2018年、JAXAによる国際宇宙ステーション(ISS)利用の民間開放に向けた第1号案件に、「きぼう」日本実験棟からの超小型衛星事業が選定されました。本案件のサービス事業者として選定されたのが、三井物産株式会社(以下、三井物産)です(*当該事業権は三井物産エアロスペース株式会社に移管済み)。
三井物産は、過去に宇宙機器の部品や素材を輸入し、国内企業に販売していましたが、2000年代中頃に宇宙事業からは撤退―一体、なぜこのタイミングで宇宙事業に再参入をしたのか、また宇宙事業にかける想いについて、三井物産 宇宙事業開発室プロジェクトマネージャー 山本雄大氏、三井物産エアロスペース 航空産業本部 航空産業第三部 宇宙事業室 室長 本田拓馬氏、三井物産エアロスペース 澤田氏にお話を伺いました。
三井物産が手掛ける宇宙事業
1947年7月、総合商社として三井物産は設立されました。
金属資源から流通事業まで手掛ける事業の領域は非常に幅広く、事業所を63ヶ国・地域に130拠点を構えるグローバル企業です。三井物産が宇宙事業に参画したのは、ISSの建設が進められていた1980年代―当時は商社として関与していたといいます。
(以下、山本氏・本田氏)
「以前は、いわゆる商社としての役割を宇宙業界で担っていました。1980年代頃からISSやロケットのハードウェア関連の海外製の小型機器や素材を輸入し、日本国内に販売するという事業を行っていました。
また、ロケットを打ち上げるロシアのユーロコットというサービスの代理店として、販売するビジネスも行っていました。」
国際宇宙ステーション(ISS)
しかし、時代の流れにより商社に求められる機能も変化し、2000年代中頃に宇宙機器の輸入業の事業から撤退しました。
その後2018年、宇宙に再参入するきっかけとなったのがJAXAとの共同事業であるISSからの超小型衛星放出事業(超小型衛星放出事業)です。
このタイミングで再度宇宙に挑戦する背景について山本氏に伺いました。
(以下、山本氏)
「New Spaceの時代になり、大きな資金が低軌道の衛星コンステレーションに流れるようになりました。
しかし、New Spaceが出たとは言いつつも、市場は未知数であり、不確実であることも事実でした。
そこで、商社としてまずは不確実なビジネスではなくサービスプロバイダーとして衛星事業者に価値を提供する立場になることを目指し、、2018年に再参画しました。」
現在は、ISSからの超小型衛星放出事業に限らず、衛星ライドシェアサービスを展開するSpaceflight Inc.への経営参画、民間宇宙ステーション事業など、数多くの宇宙事業を展開しています。
ライドシェアサービスの様子 Credit:三井物産
民間初の案件!超小型衛星放出事業とは
超小型衛星放出事業とは、ISSの日本実験棟である「きぼう」の民間開放に向けた一つのサービスです。超小型衛星を「きぼう」のエアロックから搬出し、1年程度軌道に乗せることが可能となっています。
以前、衛星を打ち上げるためにはJAXAのフリーローンチを待つ必要がありましたが、超小型衛星事業によって気軽に衛星を打ち上げることが可能になり、大学生でも打ち上げができる世界を実現しました。
衛星打ち上げと超小型衛星放出事業は、体験的な面で大きく違う、と本田氏は語ります。
(以下、本田氏)
「衛星打ち上げと超小型衛星放出事業の大きな違いは、技術的な部分もいくつかありますが、大きな点としてはISSから宇宙空間に放出された衛星の姿を自身で見ることができるということです。
通常、衛星が宇宙空間に打ち上げられると、衛星事業者はつくった衛星を見ることができません。
しかし、超小型衛星放出事業では、実際に衛星が宇宙にある様子を見ることができ、本当に宇宙に行ったということが実感できます。
つまり事体験の宇宙として利用できるサービスであると思います。」
これらのような体験要素は研究や事業に活用できないかもしれませんが、例えばエンターテインメント領域で使うなど、利用できる幅が広がりました。
事業化によって研究目的のお客さんだけでなく、多くの方に広く「きぼう」を利用していただける世界を実現しています。
超小型衛星放出の瞬間 Credit:JAXA/NASA
民間宇宙ステーションを建設しているAxiomと提携
2021月11月、三井物産は米国のAxiom Space社(以下、Axiom)と資本連携を発表。
AxiomはISSの後継機としての民間の宇宙ステーションの実現を目指しています。
(以下、山本氏)
「Axiomとの接点は2年前からありました。
当時は民間の宇宙ステーションをつくっている面白い企業とのみ認識していました。
その後、船内外の利用の引き合いをいただくようになり、調べるうちにそこにビジネスチャンスがあることに気がつきました。
三井物産らしい仕事は何だろうと考え直したときに、大きな資本を使って国全体の利益、国全体が必要とする大きな仕事に資するプロジェクトなのではないかと思いました。
また米国はどんどん開発が進んでいるが、日本には明確な戦略が存在しないという現状を知りました。
その中で、三井物産としてできることは何かと考えたときに2つありました。
一つが、仮に「きぼう」の後継機を打ち上げるとなった際の接続先を確保すること。
そして二つ目が、アメリカの状況や動きを把握し、商業利用を拡大すること。そこで米国の民間宇宙ステーション事業者との連携を検討し、約1年前より正式に動き始めました。」
そして、2021年9月に資本を伴わない戦略的提携を締結―日本のポストISS戦略を協力してつくりあげていくことや、商業の利用をしっかり拡大していこうというのを盛り込んだ提携を行いました。
しかし、このような事業は半年や1年で結果が出るようなものではなく、5年~10年しっかりやっていかないといけないものであると気がつき、2021年11月の資本提携に切り替えました。
現在のISSと完全に民営化した国際宇宙ステーションの違いについて、山本氏に伺いました。
(以下、山本氏)
「いくつか異なる点はありますが、利用の制限が緩和されます。
ISSはISS加盟国によって取り決められている政府間協定によって様々な制約や活動の指針があります。
例えば、限られたISSのリソースを割り当てるにあたり、各実験・利用意義が考慮され優先順位が決められるなど、様々な制約を基に利用調整をする必要があります。
一方、民間宇宙ステーションの場合、いわゆるビジネスなため、利用の幅というのは広がっていくと思います。
通信のボリュームだったり、リアルタイムコミュニケーションだったり、宇宙に持っていけるものの安全の基準といった観点。さらにISSの輸送船の技術が改善されることで、輸送船の頻度がより多くなる。
そして、従来は特別で輸送で行われていた実験が、ちょっと先のロケ地で撮影するとか、ちょっといつもとは違う宇宙旅行をするとか、そのような世界を実現するために大事なプラットフォームだと思っています。」
Axiom Spaceの完成予想図 Credit:Axiom Space
商社三井物産として、宇宙業界を変えていく
今後、三井物産としては打ち上げサービスにとどまることなく、打ち上げるための衛星そのものや、運用にもサービスの機能を増やしていく。そして利用を広げるということに力を入れていきたいと語ります。
(以下、澤田氏)
「今後宇宙産業が活性化するためにも、多くの人が宇宙産業に参入したいと思う環境ではないと、ポストISSを利用したい人や宇宙をエンターテインメントで活用したいという方々が増えていきません。
何か宇宙に関わる人々の裾野が拡がるようなサービスに、我々が関わることができたら、と思っています。」
そして最後に、今回インタビューさせていただいた3名の方に、仕事での魅力ややりがいについてお聞きしました。
【三井物産エアロスペース 澤田氏】
私が担当しているものは、数万円規模で誰もが本当に宇宙にある宇宙機や衛星を使ってエンタメ的に利用する企画を考えることです。どこまでマーケットにその需要があるのかも考えると同時に、数万円で宇宙に本当に浮かぶリアルのモノを使うことができるという事実が、大きなインパクトを与えるのではないか、そしてそれが、宇宙産業にかかわる方のパイを広げるきっかけになりうるのではと期待しています。そのような企画に、宇宙バックグラウンドがない自分が関われること自体がやりがいだと感じています。
【三井物産エアロスペース 本田氏】
「官から民、LEOから深宇宙というダイナミックに動く宇宙業界の中で、自身の仕事がその動向に影響を与える可能性があること」「自分の仕事によってお客様の宇宙利用を実現できること」にやりがいを感じます。
【三井物産 山本氏】
宇宙産業は今まさに大きな「うねり」のなかにあります。三井物産として、そしてそこにいる自分として、これまでの常識が通用しない難しい産業に挑戦できていることにやりがいと誇りを感じています。
SPACEMedia編集部