バルブの技術で宇宙産業のニーズに応える-高砂電気工業株式会社

ベンチャー企業など新興の民間企業が進める宇宙開発事業、いわゆる「ニュースペース」の話題で持ち切りの宇宙業界。宇宙が民間に開かれたことで、多様なビジネスチャンスが生まれています。導入期、あるいは成長期にある宇宙ビジネス開発企業の支援をミッションにしているのが、高砂電気工業(本社:愛知県名古屋市)です。バルブやポンプなど流体制御機器の老舗企業(創業1959年)が、なぜ宇宙なのでしょうか?

 

同社の取り組みについて、代表取締役会長の浅井直也氏と航空宇宙グループ技術開発リーダーの井上昌彦氏に伺いました。

高砂電気工業株式会社(以下、高砂電気工業)が販売する小型送液ポンプが組み込まれたISS内実験モジュール

転載元:https://takasago-elec.co.jp/case/p95/

 

結果的に一番高かったのは心理的なハードル

 浅井会長は宇宙開発ビジネスには二つの柱があると語ります。

 

「宇宙ビジネスは、

 

1)ロケットや宇宙船のように物資を運ぶ業務

2)ロケットや宇宙船に運ばれる物資の開発

 

に大別されると思います。

 

我々はこの二つのどちらにも関わっています。1)に関してはエンジン機構であるスラスター系のバルブ。2)に関しては、宇宙空間に人が定住する際に必要となる機器を流体制御の技術で下支えするというアプローチです。細胞肉培養、野菜の栽培、水の電気分解、汚水の浄化と再循環など、ポンプとバルブの技術ニーズが宇宙にも拡がっています。高砂電気工業ではこの二本柱で宇宙ビジネスを推進しようとしています」(浅井会長)

 

高砂電気工業の事業収益は、血液分析、水質分析、液体クロマトグラフ(組成分析のために化学的・物理的な性質を利用して物質を分離させる装置のうち、液体をつかったもの。ほかにガスクロマトグラフと呼ばれるタイプもある)など分析技術が8割を占めています。この偏った売上構成が長年にわたる同社の経営課題でした。

 

新規事業として選ばれたのが、航空宇宙と再生医療(細胞培養)。ここから前者に絞って話を進めますが、当初は宇宙ではなく、航空産業に狙いを定めていたそうです。

 

「宇宙に比べて航空の方がずっとマーケットが大きいんです。残念ながら宇宙はマーケットも小さいし、参入するのも厳しいだろうな、と力を入れていませんでした」(浅井会長)

 

ところが航空業界はマーケット規模が大きいがゆえに、競合がしのぎを削る世界。既にさまざまな企業が実績をつくっており、参入が容易ではなかったと言います。

 

一方高砂電気工業は他社と差別化するために、「世界一小さな工業製品としてのバルブ」を目指し、断面4ミリ角の極小電磁バルブを開発。世界最軽量の電気駆動バルブ、世界最小のポンプをもつくりだしたため、期せずして宇宙業界から注目される結果となりました。NASA JAXA から打診され、国際宇宙ステーションの科学実験機器で使用されるという実績につながったのです。

NASAのプロジェクトに採用された2種類の超小型ポンプ

転載元:https://takasago-elec.co.jp/case/p92/

 

「結果的に一番高かったのは心理的なハードルでした。宇宙は別世界だと決めつけて、自分たちとは縁がないと思い込んでいたんです。

 

実際、求められる技術水準は航空や宇宙では段違いです。たとえばバルブの耐圧性能。どれだけ高い圧力に耐えられるかがバルブにとって重要な要素なんです。宇宙用のそれは突出しているんですよ。しかし対応できるメーカーは、世界を見回しても必ずしも多くありません。

 

一方航空業界はプレイヤーがひしめいています。結果的に航空ではまだ苦戦中ですが、宇宙の方は手応えを感じています。売上も航空よりも宇宙の方が圧倒的に多いですしね」(浅井会長)

 

宇宙を市場として考えるようになってまだ数年という浅井会長ですが、元々狙っていた航空業界はコロナで失速。一方宇宙分野は「ニュースペース」を中心に一気に花ひらきつつあります。

 


 超小型衛星用スラスターを開発


人工衛星推進システム用バルブ(HVA /HVAL シリーズ)
転載元:https://takasago-elec.co.jp/productbiz/%E8%88%AA%E7%A9%BA%E5%AE%87%E5%AE%99/

 

高砂電気工業が手がけている宇宙関連製品のうち、しばしば話題に上がるのがロケット用バルブです。バルブ自体の役目は水道の蛇口とよく似ています。ロケットの姿勢や軌道の制御を担うスラスターでは、バルブを開ければガスが噴射し、機体の方向が変わります。逆に閉めれば、動きが収まるのです。

 

既に株式会社由紀精密との共同開発で超小型衛星用スラスターを2021年に発表済みであり、現在数社で検討段階にあるといいます。開発にあたって噴射口を含む全体設計を由紀精密が、バルブを高砂電気工業が担当しました。今年(2022年)米国コロラド州のスペースシンポジウムに出展した際も来場者の関心を呼び、問い合わせが何件もあったそうです。

 

また「NEDO宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業」「JAXA宇宙探査イノベーションハブ」「あいち中小企業応援ファンド助成金」などを活用して、複数のソレノイドバルブ(電磁弁 Solenoid Valve)を鋭意開発中だといいます。これらもスラスターのパーツとして宇宙機への搭載が期待されています。

いずれのバルブもまだ飛行実績がなく、これからの商品です。宇宙では故障が命取りになるため、実績のない機器の採用には誰もが及び腰になります。最初の一歩を踏み出すのがむずかしい世界なのです。ニワトリが先か、卵が先か。技術開発リーダーの井上氏は「最初の顧客獲得が現在の至上課題です」と語ります。

 

とは言え、高砂電気工業のバルブは話題に事欠きません。「人工衛星から小さな粒子を放出することで、流れ星を人工的につくる」という国内ベンチャーのエール(ALE https://star-ale.com/) をご存じでしょうか? 同社が2019年に打ち上げた「ALE-1」と「ALE-2」には、高砂電気の粒子放出用小型高圧弁が使われていました。

 

微小重力空間でのビール製造に挑む

宇宙ビール醸造デバイス「醸SAT(かもさっと)」の試作品

引用元:https://takasago-elec.co.jp/news/p8645/

 

ここまでは高砂電気工業の宇宙ビジネスのうち「物資を運ぶ業務」を中心にお話してきました。前述の通り同社は「運ばれるもの」も開発しています。そのなかでも飛びきりユニークなのは、宇宙ビール醸造器具の開発でしょう。

 

高砂電気工業は宇宙と地球の食の課題解決を目指す一般社団法人「SPACE FOODSPHERE」(https://spacefoodsphere.jp/)に参画しています。

 

「『SPACE FOODSPHERE』の中心メンバーであるJAXAの菊池優太さんやリアルテックホールディングスの小正瑞季さんにお目に掛かったところ『じつは我々二人も最終的な目標は宇宙でビールをつくることです』と。『ぜひ一緒にやりましょう』ということになり、ビールで繋がることができました」(浅井会長)

 

この話には前日譚があります。まだ「SPACE FOODSPHERE」や前身となる「SPACE FOOD X」が設立される前のことですが、米国の学生グループが高砂電気工業にメールでコンタクトしてきたというのです。

 

「『自分たちは月面でビール造りに挑戦しようとしている。小型のバルブやポンプが必要なので協力してもらえないか?』という内容でした。具体的にやりたいことを聞き、うちのシニアエンジニアがアドバイスする形で、彼らは設計を固めていったのです。ついでにバルブとポンプを全て無償で提供しました」(浅井会長)

 

彼らがやろうとしたことは地球の6分の1の重力下である月面でのビール醸造でした。微小重力空間(無重力空間)ではつかえません。地上では稼働しますが、一度に醸造できるのはわずか1020ミリリットル。コップ1杯分も造れません。しかも残念ながら彼らの醸造器具は地上実験止まり。宇宙に行くチャンスを得られませんでした。。

 

しかし高砂電気工業はちがいました。「この醸造器具をベースに微小重力下でもつかえる高度なものをつくろう」と新たな開発を誓ったのです。

 

「流体機器の試作屋」の可能性は無限大

 

 

前述の通り高砂電気工業の売上シェアは分析技術が8割です。二つの新規事業はまだ売上の円グラフに反映されていません。1%に満たないからです。

 

「流体機器の試作屋」を自称する同社では、生産実績のある型式が1万を超えているそうです。種類が多いのは量産品を大量に出すのではなく、それぞれの顧客のニーズに合わせた個別設計が大きな特徴になっているからです。さらに小型化と統合化という強みも併せ持っています。限られた容積に一点物の機器を搭載しなければならない宇宙機に、おあつらえ向きのメーカーと言えるでしょう。

 

地上での流体制御技術と宇宙に対応する流体制御技術。宇宙定住時代が到来したとき、その両方を併せ持つ企業は無限の可能性を持つに違いありません。高砂電気工業は、そんな企業を目指しています。

 

Tell-Kaz Dambala