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地理空間情報を活用し、鉄道事業にとどまらないイノベーションを起こす ―JR東海

日本の大動脈である東海道新幹線を中心に、人々の移動を支える鉄道事業を手がける東海旅客鉄道株式会社(JR東海)。
地理空間情報と鉄道事業の親和性、 そして『イチBizアワード』協賛を通じて目指すイノベーション創出について聞いた。

河野 整 氏(こうの・ひとし)
東海旅客鉄道株式会社 総合技術本部 技術開発部 イノベーション推進室 担当課長

河野氏が所属するイノベーション推進室では、社内の技術と、社外の技術を組み合わせてのイノベーション創出推進を目的に、さまざまな大企業やベンチャー・スタートアップ等との連携に取り組んでいる。

国鉄時代からの「キロ程」で列車の運行や施設の保守・管理を実施

東京・名古屋・大阪をつなぐ日本の大動脈である東海道新幹線と、東海地方を中心に張り巡らされた鉄道網を通じて人々の移動を支える東海旅客鉄道株式会社(JR東海)。

都市と都市、地域と地域をつなぐ鉄道事業は地理空間情報と切り離せない。これまで、同社をはじめとした鉄道会社は『キロ程』と呼ばれる単位を用いて広大な範囲にわたる鉄道網を管理してきた。

「キロ程とは、鉄道路線の始点(東海道新幹線であれば東京駅)を起点にした路線上のある地点までの距離を示すもので、駅や線路などの施設や設備の位置を特定するために、国鉄時代から用いられてきました。これは路線ごとに設定されており、例えば東海道新幹線の25キロポスト(キロ程を示す標識)というと、だいたい新横浜駅の手前辺りだと見当がつきます。私たちは新入社員になるとまずキロ程を覚えるのですが、○○線の何キロ何百メートル、と言われればどの地点で周辺にどのような施設・設備があるかまでわかります」

JR東海でイノベーションの創出や推進の業務に従事する河野整氏は、同社の事業と地理空間情報とのかかわりをこう説明する。

JR東海のマーケットエリア
Credit: JR東海

高度化するデジタル技術と地理空間情報を鉄道事業にどう活かす?

多くの人がふだん何気なく使っている鉄道だが、安全で円滑な運行のためには、線路の保守担当、架線の保守担当、駅やホームの保守担当など、多くの鉄道社員がかかわっている。これまでは、キロ程という指標を元に、さまざまな職種の社員が情報を共有して業務にあたってきたが、デジタル化や情報化などにより地理空間情報も高度化している今、これを活かすことができるのではないかと河野氏は考えている。

「これまで私たちが管理していたキロ程は、線路というラインの上に落とし込まれた位置情報です。ですが、線路上にはレールや架線、駅のホームなど同じ地点に複数の設備があります。さらに、線路の下に道路が交差しているというように、実際には3次元でより複雑な要素が存在しています。こうした情報をこれまでの業務にどう溶け込ませるか、また、より高度に業務を遂行できるようにこうした空間情報をどう活用するかが鉄道事業者に求められているのではないかと考えています」

名古屋駅ホームから見える電柱に付いているキロ程標。「342」という数値は、
東京駅から342km地点であることを示す
Credit: JR東海

近年、全国でインフラの老朽化対策が課題となっているが、この点からも鉄道現場で地理空間情報が活かせるのではないかと考えられていることがあるという。

「当社に限った話ではありませんが、鉄道は日本中に線路が張り巡らされているので、道路や他社の路線と交差する部分、ガス管や水道管など、他の社会インフラと交差する部分が出てきます。例えば線路の下を掘ってガス管を通す場合などは、鉄道会社とガス会社で紙の図面を持ち寄り、工事が構造物に影響がないかなどを検討します。こうした調整には時間も労力もかかりますが、事業者の枠を越えて地理空間情報の共通基盤ができれば、皆にとって業務の大きな効率化が図れるのではないでしょうか。非常に広い範囲に及ぶインフラの情報を紐づけたデジタル空間は、インフラの保守管理と親和性が高いと感じています」

水道管などは更新までに数十年を要する場合もあり、その間に担当する事業者が変わることで正確な情報が失われる恐れもある。誤って掘削してしまうと多くの人の生活に影響を与えるだけに、多種多様なインフラの情報を関係者が共通して把握する必要がある。デジタル化の技術が整ってきた今はこうした課題を解決するチャンスでもある。

人口減少社会に向け、鉄道事業の現場と働き方を進化させる

また、『働き方』の観点でも地理空間情報が活かせる可能性もあるようだ。

現状、線路や施設の保守管理はキロ程による台帳管理が行われているが、3次元的により多くの情報を落とし込めれば、保守系統同士の共通化などを図ることができ、効率化が望めると河野氏は期待を寄せる。さらに、人口減少の局面にある中で、地理空間情報を活用してロボティクスを導入することもできるだろうと話す。

「例えばホーム上部の点検は、終電が終わり、お客さまがいらっしゃらない状態で行います。また、高さ5〜6mくらいの位置にある架線も梯子を使って目視による確認や計測を行います。細かな作業はまだロボットには難しいと思いますが、目視や計測はドローンを活用できるのではないかと考えています。線路上部にはケーブルがたくさんあり、民家が近い場所もあるので、安全確保のためにはドローンのきめ細かな制御が必要ですが、緯度経度を含めた地理空間情報を正しく使えば、そうした制御を実現し安全を担保したうえで、これらの作業をロボットに置き換えることができるかもしれません。ロボットがチェックした結果を使い保守の処方箋を作るなど、より高度な業務に社員のリソースを割くことで、労働力不足に対応するとともに、いっそう質の高い保守を実現して安全性を高め、お客さまに貢献できればよいと思っています」

架線の点検保守作業のイメージ(上)とホーム屋根の点検保守作業のイメージ(下)
Credit: JR東海

鉄道事業とは異なる価値観のアイデアを求めて

今回の『イチBizアワード』協賛について、JR東海として何を期待するか聞くと、河野氏は「鉄道事業の価値観とは違うアイデアを出してほしい」と答えてくれた。

「私たちはずっと鉄道事業をしているので、その価値観でしか地理空間情報を活かすアイデアが出てこないんです。さらに、デジタル化が途上の業界ですから、デジタル分野で技術力を磨いている方のアイデアで鉄道事業に活かせるものが出てくるのではないかと期待しています」

河野氏が所属するイノベーション推進室は3年前に新設された。その背景には、鉄道事業の観点で技術を磨きサービスを向上させることに加え、未来を見据え、幅広い視点でJR東海だからこそできる事業の芽や新技術を生み出したいという思いがあるという。

「イノベーションを起こすうえで一番大切なのは、会社の外にアンテナを張って外部の方々と協力しながら社会の動きや技術の動向を掴み、それらの要素を組み合わせていくことです。当社には線路や駅、駅ビル、ホテル、小売りといったアセットがあります。これらを活かしながら、個社を越えて国や社会という大きな視野で課題にチャレンジする関係性を築けたらと思っています」

【イチBizアワードとは】

『イチBizアワード』は、内閣官房による、地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテストです。
2022年に第1回が行われ、第2回は2023年8月31日までアイデアの募集が行われました。応募されたアイデアは、審査を経て2023年11月上旬に結果発表が行われる予定です。

https://www.g-idea.go.jp/2023/