今回より月1回、長年、宇宙開発やそのアウトリーチに携わる寺薗淳也氏によるニュース解説コーナーを開始いたします。寺薗氏には、毎回、前月にSPACE Mediaで紹介したニュースの中から、注目すべきトピックを取り上げて解説いただきます。
第1回目となる今回は、2026年6月にSPACE Mediaで掲載したニュースの中から、米Voyagerによる米Astroboticの買収と、米Sophia Spaceの資金調達・軌道上データセンター開発に関するニュースをピックアップします。
月面開発と宇宙でのデータ処理、2つのニュースからは、買収や調達・提携を通して困難な技術開発を進めることで、将来の市場を手にしようとする各社の戦略が見えてきます。
目次
米Voyager、月着陸機など開発の米Astroboticを買収 月面事業を拡大(6/5公開)
ニュースの要点
アメリカ宇宙企業大手のVoyager Technologiesが、月輸送ベンチャーのAstroboticを買収、「総合宇宙企業」としての形を整えようとしています
ここがポイント!
Astroboticは、アメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグに本拠を置く、月輸送ビジネスを手がける企業です。
月輸送ビジネスとは、月にものを運ぶ「宅配便」のようなものとお考えください。現時点ではその送り主は主に官、具体的にはNASAが多いですが、試験目的での民間企業のペイロード(貨物)も増えつつあります。日本でこのような月輸送企業として有名なのがアイスペース(ispace)です。
Astroboticが最初に有名になったのは、月着陸機の開発・打ち上げでした。NASAの商業月輸送プログラム(Commercial Lunar Payload Service:CLPS、読み:クレプス)の第1号機として、2024年1月、同社の月着陸機「ペリグリン」が打ち上げられました。しかし本機は月へ向かう途中に推進剤が漏れてミッション達成が困難となり、地球に再突入する形で無念のミッション終了となりました。
ただAstroboticはこの失敗にもめげず、次世代の月着陸機「グリフィン」の開発を進めています。ペリグリンのペイロードが500 kg程度なのに対し、グリフィンは620 kg程度と2割ほど増加しています。これは月の南極地域への着陸を目指し、よりしっかりとした着陸脚を用意するためなどの理由であり、打ち上げはやはりCLPSの枠組みで行います。
また、AstroboticはLunaGridという月面通信ネットワークの構想を持っています。これは将来、月面においてローバーや科学測定機器など多数の通信が必要な装置・インフラが整備された際のインフラを整備しようというものです。
着陸機を中心として月面インフラを事業の主軸としているのがAstroboticですが、逆に言うとロケットや地球周辺の人工衛星なども手がける総合宇宙企業ではないということになります。そんな同社を今回、総合宇宙企業であるVoyager Technologies(以下Voyager)が買収することになりました。
Voyagerといえば、なんといっても、民間宇宙ステーションStarlabです。2030年とされる国際宇宙ステーション(ISS)の運用終了を見据えて、民間で宇宙ステーションを製造・運用しようという計画です。複数ある民間宇宙ステーション開発企業の中でも、日本の三菱商事と提携したり、野口聡一宇宙飛行士を諮問委員に任命するなど、日本と比較的つながりが強い企業として注目されます。
Voyagerは民間宇宙ステーションだけではなく、宇宙通信や防衛インフラなど、幅広い業務を手がけています。今回のAstrobotic買収により月輸送・月面インフラ構築事業が加わることで、宇宙ステーション(地球低軌道)の先、月アクセスまでを見据えた事業ポートフォリオが見えてきたことになります。
Astroboticは、今年5月にNASAが発表した新月面基地建設構想「ムーンベース」において、CLPSの枠組みでの打ち上げ(Moonbase II)を行う予定となっています。この着陸機にはAstrolabが開発したローバーが搭載されるほか、Astrobotic自身が開発したローバーの試験も実施される予定です。着陸場所は月の南極域で、アルテミス計画における着陸点でもあり、将来の月面インフラ構築に向けた試験の色合いが濃いミッションとなるようです。
今回の買収は、NASAが目指すアルテミス計画の進展、アメリカの宇宙開発の進展、さらにはビジネスとしての宇宙開発の活発化を表すエピソードとして注目されます。同時に、他の月輸送を手がける企業(Firefly Aerospace、Intuitive Machines、Blue Originなど)の動きも注視していく必要があります。
米Sophia Spaceが約11億円調達 衛星バス製造のApexと提携し2027年に軌道上データ処理実証へ(6/26)
ニュースの要点
軌道上データセンター構築を目指す宇宙スタートアップSophia Spaceが、同じく宇宙スタートアップであり、衛星バス製造に特化したApexと提携、2027年にも軌道上でのリアルタイムデータ実証を行う予定です
ここがポイント!
Sophia Spaceは2023年と比較的新しく設立された宇宙スタートアップ企業で、軌道上データセンターの実現を目指す企業です。同社にはNASAジェット推進研究所(JPL)や商用コンピューティング企業の出身者が多数集まっています。彼らの強みはTILEというモジュール型の宇宙コンピューティングシステムで、高性能プロセッサーを宇宙で効率よく運用することを目指しています。
一方のApexは衛星バス製造に特化した宇宙スタートアップ企業という点で、ちょっと変わった立ち位置にあります。衛星プラットフォームを標準化していくことで、衛星製造を標準化・効率化していくことを目指しています。
両社が手を組むことで、Sophia Spaceは自身の強みのコンピューティングに集中でき、またApexは衛星バスの顧客を獲得でき、双方にとってメリットのある提携となることが期待されます。
近年、軌道上データセンターに関する動きが急激に拡大、加速しています。ではなぜ軌道上データセンターなのか?
そもそも、軌道上データセンターとは、地球低軌道と呼ばれる、地上200~2,000 kmの宇宙空間にAIデータ処理に特化した衛星を多数配置、宇宙において地上のデータセンターのようなデータ処理を行う衛星群をつくろうという構想です。
軌道上データセンターが必要な理由としてよく聞かれるのは、地上でのデータセンター建設が限界に達しつつあるからというものです。水・電気・土地が足りないため、宇宙へ進出するというわけです。
ただ、軌道上データセンターはそれに加え、宇宙開発に特化した需要もあります。それは、近年人工衛星、特に地球観測衛星が生み出すデータの爆発的な増大です。
NASAの地球観測データアーカイブ(EOSDIS)のウェブページによると、2024年時点での保存容量が128ペタバイト(PB)なのに対し、データ量は毎年28PB増加、2030年には約400PBという途方もない量に達すると考えられています。
すべての衛星データを地上に下ろして解析し、役立てることはいずれ不可能になります。「データがある場所に計算資源を持っていく」、つまりエッジコンピューティングと呼ばれる枠組みが必要であり、それを宇宙空間で開発することが軌道上データセンターに求められている役割です。
軌道上データセンターといっても、地上のデータ処理を宇宙に持っていくだけではなく、宇宙空間で発生するデータを宇宙で処理する需要もあり、後者は今後、大きな注目を浴びるでしょう。いずれにしても、軌道上データセンターへの期待が大きい以上、それに向けた動きが多くの宇宙企業で生まれることは間違いありません。引き続き注目していきましょう。
執筆者プロフィール
寺薗 淳也(てらぞの・じゅんや)
1967年東京都生まれ。名古屋大学卒。東京大学大学院博士課程中退。宇宙開発事業団、宇宙航空研究開発機構、(財)日本宇宙フォーラム、会津大学、情報通信研究機構(NICT)(デュアルワーク)、USP研究所(デュアルワーク)を経て、現在自身の合同会社の代表。NPO法人日本火星協会理事。一般社団法人宙ツーリズム推進協議会理事。一般社団法人ABLab理事。明星大学理工学部非常勤講師。一般社団法人宇宙エレベータ協会顧問。株式会社うちゅう顧問。株式会社SpaceBlastコミュニケーション部広報室ゼネラルマネージャー。専門は惑星科学、情報科学。月・惑星探査を中心とした情報システムの構築などを専門としている。また、月・惑星探査の普及啓発などにも努めている。月探査情報ステーション編集長。ラーメンとねこと西部警察を愛する。