人工衛星の制御や、衛星が取得したデータの受信には、地上局などから構成されるGround Segmentが欠かせません。そのため、多くの衛星事業者は、地上局サービス事業者と契約して衛星との通信環境を確保しています。
自社で大規模な地上局ネットワークを保有せず、世界各地の地上局をつなぐ宇宙通信インフラを提供する――。周回衛星向けGround Segment as a Service(GSaaS)プロバイダーのインフォステラは、2016年の創業以降、地球低軌道(LEO)を中心とした衛星の増加を背景に事業を拡大してきました。
衛星ビジネスが世界規模で活発化する中、その基盤を支える宇宙通信インフラ事業者として今後の市場をどのように見るのか、そして地上局シェアリングサービス「StellarStation(ステラステーション)」はどう進化するのか。代表取締役CEOの倉原直美氏に聞きました。

株式会社インフォステラ 共同創業者/代表取締役CEO
九州工業大学にて電気工学の博士号取得。在学中、宇宙航空研究開発機構(JAXA)にてイオンエンジンと宇宙プラズマ環境の研究に従事。卒業後は、衛星管制システムの開発等を手がける民間企業にてシステムエンジニアとして勤務。研究者として、また衛星地上システムエンジニアとして複数の衛星プロジェクトに従事した経験を元に、2016年にインフォステラ設立。
目次
世界中の地上局をネットワークにして提供するStellarStation
宇宙と地球をつなぐ地上局サービス市場では、自社でアンテナを保有して貸し出す事業者が多数を占めますが、インフォステラは、それとは異なるアプローチをとりました。
「私たちは創業当初から、世界に点在する個別のアセットをつなげ、一つのネットワークとして提供する『アセットライト』をコンセプトに事業を進めてきました。それを実現するために開発したのが『StellarStation(ステラステーション)』です」
ステラステーションはプラットフォームであるとともにミドルウェアでもある、と倉原氏は説明します。 ステラステーションは、世界各地の地上局サービス事業者がもつさまざまな仕様のアンテナ設備をソフトウェア上で統合し、顧客に提供するサービス。地上局ごと異なるインターフェースを標準化する役割を果たすため、衛星運用事業者にとっては各地に分散するアンテナをまとめて利用できるメリットがある一方、地上局サービス事業者にとっては空いている設備を効率よく収益化できます。

Credit: インフォステラ ウェブサイト
このビジネスモデルの原点は、倉原氏が大学院在籍中に参加した超小型衛星の開発プロジェクトにあるといいます。そのプロジェクトでは、日米欧の大学が連携して衛星の開発を進めていましたが、各大学がもつ地上局を相互に使いやすくするためのソフトウェアを開発できないか、という話がもちあがったそうです。
このときは大学間での無償融通という考えで、ビジネスという視点はなかったとのこと。また倉原氏は当時ソフトウェア開発の側にはおらず、ソフト自体もプロトタイプ段階で実装には至らなかったといいますが、これは、後のサービス設計のもととなる経験だったといえます。

有望市場としてのAPAC 自社初のアンテナ保有にも着手
世界中のアセットをネットワークにしてつなげるステラステーションにとって、パートナー開拓は非常に重要な要素です。
同社は現在、日本周辺のアジア太平洋(APAC)地域に注力して展開を進めていますが、この春、新たな方針を打ち出しました。それが、創業以来掲げてきた『アセットライト』からの転換ともいえる、APAC域内での自社地上局の建設です。
その背景を、倉原氏はこう話します。
「APACは、そもそも地上局の数が少ない地域です。一方で、日本を含めAPAC地域での需要は今後も増えていくことが見込まれます。パートナーを広げるにも限界がある中、ここは自社でアンテナを建てようと判断しました」

また、2024年に策定され、年ごとに改訂されている「宇宙技術戦略」でも地上局整備の方針が記載されており、令和7(2025)年度改訂版の衛星基盤技術の技術ロードマップには「運用、および、地上局効率化を⽀える地上システム基盤技術」が明記されるなど、政策的な追い風もあります。APAC各国政府も衛星保有・活用を進める方向であり、倉原氏はAPACで官民の双方の需要を取り込む、強いプロダクトをつくりたいと話します。

Credit: 宇宙技術戦略(令和7年度改訂)
中でも、同社はインドの事業者とのパートナーシップ構築を積極的に進めています。倉原氏によると、インドでは近年、衛星スタートアップが急増しておりその数はオーストラリアやシンガポールをしのぐ勢いであるとのこと。その状況は「数年前の日本のような雰囲気」だと語ります。
「インドでは、日本でいうアクセルスペースやSynspective、QPS研究所のような衛星スタートアップが増えており、インド政府もこれらを支援する方針です。私たちにとってはパートナー候補であり顧客候補でもある企業がどんどん出てきている、非常に勢いのある国です」
衛星事業者の淘汰が始まる? 構造変化の時期を迎える、宇宙通信インフラ市場
一方で、衛星打ち上げの増加とともに成長してきた宇宙通信インフラ市場は、変化の時期に差しかかっているようです。研究者、会社員時代も含め、10年以上にわたり衛星の世界に身をおいてきた倉原氏は、衛星事業者の淘汰が始まっているという認識を示します。
「2010年代からここまで、国内外で多くの衛星事業者が登場してきましたが、徐々に淘汰されつつある状況になりつつあります。今後、この動きは加速すると見ています」
この流れに伴い、現在はさまざまな仕様がある地上局インターフェースの標準化も進むと倉原氏は指摘します。
「今は標準のない世界であり、一つひとつのインターフェースすべてに対応できることがステラステーションの価値です。しかし、今後はいくつかのデファクト的なインターフェースに集約されていくと考えています」
今後、ある種のデファクトスタンダードが定まっていくとすると、インフォステラはそうした標準化を先導できるポジションにいるとも考えられます。実際、社内では標準化に向け踏み込んでいくべきではないかという議論があったそうです。まだ具体的な動きはないといいますが、こうしたことも視野に入れる必要がある、と倉原氏は話します。
市場構造の変化は、エンドユーザー側にも変化をもたらします。衛星利用を検討する企業・組織のすそ野が広がる一方、専門知識をもたない参入者への対応も課題です。倉原氏は、中間事業者の存在がカギになると示唆します。
「すべてのユーザーに宇宙通信やネットワークの専門用語を理解しろというのは無理な話です。ユーザーが実現したいことを汲み取って形にする、パートナー、あるいはインテグレーターとして間に入る事業者が機能することが、市場が広がるうえでは現実的かなと思います」

そして、宇宙ビジネス市場において近年急速に存在感を増しているのが防衛・安全保障領域です。
インフォステラは、2024年に防衛省が公募した「衛星周波数解析技術の実証」案件を契約。同社がステラステーションを通して培ってきた多様な衛星と地上局の運用・管理の実績を生かして衛星の電波の特徴を分析、データベースを構築するために必要な技術に関する研究開発を行うことで、宇宙領域把握(Space Domain Awareness:SDA)能力の強化を目指すものです。
この取り組みに関し、倉原氏は「各国政府で安全保障・防衛での宇宙利用が進んでいます。マーケット全体を見るとこの部分はやはり大きく、経営的な判断としてこの領域に取り組んでいます」と話します。
地上局の将来像 軌道上データセンター・衛星光通信にどう対応するか
市場の広がり、構造の変化という点では、衛星へのAI搭載や軌道上でのデータセンター構築、光通信といった新たな技術も重要な要素となります。こうした新要素は地上局サービスにどのような影響を与えるのでしょうか。
「衛星に搭載されたAIや、軌道上データセンターがデータを処理するケースが増えるとしても、最終的に地上のユーザーが情報を手にするために、地上局インフラそのものは今後も必要です」
従来の電波による通信よりも高速・大容量のデータを送受信できる技術として注目される光通信について、倉原氏は衛星間通信では光が主流になるとする一方、地上とのデータのやり取りにおいては、電波との共存が続くという見通しを示します。
「衛星間通信においては、確実に光通信が主流になるでしょう。一方、衛星と地上の間は雲による遮蔽など、光通信ならではの難しさもあるため、すぐに置き換えられることはないと考えています」
こうした状況をふまえ、インフォステラはすでに光通信対応の地上局との接続を開始。電波・光の両方を利用したいユーザーが増えることを見据えて、ハイブリッド対応の機能開発を進めているといいます。
創業から10年、起業家としての視点とモチベーション
倉原氏がインフォステラを創業したのは2016年。研究者としてのキャリアを積んだあと、衛星通信のシステム構築を手がける企業で衛星管制システムのエンジニアとして勤務する中で、ステラステーションの構想を温めていたといいます。
しかし、そのアイデアを社内で提案したものの、実現しなかったことがインフォステラの起業につながりました。そこには、売上や市場の規模が未知数であったという事情がありました。
「年間数十億、数百億円の売上を目指している大企業にとって、数千万円程度の新規事業では取り組む魅力がありません。また、当時は地上局サービスの市場がどれくらい成長するのか判断できなかったことも実現しなかった理由だったと思っています」
一方で、SpaceXによる衛星通信Starlinkの打上げなども始まり、市場の萌芽は見えつつありました。
「衛星の打上げが増えており、今がタイミングだとは感じました。直感に近い感じかもしれません。緻密に計算したうえでの勝算があったかというと、残念ながらそこまででもなかったのですが、宇宙の通信インフラという領域であれば、今が参入時期かなと思ったんです」
すでに市場が成熟している携帯事業に今から参入するのは困難であることが容易に想像できるように、インフラ事業は参入のタイミングが非常に重要です。宇宙通信インフラの整備が始まりつつあった段階でかかわることができたのはラッキーでもあった、と倉原氏は語ります。

創業から10年、衛星をはじめとした宇宙システムがさまざまな領域のインフラとなりつつある今、倉原氏は、事業を前に進めていくモチベーションについて、「宇宙にかかわる仕事ができていること、そして地上局サービスは産業に絶対に必要なピースだという確信」と答えます。
宇宙が生活を支えるインフラとなりその存在感を増している今、インフォステラが打ち出す次の方向性に注目が集まります。
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