四国の太平洋側に位置し、幕末の志士・坂本龍馬の出身地としても知られる高知県。この高知県に宇宙港(スペースポート)を設立しようと、今年2月、一般社団法人スペースポート高知の発足が発表されました(参考記事)。 なぜ、高知で宇宙港なのか、その背景にある思いと将来ビジョンを、発起人の古谷文平氏と小松聖児氏に聞きました。

一般社団法人スペースポート高知 代表理事
株式会社BUNJI GATE取締役。豊田通商にて10年間アフリカビジネス、経営企画業務を担当(うち3年間アフリカ駐在)。高知に戻り、家業のホテル経営・新規事業開発(シェアオフィス)に従事。
上智大学、東京大学大学院にてアフリカの政治経済を研究。高知県出身。

一般社団法人スペースポート高知 理事
株式会社BUNJI GATE代表取締役。三菱電機、ispace、海外宇宙企業にて宇宙機通信システム設計開発に従事。これまで静止軌道通信衛星、月面着陸機、低軌道衛星、火星探査機、コンステレーション衛星など10年間で25機を超える宇宙機を開発。
米国ユタ大学にて物理学学士号、大阪大学大学院宇宙地球科学専攻にて修士号取得。X線天文衛星搭載X線CCDカメラの開発に携わる。高知県出身。
目次
宇宙エンジニアと非宇宙の経営者、対照的な高知出身者2人が抱える地元への思い
ともに高知県出身で、中高時代を同じ学校・部活で過ごした幼馴染という「スペースポート高知」発起人の古谷氏と小松氏。しかし、高校卒業後の2人は対照的なキャリアを歩みます。
古谷氏は、大学・大学院でアフリカの政治経済を学び、日系商社に就職。現地での駐在も経験しながら、一貫してアフリカでのビジネスに携わってきました。
一方の小松氏は幼い頃から宇宙好き。宇宙飛行士になりたいという夢をもって、高校卒業後はアメリカの大学で物理を学び、日本の大学院ではX線天文衛星開発とその衛星による観測を行う研究室に所属。卒業後は国内外の宇宙系企業でエンジニアとして活動してきました。
そんな2人がスペースポート設立に向けて動くようになったきっかけを、古谷氏はこう話します。
「新卒で入った商社では3年間の駐在を含めて10年、アフリカのビジネスをしていました。その後、家業のホテル経営を手伝うために高知に戻ったのが2019年です。ホテル経営に加え、新規事業としてシェアオフィス運営などにも取り組みましたが、その間ずっと、高知の今後をどうしていくべきなのかと考えていました。高知県には、地理的な制約などもあり柱となる産業があまり発達してきませんでした。現在は人口減少も急激に進んでいて、この状況を生かしてできる事業はないのかといろいろ調べる中で『スペースポート』という発想に行き着きました。私が初めて宇宙を意識したのはこのときで、その考えをSNSに投稿したところ、小松が反応してくれたんです」(古谷氏)
小松氏は、宇宙輸送という観点から、高知で何かできるのではないかと感じたと言います。
「私は今、海外の宇宙企業で働いていますが、その視点から見ると、日本の宇宙産業全体は世界的に見ても悪くない位置にあるのに、宇宙輸送は少し遅れを取っている。日本の宇宙企業の衛星はほぼ海外から打ち上げられていますが、なぜ日本でできないのかと考えても、明確に『できない理由』はなく、絶対日本でもできるという思いを強くしていました。そのときに古谷の投稿を見て、これはもうやるしかないと決心したんです」(小松氏)

単なる打上げ場所でなく、人々が行き交う「ディスティネーション」に
人口減少、少子高齢化は産業の空洞化などにつながり、地域の活力が失われる大きな問題です。
「今、高知県の人口は64万人台ですが、これは明治時代のレベルで、2050年には45万人まで減少すると推計されています。45万人は、我々が大好きな坂本龍馬が生きた江戸時代末期の人口レベルですが、当時と違って若い人が少なく、高齢者主体の県になっていくため、県内はもちろん、県外、場合によっては海外からも投資を呼び込めるような、大きな起爆剤になる取り組みがないと地域が持続しないという結論に至りました。人口減少に関しては、県や国も対策をしてくれていますが、根が深い課題で、すぐに効果が出る方策はありません。公的な対策とは別に、こういった起爆剤的な取り組みも必要だという思いがあります」(古谷氏)
近年、生成AIブームなどによる半導体需要の急増で、熊本や北海道に工場が誘致されるといった動きもあります。残念ながら、高知県では現状、半導体関連の投資を呼び込めていませんが、そんな中で「宇宙という現場」をリアルに感じることができるスペースポートには大きな可能性があると古谷氏は続けます。
「私が宇宙業界に触れてまず感じたのが、『現場』があまりないことです。国内の打上げ場は少ないですし、開発現場などもセキュリティの問題などがあってアクセスしづらい。宇宙を身近に感じたり触れる機会が少ないのです。でも、スペースポートには圧倒的な現場があります。スペースポートができれば周辺に宇宙産業のバリューチェーンもできますし、現場があることで観光客も誘致できるかもしれません。射場の開発はあくまで切り口で、我々はスペースポートをディスティネーション(目的地)にしたい。これを契機にいろいろな投資を呼び込めば、地域の活性化につながるのではないかと考えています」(古谷氏)
現状を打破するためには抜本的に新しいことが必要、という点は小松氏も同じ考えです。
「他の地域も同じかもしれませんが、高知県ではあまり新しい産業が生まれていません。既存のものを何とかしようとするだけでは、人口減少や産業活性化の課題は解決できないと思っています。人間の根本だと思うのですが、人々がワクワクする、新しい刺激が必要です。スペースポートというアイデアは刺激的で、地域のみんなが顔を上に上げる産業になるのではないかと思います」(小松氏)
南側が太平洋に開けており、国内でも比較的赤道に近い、スペースポート向きの地理的条件を備える高知県。さらなる利点を小松氏はこう説明します。
「用地については、地図を眺めて希望を言っている段階ですが、中核都市である高知市の沿岸部が理想と考えています。高知空港や大型客船が着ける港、高速道路のインターチェンジも近く、陸海空のアクセスが非常によいのです。射場の形式は、まずは垂直型かと思いますが、将来的に、高知空港を水平型宇宙港として利用できれば、空港・港湾・高速まで車で20〜30分の圏内に収まる状態になると考えています。アメリカではもう宇宙旅行が実現していますが、これはいずれ日本にもやってくるでしょう。そのとき、アクセスが悪ければ利用してもらえません。スペースポートは利用しやすい場所にないといけないと思います」(小松氏)
2029年度の初打上げに向け、今年度内の政策提言を目指す
スペースポート高知は、ウェブサイトで今後のタイムラインを公開しています。昨年度の法人立ち上げに続き、4月から今年度内の県への政策提言を見据えて会員向けに月1回の勉強会も開始しました。

Credit: スペースポート高知 ウェブサイト
宇宙に対する会員の知識レベルはさまざまなため、勉強会では、業界やスペースポートへの認識を深めることを目的に、宇宙業界関係者に加え、金融や旅行など、スペースポートにかかわる他業界からも講師を招く予定だそうです。こうした外部講師による講義を経て、実際にどんなスペースポートにしていくべきかを議論していきたいと2人は話します。
「射場開発は多くのステークホルダーの方々との協力が必要です。当然我々だけ、そして民間だけで動いていくものとだは思っていません。そうしたことから、まずは県への提言を当面の目標にしています。現実的な課題を挙げればきりがないですが、『高知で暮らしていて久々にワクワクした』と言っていただくこともあり、さまざまな方に賛同いただけている実感があります」(古谷氏)
一方で、今年度内の政策提言となると勉強会だけでは間に合わないため、並行して技術と事業をテーマとしたワーキンググループも立ち上げたとのこと。有志会員とともに、勉強会での学びを反映して構想を具体化していきたいとしています。技術ワーキンググループでは、スペースポートを具体的にイメージしてもらうため、模型とCGパースをつくる計画を進めており、クラウドファンディングも行っているそうです。

「昨年度は最初の一歩である一般社団法人立ち上げを実行できました。今年は県へ提言を行い、理想的には、調査予算のような形で予算を組んでもらい、本格検討に入っていけたらと考えています」(小松氏)
また、2029年度に予定している初打上げでは、20メートル前後の小型ロケットの打上げを目指すといいます。
「私のエンジニアとしての学びなのですが、開発はステップ・バイ・ステップで進めるべき。スペースポートでも、まずは小型のもの、実験用のロケットから始めてもいいくらいかなと思っています」(小松氏)
スモールスタートで徐々に大きな打上げを目指す。小松氏と古谷氏は、ロケット開発企業や実験用ロケットを製作する学生団体などを呼び込むことができれば、と話します。
スペースポート高知をアジア最大の宇宙港に 地場に根づく産業を生む
最後に、2029年度以降のビジョンと、そのために乗り越えるべき課題を聞きました。
「スペースポート高知をアジア最大規模の宇宙港に、多くの人が楽しめるディスティネーションにできたらと思っています。正直、課題はいろいろあります。土地の選定や確保、ステークホルダーとの利害調整、それから資金調達です。出した資金をどう回収するか、実は他のスペースポートでもまだ描けていないのではないでしょうか。先行事例が少ない中で、自分たちで仮説を立て資金の出し手に納得してもらう。これは私たちに課せられた大きなチャレンジだと考えています」(古谷氏)
「2029年度以降に大型ロケットの打上げが成功したという前提で、本数を増やして高頻度輸送を実現したいと考えています。今より頻繁に、一般の人も宇宙に行く時代が必ず来ます。新たな文化が生まれると思っているので、宇宙と地球・高知をつなぐ文化の発信地になればいいと思っています。古谷も言ったように課題は多いですが、スペースポートは地場に根づく産業になるので、地元の人の理解がないといけません。ほとんどの方は宇宙と聞いても『すごい』もしくは『こわい』というぼんやりした印象かと思いますが、そこを丁寧に説明して、そのうえで応援していただけたらと思います。しっかり説明して、ステークホルダーの皆さんと関係をつくっていく。それが、すべての根本になると思っています」(小松氏)
宇宙港を切り口に高知を盛り上げたいという思いとともに、地域に根ざし丁寧に進めたいと真摯に語ってくれたおふたり。長い時間のかかるプロジェクト、宇宙と地域をつなぐ挑戦は始まったばかりです。