銀河鉄道の星空~宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の星々~

”「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」
 窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼もさめるような、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。”

 

この文章は、童話「銀河鉄道の夜」の一節です。

「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治作の童話で、孤独な少年・ジョバンニが、友人であるカムパネルラと共に銀河鉄道に乗り旅をする物語です。地学教師であり宗教にも造詣が深かった宮沢賢治の独特の世界観がよく表われた作品であり、宗教、地質、そして上の「アルビレオ」の文章のように、天文に関するワードが多く出てきます。造語が多く現在も様々な考察が飛び交う難解な作品ではありますが、美しい文章でつづられる銀河鉄道の旅路は現在も多くの人を魅了し、映画やアニメ、さらにはプラネタリウムなどでも、多くの派生作品が作られています。

今回はそんな「銀河鉄道の夜」に登場する、銀河鉄道から見える星々を紹介していきます。

「天の川」

”「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、
  その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。」”

 

ジョバンニとカムパネルラが乗る銀河鉄道は、「銀河ステーション」を出発し、「白くあらわされた天の川の左の岸」に沿って南へ南へとたどる旅へと出発します。つまり「銀河鉄道の夜」は、天の川の星々を旅する話でもあるのです。

「天の川」とは、私たちが暮らす「銀河系(天の川銀河)」そのものです。銀河系に瞬く2000億個を越える星々の一つに地球があります。地球から見上げたときに、銀河系にある星々が集まった場所は、まるで白くぼやっとした川のような帯にも見ることができます。そのため天の川は「Milky Way(ミルクの川)」と呼ばれています。

 

北十字(ノーザンクロス)「はくちょう座」と「アルビレオ」

”「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」”

 

ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道に乗り、「北十字」がある「白鳥区」に入ります。白鳥区の停車場を降りるとプリオシン海岸と呼ばれる場所があり、そこでは大学士が化石の発掘をしていました。二人が列車に戻ると鶴や雁、さぎなどを捕まえることを生業とする鳥捕りが乗車してきます。

「はくちょう座」は、日本では夏の星座としても有名です。はくちょう座の一等星であるデネブは、こと座のベガ、わし座のアルタイルと合わせて夏の大三角を構成する星として知られています。はくちょう座は、星座を線で結ぶとまるで十字架のような形をしており、南天の南十字星と対比する形で「北十字星(ノーザンクロス)」とも呼ばれています。

そして、はくちょう座にある美しい星に「アルビレオ」があります。上記で紹介した一節の通り、銀河鉄道の夜でも、天の川の流れの速さを測る「アルビレオの観測所」として登場します。アルビレオは、肉眼では一つの星に見えますが、望遠鏡で観測するとまさに“サファイアとトパーズ”のように、青色と黄色の星が並んで見えるのです。このように、二つの星が並んで見える星を「二重星」といい、望遠鏡での観察対象として人気の星です。またアルビレオなどは「見かけの二重星」といわれ、見かけ上は並んでいるように見えますが、実際に2つの星は離れた位置にあります。似たような星として、星同士が近い位置で並んでいる「連星」も存在します。

はくちょう座の「アルビレオ」
銀河鉄道の夜では「青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)」と表現される、鮮やかな二重星

蝎(さそり)の火「さそり座」の一等星「アンタレス」

”「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云いました。
 「蝎の火だな。」カムパネルラが又地図と首っ引きして答えました。”

 

アルビレオの観測所を過ぎて白鳥区を抜けます。その最中、ジョバンニは自分が持つ切符が「天上」にも、どこへだって行ける特別な切符であることを知るのです。列車は「鷲の観測所(わし座)」に一度停まり、その後も様々な出会いをしながら進んでいきます。すると、川の向こう岸が真っ赤になるような「蝎の火」を目にします。

「さそり座」は、南半球の空では高く昇って目立つ星座ですが、日本では南の空の低いところに見えるため、はくちょう座などに比べるとあまり目立たない星座です。しかし、ちょうど蝎の心臓にあたる場所で輝く一等星「アンタレス」は特徴的です。アンタレスは「火星に対抗する者」、「火星の敵」という意味で、その名の通り火星と色で競うかのように真っ赤な星です。またアンタレスは赤いだけでなく、太陽の数百倍はある大きな星であり、このような赤く大きな星を「赤色巨星」といいます。

星は、元々星の燃料として使われていた水素が枯渇すると、重い元素がたまった中心部が収縮を起こし、外側が膨張して表面温度が低くなることで、一層輝きが増します。そうすることで生まれたのが赤色巨星で、同じような星として、おうし座のアルデバラン、オリオン座のベテルギウスなどがあります。いずれも年老いた星ということが特徴であり、アンタレスの赤い光は、年老いてもなお燃える、星の命の輝きなのです。

銀河鉄道の夜でアンタレスは、今までいくつもの命を奪った蝎が「まことのみんなの幸いのため」に自らの身を燃やして暗闇を照らす火として描かれています。

さそり座のイラスト
特徴的な形をしており、赤い一等星「アンタレス」が見える

サウザンクロス「みなみじゅうじ座」

”「さあもう支度はいいんですか。じきサウザンクロスですから。」”

 

蝎の火を通過し「ケンタウルスの村」を通り過ぎた列車は、「天上」と呼ばれる「サウザンクロス(南十字)」に至ります。するとほとんどの客が降りていきジョバンニとカムパネルラだけになり、「ほんとうのみんなのさいわい」のために共にいることを誓いあいます。

夜空には、一部地域を除いて日本では見ることができない「南天」の星があります。北半球と南半球では、見える夜空の方角も星座も全く違うため、南半球では「カメレオン座」や「ぼうえんきょう座」など、日本では聞きなれない星座を多く見ることができます。

「みなみじゅうじ座」は、そんな日本から見ることができない南天の星空を代表とする星座で、一等星が2つもあり大変目立つ星座です。みなみじゅうじ座にある、明るい4つの星を結ぶとちょうど十字架のように見えます。みなみじゅうじ座は、日本では沖縄県や小笠原諸島などの南部では見ることができるため、特に沖縄県の島々では、観望するためのツアーが組まれたりもしています。

 

そらの孔「石炭袋」

”「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」”

 

サウザンクロス(南十字)で二人きりになり、これからも共に行くことを誓いあったジョバンニとカムパネルラですが、やがて見えてきた「石炭袋」を目にすると不安に襲われます。ジョバンニはカムパネルラを励ましますが、しばらくすると、突然カムパネルラは列車からいなくなってしまうのでした。

「石炭袋(コールサック)」とは、みなみじゅうじ座付近の星空に、まるで「孔」があいているかのように、黒い雲のような影になって見える領域のことです。かつてはその正体が何か分からず、「空にあいた孔」と言う人々もいましたが、現在はその正体が「暗黒星雲」であることが分かっています。

「暗黒星雲」は、多くの地理を含み密度が高くなった「星雲(ガス状の物質が集まり雲のように見える天体)」の一種です。その密度の高さから可視光を遮ってしまい、暗黒星雲の奥にある重なった星が、地上からは見えなくなってしまいます。これが、暗黒星雲があると空に孔があいたようにみえてしまう原因です。こうした暗黒星雲のガスや塵は「星の材料」でもあり、暗黒星雲は新しい星が形成される領域でもあります。暗黒星雲は、通常肉眼で見ることは難しいですが、みなみじゅうじ座の近くにある「石炭袋(コールサック)」は、大規模な暗黒星雲であるため、肉眼で観望することができます。

ニュージーランドから見える、画面中央の暗い領域「石炭袋(コールサック)」
そのすぐ左上に「みなみじゅうじ座」が見える


カムパネルラがいなくなり、ジョバンニが銀河鉄道の旅を終えると、ジョバンニは列車に乗る前にいた丘で一人目覚めるのでした。

 


銀河鉄道の夜は、天の川を巡る列車の旅であり、多くの星々が登場します。その裏には様々なテーマが込められていますが、作者の死によって未定稿のまま残された作品であるため、謎も多く、なんとも魅力的な作品です。

「銀河鉄道の夜」は、著作権保護期間がすでに終了しており、現在は「青空文庫」のホームページ上にて、無料で読むことができます。
皆さんも「銀河鉄道の夜」を読んで、考察し、星空に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 

 

<参考>

青空文庫 銀河鉄道の夜 https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html

スタディスタイル 自然学習館 – 88星座図鑑 https://www.study-style.com/seiza/

天文学辞典 – 赤色巨星 https://astro-dic.jp/red-giant-star/

天文学辞典 – 暗黒星雲 https://astro-dic.jp/dark-nebula/

 

SPACEMedia編集部