2つのロケット射場を有し、60年以上日本の宇宙開発を支えてきた鹿児島県。2021年度には新産業創出室を設置し、宇宙ビジネス支援に取り組み始めました。2025年10月には宇宙ビジネスイベント「九州宇宙ビジネスキャラバン2025鹿児島」を開催するなど、近年宇宙ビジネスへの取り組みを加速させています。
今回SPACE Mediaでは、鹿児島県商工労働水産部産業立地課新産業創出室 室長の栗野寛教氏に、鹿児島県の宇宙ビジネスへの取り組みや特徴、今後の展望を聞きました。

栗野 寛教(くりの・ひろのり)
鹿児島県 商工労働水産部 産業立地課 新産業創出室 室長
1997年、鹿児島県庁へ入庁し、主に政策企画や予算編成業務を担当。
2025年4月より現職。現在、スタートアップや宇宙ビジネス参入など新たな挑戦を行う事業者支援などの新産業創出施策に取り組む。
目次
「稼ぐ力の向上」を掲げて 宇宙ビジネス創出に踏み出した背景
鹿児島県庁で宇宙ビジネスに関する取り組みを行っているのは、2021年度に商工労働水産部産業立地課内に設置された新産業創出室です。同室の設置経緯と目的について、栗野氏はこう説明します。
「新産業創出室は、2020年7月に鹿児島県知事に就任した塩田康一知事が掲げる公約『稼ぐ力の向上』を具体化するため、2021年4月に設置されました。新産業創出室の事業は、スタートアップ支援や、既存企業の次世代を担う新分野産業への参入支援を目的としており、『新分野』としてドローンやDX、そして宇宙を位置づけています」(栗野氏)
設置初年度である2021年度には勉強会を通じ、県内外の専門家や大学、JAXAなどと連携しながら、他県の状況もふまえ今後の方向性を検討。その結果、2022年度から本格的に宇宙ビジネスの創出に向けた事業が開始されました。
「鹿児島県には、種子島宇宙センターと内之浦宇宙空間観測所という、JAXAが管理する2つのロケット射場がありますが、射場を活かした産業集積は進んでいません。そこで、民間による宇宙開発が活発化している現状をふまえ、鹿児島県でも宇宙を活用した産業集積や新産業の創出に取り組んでいきたいと思い、宇宙ビジネス創出に向けた事業を立ち上げました」(栗野氏)
2024年度には、県内企業の宇宙ビジネス参入状況や課題を把握するため、実態調査を実施。その結果、鹿児島県には2つのロケット射場があるという地理的優位性がある一方、県内企業の宇宙ビジネス参入は、製造コストや技術力などの面において、非常にハードルが高いことが明らかになりました。
この結果をふまえ、同室では宇宙ビジネスへの参入意欲があっても、どのように行動してよいかわからないという企業に対し、各企業の置かれた段階に応じて専門家が伴走しながら支援する取り組みを進めています。
また、政府が策定した宇宙基本計画において「打上げの高頻度化」が掲げられている状況もふまえ、県内の中小企業の技術や知見を引き上げ、この動きに遅れることなくついていけるようにしたい、としています。
研究会から広がる宇宙ビジネス創出の取り組み 5つのプロジェクトが進行中
現在、新産業創出室では宇宙ビジネス創出へ向けた事業として、下記5点の取り組みを行っています。なお、2025年度の宇宙関連予算は約2,200万円だといいます。
① 鹿児島県宇宙ビジネス創出推進研究会の運営
2022年6月に立ち上げられたこの研究会は、県内外企業や関係市町村、そして鹿児島大学をはじめとする大学等で構成されています。宇宙ビジネスのトレンドを確認するためのセミナー等も開催しており、研究会をベースとして、各事業が展開されています。

提供: 鹿児島県
② 人材育成
人材育成に関する取り組みは2つあります。1つ目は、理系学部を有する県内大学、鹿児島大学と第一工科大学に所属する学生を中心に、宇宙ビジネスに関するセミナーを実施すること。
2つ目は、宇宙ビジネスに関心がある企業などに対し、衛星データ解析に関するセミナーを開催することです。セミナー開催の狙いについて、栗野氏はこう説明します。
「鹿児島県は南北600キロメートルの広がりがあり、島しょ部含め広い県土があります。加えて農林水産業が盛んですので、衛星データ利活用のポテンシャルがあると考えました。ただし、県外事業者から提供される衛星データを利用するだけではなく、県内事業者も衛星データを解析し、他事業者が利用できる形に変換して供給する側になってほしいという思いから、衛星データ解析セミナーに取り組んでいます」(栗野氏)
③ ビジネスマッチング
県内企業と宇宙関連企業とのマッチングを支援するため、宇宙ビジネス関連の展示会等への出展を行っています。取り組みについて栗野氏は、「技術や能力はあるが認知されていない県内事業者を知ってもらいたい」と語りました。
今年度はNIHONBASHI SPACE WEEK2025への出展とともに、九州宇宙ビジネスキャラバン2025鹿児島を開催しました。

撮影: 加治佐匠真
④ 宇宙ビジネスコーディネート
今年度から開始された宇宙ビジネスコーディネートでは、宇宙分野に詳しい専門家に依頼し、宇宙ビジネスに対する意欲はあっても、課題がありどのような取り組みをしてよいかわからないという県内企業を対象に、マッチングを行いながら、各企業の段階に応じた伴走支援を行っています。
⑤ 研究開発・実証事業への補助
県内企業や、県内企業と県外の宇宙関連企業・大学等で構成するチームに対し、宇宙機器製造や衛星データ利用、宇宙食等の宇宙関連ビジネスの研究開発、衛星データを活用した社会課題に資するビジネスモデルの構築を目指す実証などを補助金で支援しています。2025年度は4件が採択されたといいます。
“ロケットが身近な県” 射場を持つ強みと、民間開放に向けた課題
鹿児島県が宇宙ビジネスに取り組むうえでの強みとして、栗野氏はロケットの身近さがあるといいます。実際、種子島宇宙センターからのロケット打上げであっても、100キロメートル以上離れた鹿児島市中心部など、県本土から肉眼で見ることができます。
「私も小学生の頃は校舎からロケットの打上げを観ていました。県民全体にとってロケットが身近なので、漁業関係者や報道関係者含め、みんなで打上げに協力しようという姿勢でいます。また、打上げに対する不安もありませんので、射場に関して新たな動きがあった際、抵抗を覚えるという感覚も少ないと思います。全く宇宙に触れていない人々ではなく、ロケットや宇宙に対して親しみを持っている人々に働きかけられるのは、宇宙ビジネスを進めていくにあたっての強みになると思います」(栗野氏)

撮影: 加治佐匠真
鹿児島県に射場が2つあることは、一般的に強みであると理解されていますが、宇宙ビジネス促進にあたっては難しい面もあると栗野氏は語ります。
「県内の射場はJAXA・国の射場ですので、県としてはJAXAが円滑に活動できるような形で行動しており、主役はJAXAという面もあります。一方で、北海道や和歌山県の新しい射場での取り組みは、『白地に絵を描く』ようなもの。いろいろなことに民間企業がチャレンジできると思いますので、正直とても羨ましいです」(栗野氏)
鹿児島県では鹿児島県宇宙開発推進協力会などを組織し、関係機関で協力してロケット打上げが円滑に実施されるよう協力しているほか、ロケット機体輸送に伴うインフラ整備も行っています。また、射場周辺の漁業者はJAXAなどと確認書を取り交わし、海上警戒区域への立入り規制等に協力しています。
実際、和歌山県のスペースポート紀伊で実施されたカイロスロケット初号機の打上げでは、警戒区域に船舶が侵入したために、打上げが延期されるという事象も発生しました。ロケット打上げは、地域関係者の協力なしには実現できないことです。
「JAXAと一緒に宇宙の未来を描いていきたいですし、共存できる形で進めていきたいと思っています。一方で、JAXAに協力してもらわなければ、県内射場での民間ロケット打上げや県内企業の参入ができないので、非常に難しいところです」(栗野氏)
海外では政府射場内や周辺に民間ロケットが使用できる射点を建設する動きが進んでいます。鹿児島県でもJAXA射場の民間開放について、2021年から毎年要望を続けていますが、開放に関する具体的な動きはありません。射場開放の展望について、栗野氏はこう説明します。
「JAXA系のロケットと民間、特に大学のロケットとの技術力に差がありすぎることが、ネックになっているのだと思います。民間や大学のロケットの技術水準がJAXAと遜色ないものになれば、射場開放は進むのかもしれません」(栗野氏)

撮影: 加治佐匠真
「宇宙×○○」で広げる、鹿児島の宇宙ビジネス
最後に、栗野氏へ今後の展望、そして宇宙ビジネス支援を実施している県内企業へのメッセージを伺いました。まず、既存の県内ロケット射場については、
「現在の打上げは年に数回ですが、打上げ頻度が高くなれば、ロケット射場も競争の段階に入っていきます。衛星を載せやすい・使いやすい・打ち上げやすい、こういった観点で魅力的な射場に変えていくことが必要です。魅力向上のためには、打上げに向けた地域の協力や、地場企業による部品供給などの支援が求められますが、『技術力がないので協力できません』とならないよう、今のうちから打上げが高頻度化する将来を見据え、県内企業の皆さんと一緒に宇宙ビジネスへの取り組みを行っていきたいと思っています」(栗野氏)
そして、宇宙利用の取り組みについては、
「一次産業をはじめ、どの産業においても人手不足ですので、より効率化を図っていくことが求められます。衛星データ利活用をはじめとする宇宙利用は、この効率化を実現する可能性を持っています。一次産業の方々、そしてソリューションを提供する事業者の方々には、『宇宙×○○』という掛け合わせの視点で取り組んでいただきたいです。宇宙分野をはじめとする技術は日進月歩。時代がここ数年で大きく変わってくると思いますので、その可能性を見据え、皆さんで協力しながら盛り上げ、取り組んでいただき、県としても後押ししていきたいと思います」(栗野氏)
と、将来を見据えた宇宙分野の取り組みへの期待を語りました。
新たな宇宙ビジネスの創出へ向け動き出している鹿児島県。試行錯誤を反映したさらに具体的な計画の策定や県内事業者の宇宙利用への意識向上、射場利活用の促進、そして新たな宇宙ビジネス支援の成果が期待されます。
筆者プロフィール
加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。


