世界では多数のベンチャーが登場し盛り上がる宇宙産業だが、
「宇宙ビジネス」を自分ごととして考えられる人はまだ多くない。
未知の領域のビジネスを考えるヒントを、科学文化作家の宮本道人氏に聞いた。
目次
SpaceX、Blue Origin… 著名宇宙企業の背景にあるSF文学
宇宙ビジネスの企業として挙げられることが多いアメリカのSpaceXとBlue Origin。両社には経営者が熱烈なSFファンという共通点があることをご存じだろうか。
「イーロン・マスク氏はコアなSFファンとして知られており、さまざまなSF小説に影響を受けたことがSpaceXの設立につながっています。同社の対抗馬と目されるBlue Originも、Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏がSFの名作『スノウ・クラッシュ』の作者ニール・スティーブンスン氏と共同創業した会社です。さらに遡ると、こんにちのロケット工学の基礎を築いた物理学者・ツィオルコフスキーやゴダード、オーベルトといった研究者たちは、19世紀に活躍した小説家ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』に影響を受けたとされています。ロケット工学という分野自体がかなりSFの影響を受けているともいえます」
SFという文学ジャンルの創作手法をアイデア発想や事業開発に生かす、『SFプロトタイピング』によって企業の新規事業開発の支援などを行うSFコンサルタントの宮本道人氏はこう語る。
まさに小説に描かれるような空想の世界が研究者や起業家を刺激し、画期的な技術開発やこれまでにないビジネスにつながってきたのだ。
見えなかった選択肢を可視化する、フィクションの力
SFが現実の世界に影響を与えた例はこれだけではない。
1960年代に放送されたSFテレビドラマの金字塔『宇宙大戦争/スタートレック』も社会変革に大きく寄与している。いまだ人種差別が色濃く残っていた時代、スタートレックには黒人女性宇宙飛行士のキャラクターが登場している。
「アフリカ系アメリカ人としてウフーラ役を演じたニシェル・ニコルズは、その後NASAの事業の広報担当なども務めました。民族的なマイノリティであり、かつ女性宇宙飛行士がいなかった時代にこうしたキャラクターが生まれたことは、実際に黒人女性宇宙飛行士が誕生するきっかけにもなりました」
宮本氏は、人はどうしても目の前で起こる現実を自分の目標や将来像に据えがちになると言う。しかしそれでは視野狭窄に陥り、見えていないものがあることにすら気づけない。そんなとき、スタートレックのストーリー中でウフーラが黒人として、女性として、そして宇宙飛行士として活躍することで、人々の前にロールモデルが提示されることになった。
「フィクションとして『ちょっと設定を変えてみよう』と発想していくと、その先にあるビジョンも変わっていきます。『宇宙ビジネス』というくくりで考えるときも、実は見えていないものがたくさんあるはずです。フィクションの視点を借りて、既存のくくりでは見えなかった課題やニーズを洗い出す作業は大事なことだと思います」
参考記事
現実を動かし、世界の共通言語になった名作SF――スター・トレック(ダイヤモンド・オンライン)
エンタメと融合する「宇宙」の事例は日本にも
SFと現実の融合、民間発の宇宙への取り組みという点では、日本にも事例がある。宮本氏が紹介してくれたのは、ソーシャル・メディア衛星開発プロジェクト(SOMESAT)による『初音ミク、宇宙でネギを振る』と、野尻抱介氏によるSF小説『南極点のピアピア動画』だ。
「SOMESATは、動画サービスの『ニコニコ動画』から派生したエンジニア系ユーザーの集まり、ニコニコ技術部が元となっています。当時、ボーカロイドの初音ミクがネギを振る動画が流行していたのですが、宇宙からネギ振り動画を送ろうと実際に衛星開発が進められていきました。『南極点のピアピア動画』は、こういったムーブメントと並走するような形で書かれた小説です。コンテンツやフィクションが現実と融合していくことで開発が進んだり、技術が社会に受け入れられていく面もあると思います」
この他にも、レジャー企業による月面開発をテーマにしたSF小説『第六大陸』(小川一水 著)もビジネスパーソンにおすすめだという。
宇宙は専門知識が必要、ビジネスだから真面目に考えないと…という思い込みから離れ、一見異質に見えるコンテンツと組み合わせてみることも、アイデアを広げるヒントになりそうだ。
異質なものをつなぐことで新しい価値が見えてくる
前述のボーカロイドと人工衛星のように、一見関連のなさそうなものを組み合わせることで思いもよらない価値が生まれたり、そのものがもつ価値がより多くの人に伝わることもある。
以前、宮本氏がコニカミノルタ・NECと行ったワークショップでは、コニカミノルタが運営するプラネタリウムを会場にした。非日常の空間でのアイデア出しやディスカッションは突飛な発想を刺激し、参加したメンバーからは『宇宙飯盒炊爨(うちゅうはんごうすいさん)』という謎のキーワードが生まれたという。
「イノベーションは2つの異なるものの組み合わせだと言われる通り、関係のない技術・価値同士を組み合わせる想像力が重要です。新しく生まれた言葉や概念がどう役立つだろうか?どんな状況で価値があるだろうか?と考えることで新たな見方が生まれるのがSFプロトタイピングの面白さだと思います」
「わかりづらい」宇宙ビジネス、ビジョンメイキングの重要性
著名人が宇宙旅行を楽しんだり、日本の民間企業が探査機の月面着陸に挑戦したりするなど、「宇宙ビジネス」に関する話題は増えているが、宇宙をテーマとしたビジネスはどこか他人事に感じる人がほとんどだろう。
しかし、宇宙産業は2040年に120兆円規模に成長するといわれる。有望分野である宇宙ビジネスに取り組み、成長させていくにはどうすればよいのだろうか?
これに対し宮本氏は、宇宙ビジネスには『ビジョンメイキング』が必要だと語る。
「私が注目する宇宙ベンチャーに、人工流れ星サービスの提供を目指すALE(エール)があります。拙編著『SFプロトタイピング』の中でCEOの岡島礼奈さんにお話を聞いているのですが、岡島さんはSFプロトタイピング的な方法で会社のビジョンを考えていたことが印象的でした。ALEでは人工的な流れ星で宇宙をキャンバスに、というエンターテインメントと同時に大気観測など社会的な役割も打ち出していますが、事業を進めるには、その根幹にある『宇宙で』『流れ星を』という壮大なビジョンを多くの人に共有し、共感・納得してもらう必要があるわけです。目指す姿やその価値を伝えるときに、SFプロトタイピングのようなやり方でストーリーを描いて提示することは有効な手法で、ALEはその点で先陣を切っていらっしゃると感じました」
多くの人にとって、宇宙はまだ身近でなく、未知のことが多い。だからこそ、この先にどんな未来があるのか、そのビジネスによってどんな価値が生まれるのかを伝える手段としてSF的なストーリーが重要なのだとも言える。
「ビジネスを進め、成長させるには多くの人の理解を得ることが必要です。そのビジネスが長期的にどれだけのインパクトをもち、どんな価値をもたらすのか、そして、自分がその話に乗ることができる、と感じてもらうことが重要です。大半の人にとって、宇宙は想像がつかない世界です。『ワクワクはするけど』という気持ちの先、『自分にも関係あるかも』と思わせることが大切で、SF的なストーリーや大きなビジョンを伝えることは、そうした実感を生むことにつながるのではないかと思います」
古くから宇宙と深い縁をもつSF。SFの視点をもつことは、宇宙ビジネスを考え、成長させるときに、大きな力になるだろう。