【海外動向】欧州屈指の工業国・チェコが見据える宇宙産業のこれから ―チェコ共和国インタビュー

【海外動向】欧州屈指の工業国・チェコが見据える宇宙産業のこれから ―チェコ共和国インタビュー

欧州宇宙機関(ESA)の加盟国として年間6,800万ユーロ(約126億円)を宇宙活動に投じ、光学・レーザー・精密機器といったニッチ技術で存在感を示すチェコ共和国。

欧州屈指の工業国でもある同国には従来から衛星関連部品の製造に取り組む企業が存在していましたが、近年は宇宙産業全体の育成に力を入れています。チェコではどのように宇宙産業への取り組みを深めているのか、そして、日本とはどのような連携の可能性があるのか。

宇宙ビジネスの展示会・SPEXAの会期中に来日した、チェコ共和国 宇宙機関 副局長で、衛星地球観測・衛星データ活用の専門家でもある、オンドジェイ・シュヴァープ(Ondřej Šváb)氏に聞きました。

※本記事では、1ユーロ=185円で換算しています


オンドジェイ・シュヴァープ(Ondřej Šváb)
チェコ共和国 宇宙機関 副局長(Deputy Director, Space Agency of the Czech Republic)
チェコ生命科学大学にて地球観測・景観工学・地理情報学を修め、卒業後は運輸省に入省。2009年から地理情報分野を担当しつつ、2011年より宇宙活動局長として国家宇宙政策の立案、チェコの欧州宇宙機関(ESA)および国連宇宙空間平和利⽤委員会(COPUOS)への参加や、EU宇宙プログラムの国内実施を主導。2022年、チェコがEU理事会の議長国であった期間中は宇宙作業部会の副議長を務め、同部会には2011年より国家専門家として参加している。ESA地球観測プログラム委員会のデータ・運用・科学・技術諮問グループ(DOSTAG)議長を2020年9月から2023年9月まで務めた。2026年3月、宇宙関連業務が産業貿易省へ移管されたことに伴い、現職にて宇宙活動に専念している。

天気予報からスマートフォンまで、日常に浸透する衛星データ

チェコの政府機関で15年以上にわたって宇宙政策にかかわってきたシュヴァープ氏。衛星地球観測領域の知見も深い同氏ですが、近年急速に増加している衛星データやリモートセンシング技術の活用は、今や特殊な領域の話ではない、と切り出します。

「10年前と比べて、利用できる衛星の数が格段に増えました。以前は非常に特別なデータソースでしたが、今ではインフラ監視・天然資源管理・保険など多くの分野で日常的に使われるようになっています。例えば、石炭がどこでどれだけ採掘されたか、といったことも衛星データで把握できます」

衛星数の急増と打上げコストの低下により、今や衛星データは私たちの日常生活のさまざまな場面に組み込まれていることは、多くの読者の皆さんも実感している点でしょう。

チェコでは以前から衛星地球観測や通信、ナビゲーションなど現代社会に欠かせない宇宙ミッションに取り組んできました。同国内のユーザーに向けて高解像度の衛星画像を提供するミッション「AMBIC」もその一つです
提供:在日チェコ共和国大使館

さらに、AIや機械学習の進展によって、衛星上でデータを処理するオンボードデータ処理が現実のものとなりつつあります。

「軌道上でデータを処理し、必要な情報だけを地上に送信するというのが現在のトレンドです。現状の衛星画像は大容量ですが、今後は軌道上でデータをコンパクトにして地上に送る時代が来るかもしれません」

ただし、すべての宇宙データをオンボード処理することにはならないだろうともシュヴァープ氏は指摘します。例えば、経時的な変化を分析するためには数十年分のデータが必要で、こうしたデータの使い方にオンボード処理は適していないといいます。

「これまでは『衛星の地球観測はいいけれど遅すぎる』『タイムラグを少なくしてほしい』『空間分解能を上げてほしい』『別の波長帯も必要だ』といった声がありました。軌道上でのオンボード処理はリアルタイムに近いサービスに適しており、現在では通信衛星コンステレーションが発展してきているので、複数のシステムを組み合わせることで、これらのニーズに応えることが可能になってきたと考えています」

軌道上でのオンボード処理という先端領域に関しては、世界各国でさまざまな取り組みが立ち上がっていますが、チェコも衛星上のエッジコンピューティングにZAITRA(ザイトラ)という企業があるということです。

チェコの新たな国家宇宙計画 「戦略的重点分野」を設定し技術開発と産業育成を推進

チェコの宇宙政策の方向性は「国家宇宙計画(National Space Plan)」によって定められており、2025年10月に最新版が策定されました。能力強化・科学支援・国際協力の3本柱のもとに、9つの戦略的重点分野が設けられており、小型衛星(500キログラム級のミッション実現が目標)、科学機器、フレキシブル太陽電池パネル技術、マイクロエレクトロニクス、宇宙放射線の遮蔽とモニタリング、地球観測データ処理・分析などが指定されています。

「私たちが日本に来ているのも、チェコの産業のために宇宙という新しい領域の扉を開き、日本と協力できる部分を見つけるためです。チェコにとって興味深いソリューション、日本企業にとって興味深いソリューションを探り、一緒につくれるものを見つけることを目指しています」

こうした取り組みを受け、数年前までは部品の製造など、サプライチェーンの一部を担う企業が中心だったチェコの宇宙産業の中でも、近年は衛星を設計から統合まで一括して手がけられる企業が育ち始めているということです。

「私たちは正しい方向に進んでいると思います。今年、ESAがチェコ主導の重力波モニタリングミッション『SOVA(Satellite Observation of waVes in the Atmosphere)』を承認したことは、チェコに十分な能力があることが認められた証です」

地上約60〜300キロメートル以上の高度での大気重力波の検出を目的とした科学ミッション「SOVA」は、チェコ運輸省とESAの共同プロジェクトとして立ち上げられたもの。打上げは2028年の予定です
©OHB Czechspace

また、チェコには産業用から医療、研究用途まで幅広く活用できるレーザー技術を有する企業や研究機関が集積しており、衛星通信や、地上からのレーザー照射による衛星の再起動といった宇宙応用が進んでいます。宇宙天気予報関連技術も注目分野の一つで、太陽から飛来する粒子をモニタリングするセンサーは国際宇宙ステーション(ISS)でも活用されており、今年4月に実施された「アルテミスⅡ」にも貢献しました。

チェコとESAとの連携 イノベーション拠点を通じ、70以上の宇宙スタートアップを育成

チェコは1996年にESAと協力協定を締結、2008年に正式な加盟国となり、現在は義務的・任意・第三者プログラムを含めて年間6,800万ユーロ(約126億円)を拠出しています。ESAへの参加は、宇宙産業の発展において最も重要なツールと位置づけられているそうです。

「ESAの役割は、国際協力を確立し、共同で物事を進める環境を整えることです。ヨーロッパ全体の能力と各加盟国の資金を集めることで、一国では難しい大規模な科学・技術プロジェクトが実現できます」

チェコとESAによる宇宙産業振興に向けた活動の一つが、ESAビジネス・イノベーション・センター(BIC)チェコ拠点での取り組みです。同センターではこれまでに70以上の宇宙スタートアップを育成しており、衛星通信や地球観測、打上げ事業などに取り組む事業者が所属。前述のZAITRAもBIC発企業の一つです。

産業振興の枠組みとしては、ESAとの第三者プログラム(Third Party Program)のほか、チェコ技術庁(Technology Agency of Czech Republic)が実施する二国間協力支援プログラム、経済外交プログラムなどが活用されています。これらを組み合わせることで、他国との技術協力と国内産業育成の両輪を回しています。

宇宙ビジネスの展示会・SPEXAのチェコ共和国ブースで配られた冊子ではチェコの宇宙活動の歴史や、多くの宇宙企業が紹介されており、チェコの宇宙領域での層の厚さを感じることができます

日本の広範な宇宙技術とチェコのニッチ技術を組み合わせ、新たな価値を

チェコは10年以上にわたってJAXAと対話を続けています。シュヴァープ氏は、近い将来には覚書締結を目指したい、と期待を語ります。

「JAXAとの協力における2本柱は、スタートアップ支援・宇宙技術開発での交流と、宇宙探査・科学機器分野での協力です。協力の基盤を固めていきたいと考えています」

チェコの日本の宇宙産業への関心は高く、シュヴァープ氏もSPEXAの視察で、その技術水準に強く惹きつけられたと話します。特に注目しているのは、小型ロケット、フラットサット(薄型衛星)・衛星展開技術、レーザー・光通信、そして将来の月経済に関する取り組みだということです。

「日本には優れた技術があります。そしてチェコにも、NASAが採用し、他では実現できないような世界クラスのニッチ技術をもつ企業があります。日本の幅広い宇宙技術とチェコのニッチ技術を組み合わせることで、一緒に取り組める部分があると考えています」 すでにJAXAとESAの間では、地球大気・雲・エアロゾルの観測を目的としたEarthCARE(アースケア)ミッションのような協力の実績もあります。こうした既存の協力を土台に、チェコと日本の産業界が連携を深めていくこともできるかもしれません。

ともに「ものづくり」の国であるチェコと日本。宇宙分野においてもシナジーを生む関係が築けるかもしれません

「宇宙はかっこいい」! 若い世代を科学技術のフィールドに呼び込む

日本では新聞やビジネス誌等で宇宙ビジネスが取り上げられるようになり、産業やビジネスとしての「宇宙」が意識されるシーンが増えています。

シュヴァープ氏によると、チェコでは宇宙に対する市民のイメージは「科学」が中心であり、日常生活との結びつきはまだ十分に認識されていないといいます。宇宙からのデータが防衛・安全保障にとって重要であるという認識も、まだ浸透していないというのが実情のようです。

「人々は宇宙といえば宇宙飛行士と科学のイメージをもっています。しかし、衛星データはテレビ、天気予報、スマートフォンのナビゲーション、銀行での決済など、多くの場面で社会インフラを支えています。宇宙活動はこれらのアプリケーションの中に隠れているので、その重要性を人々に実感してもらうのが難しいのです」

こうした課題へのアプローチとして、チェコ政府は次世代への普及啓発に力を入れています。2024年から始まった、科学・教育・イノベーション・宇宙活動・国際協力の推進を目的とした国家戦略「Czech Space Journey(チェコ 宇宙への旅)」のもと、2027年7月にはISSへチェコ人宇宙飛行士を派遣する計画が進んでいます(参考記事)。

さらに、2025年には中高生や科学系インフルエンサー、科学番組の司会者などを対象とした「ゼロG体験フライト」を実施。微小重力環境を体験した参加者がその経験をSNSなどで発信することで、若い世代に「宇宙はかっこいい」という感覚を伝えることをねらった取り組みです。

「若い世代に、宇宙の魅力を伝えるアンバサダーになってもらいました。彼らは、私たちが伝えたいメッセージを、若い人に響く言葉で届けてくれるのです。若い世代は、私たちとは全く異なるチャネルで情報を得ています。テレビだけでなく、ソーシャルメディアの活用が重要です」

2025年に、若者やインフルエンサーを対象に実施された「ゼロG体験フライト」の一コマ。実際に「ゼロG」を体験した人々の発信は強い力をもちそうです
提供:在日チェコ共和国大使館

こうした次世代育成の取り組みについて、シュヴァープ氏は宇宙産業への人材供給にとどまらない、大きな意義があると説明します。

「宇宙にインスパイアされた若者が、最終的に自動車や他の先端技術分野に進んだとしても、それ自体が産業全体にとって大きな成果です。宇宙を、先端科学領域の学びに向かうインスピレーションの源として活用することが重要なのです」

一方でシュヴァープ氏は、「日本では多くの国民がJAXAを知っている。これは素晴らしいことです。『はやぶさ』のような世界的な成功が、機関の認知に大きく貢献しているのでしょう」と語ります。欧州ではESAが「欧州全体の機関」として捉えられるため、各国市民からすると「自国のミッション」という感覚を得にくいという構造的な理由があると分析します。

日本では多くの人がJAXAを知っていることに驚くと語るシュヴァープ氏。宇宙活動への理解が広がっていることは、日本の強みなのかもしれません

「科学」から「安全保障インフラ」へ 宇宙で起きたパラダイムシフト

チェコにおいて、宇宙活動を担当する省庁は、文部スポーツ省から運輸省を経て、2026年3月に産業貿易省へと移管されました。宇宙がかつては「科学の領域」であったのに対し、今日では「経済・安全保障の領域」となったことを反映した変化であるといえます。

「ウクライナで起きていることを目の当たりにするとき、宇宙データが防衛においていかに重要かが見えてきます。発電所や電力線の時刻合わせのシステムは全球測位衛星システム(GNSS)を使用していますから、GNSSが機能しなくなれば大停電が起きる可能性もあります。これはほんの一例で、宇宙は重要インフラそのものになっているのです」

宇宙サイバーセキュリティの重要性も高まっています。以前は暗号化されていなかった欧州の地球観測衛星「センチネル(Sentinel)」のデータも、今日ではデータ保護に加え、衛星本体の防護が求められるようになったといいます。軌道上データセンターや通信衛星コンステレーションの普及とともに、宇宙空間のセキュリティは対応が急がれる重要な課題となっています。

チェコの宇宙産業が目指す長期ビジョン 対等なパートナーとして国際協力へ

チェコの国家宇宙計画が示す長期ビジョンは、「孤立せず、対等なパートナーとして協力できる産業の構築」です。宇宙向けのソリューションを開発し、その成果を地上のデータ活用として経済・社会・安全保障に役立てることを目指しています。

「宇宙への投資は未来に向けた非常によい投資です。宇宙は科学の対象であるだけでなく、次世代の学びを刺激する源泉でもあります。宇宙にインスパイアされた若い世代が次の世代の産業を担っていく。そうした連鎖を生み出すことが、私たちの取り組みの根底にあります」

光学・レーザー・精密機器・宇宙放射線センサーなど、チェコが育んできたニッチ技術と、宇宙探査から小型ロケットまで幅広い実力をもつ日本の宇宙産業。両国の連携が今後どのように具体化していくか、これは、日本の宇宙ビジネス事業者にとっても見逃せない観点となるでしょう。

今回のインタビューは、宇宙ビジネスの展示会「SPEXA」へのチェコ共和国出展に合わせて行われました。シュヴァープ氏はSPEXA会場で登壇したほか、JAXAや宇宙開発戦略推進事務局などを訪れ、関係者と交流したということです

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