々にすぐ便益があるはずです。

例えば、ビルのテナント情報やEVの充電ポートの有無、ドローンが着陸できる場所はあるかなど、地図に入れられる情報はまだまだあります。ドローン宅配をするなら3D化も必須ですよね。そういったところを国がやるのか、民間でやるのか、官民協力でやるのか、不動産だけでも、非常に多くのテーマがあります。

墳﨑氏 官と民という立場の違いはありますが、ハイブリッドでやっていくのがこれからの時代だと思っています。官か民か、ではなく、官も民も総力戦の時代です。

スタートアップの皆様はじめ民間の方々とともに、引き続き、国の基盤づくりを進めていきたいと思います。未来に希望がもてるお話しができました。

桐谷氏 地理空間情報の利活用は絶やしてはいけないムーブメントですので、官民問わず、当社と連携できそうだと感じた方は積極的に声をかけていただきたいと思っています。

― 本日はありがとうございました。

【イチBizアワードとは】
『イチBizアワード』は、内閣官房による、地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテストです。
2022年に第1回が行われ、第4回は2025年10月31日まで募集が行われました。応募されたアイデアは、審査を経て2026年1月に結果発表が行われる予定です。