海から、空から、宇宙へ-ユニークな宇宙への到達法4選-

アメリカ・カリフォルニア州に本社を置くSpaceX社は、ロケットによる衛星・有人の打上げサービスを行っており、今やアメリカの代表的な宇宙企業になっています。その特徴は何といっても打ち上げた後の1段目が地球に還ってくる、再使用ロケットのFalcon9です。第1段目を回収して再利用することにより、コスト削減にも繋がっています。

ロケットの打上げをよく知る人にとっては、Falcon9の打上げと1段目の帰還は見慣れた光景となりましたが、ほんの15年前まで、それは当たり前の技術ではありませんでした。現在に至るまでもそうですが、人工衛星や宇宙飛行士を宇宙に届けるためにはどのようにすればコスト削減になるか、効率的にすることができるか、そして様々な場面に対応できるかが考えられ、実験が繰り返されてきています。

特に「ロケットをどのように打ち上げるか」はロケットが初めて打ち上げられてから研究されており、その一部は実現しています。今回は、そのような努力の末に生み出された、ユニークな宇宙への行き方を紹介していきます。

ロケットの前は、大砲?

ロケットで宇宙に行けると実証される前、19世紀後半ごろのお話です。ロシアの科学者であるコンスタンチン・ツィオルコフスキー氏が20世紀初頭に本格的な宇宙ロケットを提唱するまで、宇宙へ行く道具として注目されていたのは「大砲」でした。

 

1865年にアメリカ南北戦争が終わり、かつて軍で火器の開発をしていた「大砲クラブ」の元軍人たちは、その技術力を生かして大砲で月に到達する計画を立てました。そんな計画が実り、直径900フィートの大砲によって打ち上げられた男たちは、ついに宇宙へ飛び出しました……というのは、フランスの作家・ジュール・ヴェルヌ氏が1865年に発表した小説「月世界旅行」のお話です。のちに「SF」と呼ばれるジャンルを築いた小説ですが、この月世界旅行に影響を受けた科学者は少なくありません。

 

実際に大砲で人工衛星や人を宇宙へ送り出そうとすると、本来ロケットで一定時間かけて加速するところを一瞬の力で加速させることになり、そうなると人工衛星も人も加速の衝撃に耐えるのは難しくなります。実現すれば安価な宇宙への輸送手段となりそうですが、残念ながら月世界旅行に影響を受けた科学者たちも、未だ大砲での宇宙到達は達成していません。

しかし、その実現を諦めていないところもあります。アメリカのローンチ・ポイント社は、アメリカ空軍と共同で「宇宙大砲」と言える「マス・ドライバー」の研究を行っています。これは密閉された真空の円形トラック上で、発射体を電磁気力によって加速させ、一定の速度まで達したら「放り投げる」システムになっています。この「Launch Ring」というシステムはまだ成功には至っていませんが、いつか大砲で人類が宇宙へ行ける日も来るかもしれません。

 

映画・月世界旅行のワンシーン。大きな砲弾型のカプセルが撃ち込まれている。

 

 

気球から宇宙へ、「ロックーン」

現在主に使用されている宇宙輸送システムはロケットですが、これにも欠点がいくつかあります。その中にはコスト以外にも、地球低高度での飛行では空気抵抗が大きく機体安定のための工夫が必要というものがあります。

 

この克服のためにはロケットの性能向上という手もありますが、もう一つ、「発射地点の高度・場所を自由に移動できるようにすることで、欠点を克服する」という手もあります。この思想に基づいて考案されたシステムが「空中発射」です。つまり、空に飛び立った航空機や気球からロケットを発射するということです。そんな空中発射の中で高度に着目して実践されたのが「ロックーン」でした。

 

ロックーンは「”Rock”et」と「Bal”oon”」を合わせた言葉で、その名の通り気球からロケットを打ち上げる方式のことを言います。これは1949年のアメリカで最初に考案されたもので、地球低高度での空力制御が難しかった、小型の観測ロケット(宇宙空間に出てから地球に落下するまでに観測を行うロケット)打上げのために用いられました。気球から吊り下げられたロケットを、ある高度に達した時に発射するというシンプルなものですが、低高度での空気抵抗回避や、高度を稼げるといった恩恵を受けることができます。主にアメリカで実践されていたほか、日本でも打上げが行われていました。

 

日本では、「日本宇宙開発の父」である糸川英夫氏率いる東京大学生産技研研究所AVSA班(のちの宇宙科学研究所)が観測ロケットの打ち上げを行っただけでなく、観測ロケットから更に進んだ「サティルーン」も一時盛んに宣伝していました。これは「”Sate”llite」と「Ba”loon”」を合わせた言葉で、その名の通りロックーンによる人工衛星打上げを行うというものでした。低高度での空力安定を考えなくて良いため安価に人工衛星を打ち上げられるシステムとして期待する声もありましたが、肝心のロケットの開発が軌道に乗らずに中止となりました。

 

1949年に飛行する、アメリカ海軍のロックーン。吊るされているのは、ディーコン観測ロケット(@NASA

 

 

翼から宇宙へ、「航空機発射」

宇宙開発史のはじめに登場した空中発射システムの一つだったロックーンでしたが、気球で空に運ぶ関係上搭載するロケットのサイズに限界があること、世界的にロケット射場の整備が進んだことから徐々に廃れていきました。

 

しかし射場からロケットが頻繁に打ち上がるようになると、また別の問題が生じてきます。それは、ロケットの打ち上げが射場周辺の天候などの事情に左右されてしまう問題です。射場周辺が悪天候だとロケットを打ち上げるのは当然困難なほか、場所によっては漁業との兼ね合いもあるかもしれません。そこで自由にロケットの発射場所を移動できるようにしたものが「航空機発射」です。

 

ペガサスロケットの空中発射を行う、航空機・スターゲイザー(@NASA

 

こちらは気球ではなく通常の飛行機に吊り下げる、もしくは格納することによって発射地点までロケットを運び、指定の場所と高度に達した段階で発射するというものです。こうすることによって発射場所の選択肢が大きく広がるだけでなく、ロックーンと同じく高高度からの打ち上げによる空気抵抗の低減、射場が不要なことによる低コスト化といった効果もあります。こちらもロケットの大型化は難しいという欠点もありますが、空中発射は既に企業による事業化が成功しており、打ち上げも成功しています。その代表的な企業が、ヴァージン・オービット社です。

ヴァージン・オービット社は、改良型飛行機のB-747と、2段式空中発射ロケットであるランチャー・ワンによる打ち上げ事業を行っており、2021年1月17日には10個の超小型人工衛星打ち上げに成功しています。ヴァージン・オービット社は、ロケットの打ち上げ費用を13億円に削減することを目標としており、日本のH-2Aロケットによる打ち上げがおよそ100億円だったことを考えると、驚くべき数字であり、今後の空中発射による打ち上げの発展も期待できそうです。

 

 

海から宇宙へ、「海上発射」

射場からのロケット発射には大きな問題がもう一つあります。例えば日本では鹿児島県肝付町や種子島といった場所に大きな射場がありますが、いずれもロケット打ち上げ時の安全確保といった目的で海に面した沿岸部が選ばれています。しかしこれは打ち上げ時には付近での漁業等を止めなければいけないということであり、射場建設時にも宇宙・漁業権問題は大きな争点となりました。

 

こうした問題は補助金などの対応がなされていますが、こうした問題を解決する策の一つに、ロケットの打ち上げを沿岸部ではなく多くの人に影響が出ない海の中心で行うというものがあります。これが「海上発射」です。ロケットの打ち上げを海上プラットフォーム上で行うといったもので、プラットフォームが船の場合は発射場所の移動も可能です。

 

これを事業として行っていたのが、ロシア、ウクライナ、アメリカなどの多国籍企業による共同事業で開始されたシーローンチ社です。シーローンチ社は経営破綻といった諸問題によって事業が止まるまで、海上プラットフォームからゼニット 3SLロケットによる海上打ち上げを行っていました。海上打ち上げは地上における物理的制約がないほか、地上にある射場に比べてコストを削減することができます。

 

海上発射方式は、漁業が盛んな日本でも注目されている打ち上げ方式です。日本のASTROOCEAN株式会社は千葉工業大学および大林組と協力して組み立て式洋上打ち上げ場「アストロオーシャン ナノ」からの小型ロケット打ち上げ実験に成功しており、全国の学生・研究者・愛好家が気軽に小型ロケットを打ち上げられるサービス展開を目指しています。”海の発射場”が実現すれば日本からのロケット打ち上げの幅も広がることになります。

 

浜から望む、種子島宇宙センター

 

今回は地上発射場からの打ち上げとは少し違う、様々なロケット打ち上げ法について紹介しました。現在行われているロケット打ち上げにはまだまだ課題が沢山あります。これを読んでいる皆さんも、新しい打ち上げ方法を考えて見ると、未来に繋がるアイデアが浮かぶかもしれません。未来の宇宙への到達方法がどうなるか、今後の発展に注目です。

 

 

[参考文献]

・SFとロケット – 宇宙開発 野田篤司:https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/43/1/43_1_46/_pdf

・ローンチ・リング – 国際宇宙開発会議:https://cdn2.hubspot.net/hub/53140/file-14467702-pdf/docs/2006-isdc-launch-ring-low-cost-launch-for-space-exploitation.pdf

・NASA History Office SP-4401 NASA SOUNDING ROCKETS 1958-1968:https://history.nasa.gov/SP-4401/sp4401.htm

・サティルーンについて 第49回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第5号 昭和40年8月12日:https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=104903913X00519650812

・ヴァージン・オービット:https://virginorbit.com/

・アストロオーシャン:https://astrocean.jp/

・海上打ち上げ:https://astrocean.jp/press-release/191125/

 

SPACEMedia編集部