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日本の衛星製造の「Tier1サプライヤー」に Kick Space Technologiesが見据える将来像

多数の超小型人工衛星開発実績をもつ九州工業大学発のスタートアップとして、2025年7月に設立されたKick Space Technologies。

起業間もないうちから資金調達を実施し、出資者には日本の宇宙スタートアップ第一世代ともいえるispace創業株主・COOを務めた中村 貴裕氏や、ベンチャーキャピタルなどが名を連ねます(参考記事)。

アカデミアでの蓄積を事業にどう活かすのか、そして見据える九州・日本での宇宙製造エコシステムの構築について、創業者でCEOの佐藤 凜氏に聞きました。


佐藤 凜(さとう・りん)
Kick Space Technologies株式会社 代表取締役CEO
九州工業大学工学部宇宙システム工学科で、超小型人工衛星の通信システムを研究し学士号を取得。在学中は超小型天文衛星「VERTECS」プロジェクトの開発に参画するとともに、東北大発スタートアップElevationSpaceの創業期の事業開発や独立系ベンチャーキャピタルEast Venturesでシード期のスタートアップへの投資業務に従事。卒業後は同大学の研究員として、超小型人工衛星開発に携わる。2025年7月にKick Space Technologies株式会社を創業。

宇宙飛行士への憧れから宇宙スタートアップの起業へ

Kick Space Technologiesを立ち上げた佐藤氏は大分県中津市に生まれ、建築会社を経営する父親がものづくりに勤しむ姿を間近に見て育ちました。小学6年生のとき、アニメ『宇宙兄弟』を見たことがきっかけで、宇宙飛行士になることが将来の夢に。小惑星探査機「はやぶさ」帰還に心を揺さぶられるなどして宇宙への憧れを持ち続け、「宇宙飛行士になるには宇宙工学を学ばなければ」と考え、九州工業大学(九工大)へ進学したといいます。

一方で「実は高校生のときに、起業を考えるようになりました」と明かします。それは、地元の科学館で行われたアストロスケール創業者・岡田 光信氏のトークイベントに参加し、「宇宙飛行士になりたい」と岡田氏に話しかけたときのこと。

「『宇宙飛行士を1,000人、宇宙へ送るための会社をつくって、そこの一員に君がなればいいんだよ』と言われました。会社をつくるという選択肢があるんだと気づき、その瞬間から宇宙ビジネスに興味をもちました」(佐藤氏)

大学時代には起業への思いが高まり、宇宙スタートアップのElevationSpaceの創業期にインターンとして参画。小林 稜平代表のもと、スタートアップの立ち上げと宇宙ビジネスがどう動いているのかを身をもって学びました。中でも関心をもったのはお金の集め方、資金調達の重要性です。

「宇宙ビジネスにはお金がかかるだろうと想像はしていましたが、本当に莫大な額がかかるんだな、と実感しました。インターン経験の中で、そうした資金はベンチャーキャピタルが供給していることも知りました」(佐藤氏)

宇宙ビジネスの起業家をマネーという面から応援するベンチャーキャピタルに強い関心をもった佐藤氏は、休学してテック系企業への投資を中心に手がけるEast Venturesにインターンとして参画。約2年半、スタートアップ経営やベンチャー投資業務のリアルに接することで投資サイドの知識や実務経験も身につけました。

その後、起業を摸索しながら、九工大がJAXA等と共同で進める超小型天文衛星プロジェクト「VERTECS(ヴァーテックス)」のメンバーに。

「このプロジェクトの面白いところは、超小型天文衛星の開発で終わらず、技術を事業創出につなげる“宿題”がJAXAから出ていたことです。衛星の全コンポーネントを自分たちで内製するのは不可能なので、いろいろなサプライヤーと連携するわけですが、ある部品は海外のサプライヤーからしか調達できず、プロジェクト全体としてインターフェースの調整などにとても苦戦しました。このときの経験から、日本国内でサプライチェーンをつくれないだろうかと考えるようになりました」(佐藤氏)

九工大、JAXA等の共同プロジェクト「VERTECS(ヴァーテックス)」で開発された超小型人工衛星。このプロジェクトへの参画が佐藤氏の起業に向けた大きな経験になりました
Credit: Kick Space Technologies株式会社

衛星開発の「はじめの一歩」を支える一気通貫サービスの強み

こうした準備期間を経て、2025年7月、佐藤氏はKick Space Technologiesを設立。超小型人工衛星の開発を数多く手がけてきた九工大の知見を活用し、衛星開発のニーズをもつクライアントに向けて設計・開発・製造から運用までを一気通貫で支援するサービスの提供を開始しました。

最近は宇宙ビジネスの本格化に向けて人工衛星の「量産」に向けた動きが進んでいますが(参考記事)、Kick Space Technologiesでは量産よりも個々のクライアントのニーズを実現する「カスタマイズ」を重視しているといいます。

「『衛星を開発したい』というニーズをもつクライアントにとって大切なことは、量産以前に“目的の機能を発揮する人工衛星開発”ができるかどうかだと考えます。そのため、ニーズを実現する一品ものの衛星を開発・製造することにフォーカスしています」(佐藤氏)

そして、カスタマイズを重視できるのは「アカデミア発の強みがあるから」と説明します。

「VERTECSでは、科学研究を目的とした超小型人工衛星を開発しました。大型衛星による天文観測から超小型天文衛星の活用に移行していくタイミングだったので、最先端のアカデミアのレベル高いニーズを受け、『こういう要求が出てくるなら、例えばコンポーネントを先に内製すべきだな…』と、バックキャスト的にクライアントのニーズや、将来増えるであろうニーズをフィードバックしながら開発を回していました。アカデミアの研究成果やネットワークと近い位置にいる我々だからこそ、できることがあると思っています」(佐藤氏)

クライアントのニーズに沿ったカスタム性の高い超小型人工衛星を開発・運用する事業としては、今のところ次世代気象インフラ構築や研究目的などの需要があるとのこと。また、衛星製造を手がける事業者に向けた、小型衛星用ハードウェア・ソフトウェアの開発・販売にも取り組んでいるとのことです。

気象観測データの取得を目的に同社が設計した地球観測衛星
Credit: Kick Space Technologies株式会社

小型衛星領域のTier1を目指して体制強化の調達を実施

今年2月25日、自社で衛星を製造するための開発環境の強化を目的に、同社は6,000万円の資金調達を実施しました。背景には「これまで衛星開発に携わり、衛星開発のハードルの高さの一つが『コンポーネント調達の難しさ』だと実感してきた」ことがあると話します。

「例えば我々が大学で開発していた展開型太陽電池パドルのコンポーネントをつくれる企業は日本になく、探し回ってやっと見つけたのが欧州の会社でした。言語の壁がありますし、為替に加えて、ノウハウや実証実績があればあるほど価格が高くなる構造であることもコストを引き上げてしまうので、そのコンポーネントを調達すると数千万円かかってしまいます。でも、内製化できれば1,000万円かからない。費用を4分の1から5分の1に削減できる可能性が十分にあるのです。さらに、インテグレーションしやすい形にできるというメリットもあります」(佐藤氏)

また、日本国内には技術や知見をもつ熟練者はいますが、こうした技術・知見をいかに残していくかという課題もあります。佐藤氏は技術継承にも取り組み始めており、こうした取り組みは開発の進展、海外依存の低減にもつながっていくと期待しているといいます。

開発環境を充実させたあと、将来的には超小型人工衛星のインテグレーションサービスと小型衛星用ハードウェア・ソフトウェア開発・販売の2本柱で、日本の小型衛星のTier1サプライヤーを目指すと語ります。

同社が開発する小型衛星用無線通信機。今後、超小型人工衛星のインテグレーションサービスと小型衛星用ハードウェア・ソフトウェアの開発・販売の2本柱で事業を進めていきたいとしています
Credit: Kick Space Technologies株式会社

「自社衛星を飛ばし、データソリューション提供などのダウンストリーム側のビジネスにすそ野を広げていくという選択肢もあるとは思います。でも、僕はもともと工学畑で、ものづくりに携わる父を長年見てきたこともあり、関心の中心はものづくりにあります。日本の『宇宙のものづくり』の基礎体力を担うこと、衛星を使って研究やビジネスをしたいと考える方々の下支えをする、これをぶらさずにいたいと思っています」(佐藤氏)

九州、そして日本での「衛星製造エコシステム」構築に向けて

九州は、長年にわたり「ものづくりの拠点」として発展してきた土地。特に、会社が拠点を置く北九州には、産業用ロボット大手の安川電機や衛生陶器製造のTOTOなど、非宇宙の製造業が集積しており、製造の基盤があります。さらに、株式会社QPS研究所など宇宙の先駆企業も立地しています。

佐藤氏は、「この強みを活かし、九州で宇宙ビジネスのエコシステムをつくりたい」と語ります。

「衛星製造には宇宙工学だけでなく電気・機械などさまざまな領域の技術・知見が必要になります。自社、そして九州をハブに、国内で衛星を製造できるサプライチェーンを構築することが次の目標です」(佐藤氏)

とはいえ、これまで宇宙にかかわりがなかったものづくり企業を宇宙業界に引き込んでいくのは難しさがあるはず。そんな編集部の問いに、「誰かに夢を与え続けるのが宇宙という仕事ですから」と佐藤氏。

「協力企業さんからは、宇宙分野にかかわるようになって現場がすごくワクワクしているというお話をいただくこともあり、僕がやりたかったのはこれだ、と感じています。『ワクワク』は非宇宙の製造業を呼び込むテコになると感じています」(佐藤氏)

すでに他県の製造企業との協力も進んでいます。製品の信頼性向上を目指し、最終的には九州を超え、全国規模のものづくりのサプライチェーンの構築も視野に入れていきたいといいます。

そして、Kick Space Technologiesとしては、最終的に深宇宙探査機の開発も手がけたいと考えています。

「距離がすべてではありませんが、どこまで遠くに行けるか、考えたくなりますよね。僕らは宇宙スタートアップ第2世代。第1世代の皆さんの応援とサポートに感謝しながら進んでいきたいと思います」(佐藤氏)

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