旅行代理店と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは観光やレジャーのビジネスでしょう。では、日本旅行が宇宙ビジネスに取り組んでいると聞いたら、何を想像するでしょうか?
高額な宇宙旅行や無重力体験飛行などかと思う人も少なくないかもしれませんが、日本旅行では、10年以上、ロケット・衛星打上げ支援の実績を積み上げてきました。 打上げ関係者の移動手配や受け入れ地での調整など、いわば「裏方」として宇宙ビジネスを支える、日本旅行の宇宙事業に迫ります。

日本旅行株式会社
東京都出身。明治大学商学部卒業後、株式会社日本旅行に入社。
主に法人セールスを担当し、小学校の遠足から数百名規模のヨーロッパ案件までさまざまな添乗業務も経験。2011年にJAXAのロケット打上げ支援業務で人生初の打上げを体感したことをきっかけに、宇宙事業の専門部署を立ち上げ。
目次
宇宙事業の主力はロケット・衛星の打上げ支援 きっかけは毛利衛さんの宇宙飛行
― 日本旅行さんは、ロケット・衛星打上げの支援を中心とした宇宙事業を展開していますが、宇宙事業を始めた背景を教えてください。
中島氏:最初のきっかけは1992年です。日本人初の宇宙飛行士として認定された毛利衛さんがスペースシャトルに搭乗して宇宙に向かったとき、ご出身の北海道からの支援者などを中心とした100名規模の応援ツアーが組織されることになり、渡航の支援や、渉外業務と言われる現地での調整などを担当したんです。
当時は宇宙事業ではなく旅行の一案件という位置づけだったのですが、そこが宇宙との接点でした。
私自身はその後、2011年に初めて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の業務でロケット打上げに立ち会いました。当時、アメリカではイーロン・マスク氏が宇宙ビジネスを本格化させた頃かと思いますが、「宇宙は国がやるもの」というイメージが強い中で現場に行ってみると、いろいろな民間企業が現場に入り、JAXAの下で仕事をしていました。
そういった様子を目の当たりにして「将来、もしかしたらビジネスの種になるのかもしれないな」と感じて、事業として頑張っていきませんか、と会社に投げかけてみたんです。
― とはいえ、社内で事業化の理解を得ていくのは大変ではなかったですか。
中島氏:そうですね。毛利さんの応援ツアーの後、種子島でのH-ⅡAロケット打上げに関する渉外業務の支援を受託することになったのですが、まずはそこをしっかりと私たちの基盤にすることに注力しました。
ノウハウの蓄積や、現場関係者の皆さんとの関係構築といった土台づくりに4年間ほど費やしたのですが、2015年に私が本社に異動になりました。
ちょうど日本旅行が110周年を迎える節目の年で、周年事業として何かできることはないかという話になったときに、「宇宙がよいのでは」という話になり、打上げ鑑賞ツアーなどを実施したのです。これは非常に反響がよく、メディアにも取り上げられるなどして、もう少し、宇宙を仕事にできるのではないかという雰囲気になってきました。
社内に理解されるような実績を少しずつ積み上げ、ようやく事業になっていったという背景があります。
― 渡航・移動の手配や調整といった、既存の事業に近いところから宇宙ビジネスに入っていったということですね。

「顔が見える」種子島の打上げ現場で時間をかけて信頼関係を構築
― 打上げ支援業務とは、具体的にどのようなことをするのですか?
中島氏:ロケット打上げに伴う関係者の移動や宿泊の手配、現地での各種調整業務が中心です。
国内外の衛星事業者、メーカー、政府関係者、ときには海外の要人など、多様な関係者が集まるため、皆さんがスムーズに行動できるよう支援しています。
また、ロケット打上げは天候の都合などで直前に日程が変更されることも珍しくないですから、柔軟に対応・調整できる体制を整えています。
― そうした体制構築は、どう進めていったのですか。
中島氏:「1泊2日で箱根に行く」ことは誰でもできるように、旅行プラン自体は簡単につくれます。でも、島に渡るには飛行機や船などを手配する必要があり、打上げは延期になることもある。島内の宿泊施設や交通にも、限りがあります。
そして何より、島民の方々の生活がある中で、ビジネスライクに「じゃあ何席予約」「延期だからキャンセル」なんて対応はできません。打上げ前後の一時期は大勢の関係者が島に来ますし、それが収入となる方もいますが、毎日の暮らしの中では打上げはその一コマにすぎません。
そこで、まずは島の皆さんとの関係をしっかりつくろうと思ったのです。特別なことはでないですが、何かあればすぐ現場に行ってご挨拶する、経験の長いメンバーを複数現場に配置する、新たなメンバーを入れる際にはしっかり引き継ぎをする、など、島ならではの濃い人間関係を大切にする、いうならば泥臭くやることをずっと心がけてきました。
まだまだ打上げ支援の現場は顔が見える世界なのですが、だからこそ無理も聞いてもらえるし、何かあったときも助けてもらえる。時間をかけて築いてきたこの基盤が、私たちの一番の強みです。
業務自体も民間主導になってきていますので、島の皆さんにご理解やご協力をいただくことは、よりいっそう大切になると思っています。
衛星ビジネスの広がりによる事業機会と、宇宙港を通したまちづくりへの広がり
― 宇宙ビジネスが注目され、中でも衛星を活用したビジネスが広がっていますが、この状況は追い風になりますか。
中島氏:私たちの事業目線では、やはり衛星がたくさん打ち上がれば嬉しいですし、特にSpaceXによる相乗り打上げ「Transporter」のような、小型衛星を一気に打ち上げる形態には慣れていないお客さまも多いと思います。
衛星打上げでは自社の衛星の搭載準備や管制など、やらなければならない業務がいろいろあります。そのうえで、移動や宿泊の手配、さらには現地に滞在する社内の上級者や顧客への対応などの「ロジ周り」にも手を割かなくてはいけません。そういうところをお任せいただけるとありがたいですね。
私たちは旅行代理店なので、何かの手続きや作業を代行する、というのは得意分野なんです。これを改めて実感したのが、2020年からのコロナ禍でした。
覚えている方もいると思いますが、日本旅行では各地に設置されたワクチン接種センターの運営を請け負いました。当時はコロナ禍で旅行の需要が一気になくなっていましたので、当社が会場設営や受付人員の配置、動線管理、関係機関との調整などの周辺業務を一括して引き受け、宇宙チームもサポートを行いました。
また、同じくコロナ対策としてオリンピックTOKYO 2020大会の際にも全関係者スクリーニング検査を行いましたが、このときには宇宙チームが中心となり、社内の他部署と連携しながら対応しました。
― 旅行をなりわいにする企業だけれど、代理店という本質は、宇宙を含めてさまざまな業界にも応用できるということですね。今後の展開はどう考えていますか。
中島氏:国は2030年代前半には年30回の打上げを行える体制を構築するという目標を掲げていますが、そのときには打上げ自体も含めて民間が受け皿になります。種子島や内之浦でのノウハウを求めているとお声かけいただいて、インターステラテクノロジズさんとの関係も始まりました。
今後、国内のすべての射場でしっかり支援を提供できるようにすることが私たちの事業の屋台骨になると思っています。
― 北海道の大樹町や和歌山県の串本など、民間宇宙港の取り組みも進んでいますが、期待はありますか。
中島氏:私たちは北海道スペースポートさんの観光事業を受託していますが、射場があることで、衛星事業者や打上げ前の射場整備にあたる人員が集まり、そうするとホテルができ…というように、一つの街になる可能性があります。
宇宙港を核にした地域活性化や交流人口の創出、まちづくりは私たちもぜひ取り組みたい分野で、今まさに大樹町でそれを行っています。この経験をもとに、他の地域でも取り組めたら嬉しいですね。
個人的には、宇宙港を核としたまちづくりのゴールの一つは、アメリカのケネディ宇宙センターです。宇宙への玄関口というだけでなく、世界から人を集めるハブになっています。少なくともアジアではこのように一般の人が集まれる宇宙港はないですから、そういう場をつくるお手伝いができたらいいですね。

提供:SPACE COTAN
「宇宙旅行」が実現する日に向け、技術の進展を見据えつつ、機会をうかがう
― 旅行代理店としての強みを活かした支援事業の機会はさらに広がりそうですが、事業の中核である「旅行」と宇宙ビジネスの可能性はどう考えていますか。
中島氏:現時点では、宇宙に行くことはそう簡単ではありませんから、まだ収益化が考えられる領域ではないと思っています。
現状、宇宙とエンターテイメントというくくりでは、星空は一つの観光素材になると考えています。プラネタリウムやVRでの宇宙体験もありますが、私としては子どもからお年寄りまで、誰もが楽しめるリアルな体験をつくりたいなと思っています。
― 未来を見据えた話として、将来宇宙輸送システムさんと「宇宙旅行」の実現に向けて連携されていますね。
中島氏:2030年代にP2P輸送(二地点間輸送)、2040年代にオービタル飛行を掲げていますが、本当にできるかは、正直なところ技術次第です。
日本旅行は120年前に創業しましたが、創業者の南新助は、庶民の夢を叶えるために、「団体旅行を計画すれば、多くの人が気軽に旅行できるようになり、喜んでいただけるのではないか」と、日本で初めて「旅」を商品にして日本の旅行業が始まったのです。
海外への渡航も、昔は限られた人が行ける冒険でしたが、パスポートが自由化されパック旅行ができて誰でも行けるようになりました。この流れで言えば、宇宙へ行くことを冒険から旅に変えるのは、旅行会社がやるべきことだと思うので、その宣言的な意味合いもあります。
今は宇宙事業としてさまざまな事業に取り組んでいますが、まずは打上げ支援や星空エンタメ、また、教育事業も始めているので、これらを継続的に進めていくつもりです。
宇宙旅行を最終目的とした取り組みについては、ただ技術を待つのではなく、事業目線で準備を整えていき、できるとなったときにはちゃんと売れる状態にするように備えておきたいと考えています。
― 粘り強く宇宙事業を切り開いてきた中島さんの姿勢は、宇宙ビジネスに取り組む多くの方の参考になりそうです。今後の事業の推移も楽しみですね。ありがとうございました。
【編集部よりお知らせ】ニュースのまとめや新着記事をお知らせ!メールマガジン(不定期配信)のご登録はこちらから


