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「ビジネス構築」の視点で宇宙産業の成長を加速させる 全日空商事

ANAグループの商社として、航空機のリースや導入・売却支援、航空部品のサプライチェーンマネジメントといったエアライン産業のみならず、半導体産業や食品産業などで手広くビジネスを展開する全日空商事。 同社は、国内外の宇宙関連企業と次々と連携を進める中で、今年4月に「宇宙ビジネス開発室」を新設しました。全日空商事が目指す宇宙ビジネスの姿とはどのようなものか、そのねらいと展望を聞きました。


鬼塚 慎一郎(おにつか・しんいちろう)
全日空商事株式会社 宇宙ビジネス開発室長
全日空商事にて生活資材系製品の輸出入やシステム開発、財務、航空機のリース・関連部材調達等の業務に従事した後、2016年にANAホールディングス グループ経営戦略室に出向。2025年4月、全日空商事に新設された宇宙ビジネス開発室長に就任。
植木 智也(うえき・ともや)
全日空商事株式会社 宇宙ビジネス開発室 宇宙ビジネス開発チームリーダー
全日空商事にてエアライン関連ビジネス、経営企画、東南アジアでの新規事業開発などに携わった後、内閣府宇宙開発戦略推進事務局へ3年間在籍。宇宙輸送にかかわる参事官補佐として、宇宙基本計画の改訂や宇宙技術戦略の策定などに従事。帰任し、現在に至る。

商社パーソンが気づいた宇宙ビジネスの商機

この4月に、宇宙ビジネスの拡充を目指して「宇宙ビジネス開発室」を新設した全日空商事。ANAグループでは以前から宇宙事業に取り組んできましたが、室長の鬼塚氏はこれまでの経緯を含め、今回の動きをこう説明します。

「ANAグループの宇宙事業はANAホールディングス(ANA HD)から始まりました。当時は私もANA HDに出向しており、日本の人口減少が進む中で航空会社として持続的な収益を上げていくための新たなビジネス領域を研究していたんです。そんな中、2015〜16年ごろに宇宙領域に挑戦しようということになり、プロジェクトチームを立ち上げました。関連の方々との接点なども増えチームが組織化される中、持株会社の立場で実際のオペレーションを進めていくのは難しいという限界も見えきました。そこで、そういったビジネスの実務面を担うべく、全日空商事側で宇宙事業を始めたのが2022年のことです。2024年にはチーム化、今年、宇宙ビジネス開発室になり組織として独立しました」(鬼塚氏)

宇宙ビジネスは、一般的に大学で宇宙関連の学科に所属していたエンジニアや研究者などが立ち上げるイメージがありますが、室長の鬼塚氏とチームリーダーの植木氏はともに「商社パーソン」。エンジニアリングのバックグラウンドはなく、現在のチームも商社ビジネスに長けたメンバーで編成したと言います。いわば「商人の目」をもつ2人は、業界研究の早い段階で参入の余地が大きいことに気づいたと語ります。

「私は常に、最小の投下資本で最大の利益を上げることを心がけてきました。一方で、日本の宇宙産業は長く研究開発・技術開発が重視されてきたこともあり、ビジネスを構築するという観点が薄いと感じています。産業構造に未成熟な部分があり、商社として宇宙ビジネスに入る余地があると感じました」(鬼塚氏)

「ビジネスとして見たときに、まだまだ効率を高められる点が多々あるのです。例えば、海外から衛星コンポーネント(部品)を調達するとき、エンジニアの方々が自力でモノを探し、交渉して契約書を作成、複雑な仕組みの為替にも対応している。こうしたサプライチェーンマネジメントは、日々、世界中の企業と輸出入ビジネスをしている商社パーソンにとって得意中の得意です。餅は餅屋と言うように、商社に任せてもらえれば効率がよくなる部分があります」(植木氏)

できるだけ安価で良質なモノを仕入れ、それに付加価値を乗せて売り、利益をあげるということはビジネスの基本ですが、開発に重きを置く風潮が続いたことで、効率よくおカネを回して継続的な事業にするという「ビジネス構築」の視点をもつ人材が不足していると二人は指摘します。

『餅は餅屋』の例として、植木氏が挙げるのが為替への対応です。

「いま、急激な為替変動の影響を受ける企業が増えていますが、商社は自社が取り組む他の海外ビジネスと組み合わせ、顧客の国内企業にメリットあるかたちで為替リスクを抑えて、事前に取扱い金額を円貨で固定することができます。出入りする金額をしっかり管理するのは、ビジネスで一番重要なことですよね。また、為替だけでなく、価格交渉や契約管理、納期管理なども商社が得意なところです。全日空商事はこのようなサプライチェーンマネジメントをエアライン産業向けに提供しており、これを宇宙産業にも展開していきます。こうしたことができれば、宇宙スタートアップがもっと事業しやすい環境になると思います」(植木氏)

サプライチェーンマネジメント、ビジネス構築などに豊富なノウハウをもつ商社が入ることで宇宙スタートアップがより事業をしやすい環境にもなると話す全日空商事の植木氏

世界で伸びる衛星ビジネス需要をつかむための座組を構築

商社の視点で宇宙ビジネスを進める全日空商事が、いま注力分野として取り組んでいるのが、人工衛星領域の事業開発です。

「Starlinkの衛星コンステレーションに代表されるように、世界中で何千機、何万機という人工衛星を打ち上げる計画が進んでいます。世界的なニーズがあり、それが日本でも増えていく可能性があるいま、人工衛星に対するソリューションを提供できれば、早い段階でビジネスとして成立するだろうと考えています」(鬼塚氏)

そのために同社が仕込んできた活動が、今年、立て続けに発表された4本のプレスリリースに表れています。

全日空商事では、1月にニュージーランドの宇宙スタートアップZenno Astronautics(参考記事)と、2月には衛星システムの設計から運用までを支援するITプロバイダのアイネット(参考記事)と提携。3月には北海道大学発宇宙スタートアップのLetara(参考記事)と資本業務提携し、4月にはニュージーランドの宇宙スタートアップDawn Aerospace New Zealand(参考記事)と基本合意を締結しました。

鬼塚氏は、一連の連携は衛星ビジネス展開のために準備してきたものだと話します。

「多くの場合、人工衛星は事業者が個別に調達した部品をインテグレート(統合)してつくられています。異なるメーカーがつくったコンポーネントを組み合わせ、1つの衛星として動くようにするのは、実は非常に難しい作業です。日本には衛星製造ができるベンチャー企業が複数ありますが、需要の増加に応じてこうしたベンチャーがさらに生まれるかというと、それは難しいと見ています。なぜなら、人工衛星をインテグレーションする知見をもつ人材も設備投資のための資金も不足しているからです。この4社と連携し、コンポーネントをある程度パッケージ化して提供することで、今後の需要に対応できると考えています」(鬼塚氏)

Zennoは超伝導技術を用いた人工衛星の姿勢制御システムを開発しており、Letaraはプラスチック燃料を用いた安全性の高い人工衛星の推進システムの開発を手がけています。人工衛星に必須のコンポーネントを開発するスタートアップとの提携に加え、宇宙機の開発や試験・運用の知見を有するアイネットとは、良質で安価な部材の開発や調達に向けた取り組みを進めているといいます。

そして、Dawnはサブオービタル機による宇宙実証サービスの開発を進めており、これを通じて人工衛星用コンポーネントのTRL(技術成熟度)向上を図るとしています。

「製造コストを下げるには他産業のコンポーネントを衛星に転用することが有用ですが、実際使用するには宇宙での実証が必要です。しかし、実証衛星への搭載や、国際宇宙ステーション(ISS)での実証には、億単位の費用と年単位の時間がかかります。Dawnのサービスは格段に安い価格で、受注から数カ月以内、高頻度に、宇宙環境下での試験が実施可能です」(植木氏)

この4つの提携は、全日空商事が衛星に必須かつ独自技術をもつコンポーネントとそれをインテグレートするソフトウェア、そして実証の手段を手に入れたことを示します。鬼塚氏は、今後はこの連携を具体的なビジネスにつなげ、さらに新たなパートナーを巻き込み大きくしていくと語ります。

さらに植木氏は、こうしたサプライチェーンマネジメントという商社としての役割を超え、将来的に人工衛星のOEM(受託製造)に踏み込んでいく可能性もあると話します。実際、衛星の基幹部分であるバスは共通させ、顧客の目的に合わせてミッション部を変えて製造するというビジネスはすでに海外で展開されており、全日空商事ではZennoやLetaraといった尖った技術をもつメーカーと連携している点を強みに、数百キログラム級の小型衛星を対象とした展開を想定しているといいます。

今年1〜4月にかけて発表された国内外の各社との連携で、需要が増す人工衛星用コンポーネントの提供に取り組む座組ができあがったといえます
Credit: SPACE Media編集部

非宇宙の大企業を巻き込むことが産業拡大のカギ

鬼塚氏はインタビュー中、日本が国として産業競争力を上げることの重要性についてもたびたび触れました。自社の事業拡大はもちろん、日本の宇宙産業全体を成長させるには、大企業が非宇宙領域から参入するのが重要だと言います。

「我々はビジネスとして宇宙に取り組んでいます。やるなら世界のマーケットを取っていきたい。現時点で、国内である程度の数の衛星を製造することはできると思いますが、需要が増加する中でこれを1年以内に別の国でも展開するとなったら、いまのままでは難しいでしょう。でも、日本の大企業には海外の製造拠点や技術、ノウハウ、マネジメント体制がすでに揃っている。彼らがその気になれば、一気に広げられるはずです。世界で戦うことを考えたとき、多くのリソースを抱えている大企業を巻き込むことは不可欠です」(鬼塚氏)

多くの人材や資本をもつ大企業が宇宙ビジネスに参入すれば、大きなインパクトがあるはずですが、現状、そうした動きは多くありません。その理由を鬼塚氏はこう指摘します。

「大企業は失敗したがらないですよね。だから、失敗の可能性がある決断ができないのでしょう。でも、失敗しても残るものはたくさんある。我々はまさに、Virgin Orbitで失敗していますから」(鬼塚氏)

英国の富豪であるリチャード・ブランソン氏が立ち上げ、空中発射型のロケット開発を行っていたVirgin Orbit社は、2019年にANA HDとパートナーシップ契約を締結。人工衛星打ち上げ事業の展開等を目指して取り組みを進めてきましたが、同社は2023年に経営破綻しました。

「失敗に対しては当然厳しい声もありましたが、上の方々の支えもあり、事業縮小などはなく、むしろその失敗を糧として、さらに拡大できています。海外のロケットを日本で飛ばすというこれまでにないことを実現させるために、ビジネス面だけでなく法制面まで、あらゆるリソースを投入して対応しました。ノウハウの蓄積はもちろん、法律家や政策関連の方まで含めて周りを動かした挑戦の経験は、当社だけでなく国の財産にもなったと言えると思います。だから、失敗しても得られたものは非常に多かったのです」(鬼塚氏)

Virgin Orbitと提携し海外のロケットを日本で打ち上げるという前例のない挑戦は、自社だけでなく業界全体に与えた影響も大きかったと語る全日空商事の鬼塚氏

宇宙産業の発展に向け、商社の強みを活かす

グローバルな市場を見据えながらも、日本の宇宙産業全体を成長させたいと語る二人は、より多くの企業とつながっていきたいと話します。

「非宇宙産業の方々と、もっとつながっていきたいです。『宇宙産業に参入したいがわからない』という方であれば我々が学んできたことを共有できますし、『一緒に何かできないか』ということなら一緒に探します。特に製造業の方々で『大きなマーケットを取りにいきたい』のなら、世界に通用する衛星メーカーになりましょうよ、と。冷蔵庫もパソコンも、スマートフォンもつくれる技術があるんですから。個別の部品や技術のレベルで『宇宙で使えないか』というお話でも、我々のネットワークやノウハウを活用できるのではないかと思います」(鬼塚氏)

「宇宙戦略基金や日本版SBIRなど、多くの研究開発プログラムが走っており、さまざまな企業が取り組んでいます。今後、最も重要なことは、これらの開発の成果を世界に売っていくこと。我々は、海外各国のエアライン関連企業との取引を重ねており、これらの企業の多くは宇宙産業と重なります。これまでの取引実績や当社の海外現地での事業基盤・商社機能は、日本の宇宙スタートアップが米国・欧州・アジアに売り込む際のメリットと感じていただいています。大きな額が宇宙産業に投じられているので、これをさらに効率よく、レバレッジを効かせていけるのが商社の強み。いろいろな方とのネットワークを広げ、実際の取り組みにつなげていきたいと考えています」(植木氏)

商社パーソンの観点から、日本の宇宙業界の構造を世界と戦えるものにするための取り組みを進める全日空商事。宇宙ビジネス本格化に向けた『次の一手』にも注目です。

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