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宇宙ビジネスを国全体で促進する小さな公国―ルクセンブルク

今回は、ルクセンブルク貿易投資事務所の松野百合子氏に、ルクセンブルクの宇宙ビジネスに関する取り組みについてお話を伺いました。

ルクセンブルクの街並み

ルクセンブルクの宇宙産業について

ルクセンブルクは、フランス、ベルギー、ドイツに囲まれたヨーロッパの小さな国です。

EU創設国であり、フランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語の3つを公用語とするマルチリンガル・マルチナショナル大公国です。

 

神奈川県ほどの小さな国ですが、EU機関や組織が数多く存在し、またヨーロッパを代表する金融センターでもあります。

 

そんなルクセンブルクは、もともと鉄鋼産業から近代化が進んだ国です。その後金融産業主体に舵を切り、現在はサービスセクター主体の産業構造になっています。

 

ルクセンブルクでの宇宙産業の位置づけについて、松野氏に伺いました。

(以下、松野氏)

1980年代半ば、通信衛星会社の設立を促したことから宇宙産業が生まれました。

もちろん国が小さいので、大国と比較すると全体の産業規模は大きくはありませんが、ルクセンブルクのGDPに占める割合は1.5%くらいあります。

これは例えば日本のような国と比較しても、国の中で占める割合としては大きいと思います。」

 

実際、ルクセンブルクの宇宙セクターに従事している人たちは、人口63万人のうち約1,000人とかなりの人数を占めています。(2020年データ)

 

これらのような宇宙人材を育てるために、最近ルクセンブルクでは教育体制構築の取り組みを開始しました。

(以下、松野氏)

「ルクセンブルクは非常に特殊な国です。

EUの成長、拡大とともに、国のさまざまな機能をEU全体にアウトソースしてく一方、国内で持つべき機能については選択と集中を繰り返してきました。

ルクセンブルクの国内に短大よりも大きい大学ができたのはまだ十数年前のことです。それまでは、高等教育はすべて他国と教育協定を結びアウトソースをしていた状況だったので、大学進学者は全員海外留学していました。

宇宙人材についても、海外の大学で学んだ人たちが戻ってきたり、EU加盟国の人材を流動的に獲得したりしていました。

 

最近ルクセンブルクでは、政府が宇宙資源というユニークな政策テーマを打ち立てたり、民間企業が宇宙関連ビジネスに参加するいわゆるNewSpaceが発展し、未知の領域のビジネスに取り組んだり、これまで宇宙と無縁だった新たな分野と宇宙を組み合わせたりする動きがあります。

そこで数年前より、国立ルクセンブルク大学に宇宙マスターのプログラムをつくり、宇宙工学とビジネスマネジメントの両教科を教えようという取り組みがスタートしました。」

 

現地で学んでいる学生たちは、ルクセンブルクのベンチャー企業にインターンシップに参加するような取り組みも行われています。


ルクセンブル大学キャンパス
Credit:ルクセンブル貿易投資事務所

 

ルクセンブルクはなぜ宇宙産業に力を入れるのか

なぜここまでして政府が力を入れ、宇宙産業を促進するのか。

ルクセンブルクで宇宙産業を行うことのメリットは、産業の多様化に繋がるということだと松野氏は語ります。

(以下、松野氏)

「昔は鉄鋼産業が盛んでしたが、ある時構造不況になり、多くの失業者を出し経済危機に陥りました。

それ以来、小さい国であるがために、いくつかの軸足を持っておく必要があるということで外資の誘致を非常に熱心に行っています。

2000年以降は、eコマースやオンラインをキーワードに、海外からAmazon社やeBay社のような企業を誘致しルクセンブルクに拠点が設けられました。

 

自国の企業を育てるのも重要ですが、海外から力のある企業を誘致し新しいセクターを育ていくという戦略をとっています。」

 

ルクセンブルクの金融センターにも自国籍の金融機関は10社もなく、残る100社以上は海外の機関となっています。

宇宙産業も同様ですが、企業が活動しやすい法規制環境を整え、海外から優れたビジネスモデルやテクノロジーを持つ企業を誘致したいというのが一つの明確な理由です。

 

ここでルクセンブルクを拠点に活動する宇宙企業をいくつか紹介します。2016年以降、ルクセンブルクに進出した宇宙スタートアップもあります。

 

SES

欧州初の民間衛星として、1985年にルクセンブルクで創業し、人工衛星による通信ネットワークサービスを提供する企業が「SES」です。

50基以上の静止衛星を運用しており、世界中の放送局や企業・政府機関に衛星通信サービスを提供する世界最大手の一角です。

CreditSES

Spire Global

2012年にアメリカで創立し、2017年にルクセンブルクに進出したアメリカ発の衛星コンステレーションと宇宙データサービスを提供する企業が「Spire Global」です。

小型衛星コンステレーションでは世界第2位を誇り、ルクセンブルク政府のファンドが投資を行っています。

CreditSpire Global

ispace

「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」をミッションに掲げている日本の航空宇宙企業が「ispace」です。

ルクセンブル国立研究基金(FNR)から日本のスタートアップとして初めてR&D助成を受けました。

Creditispace

 

これからの宇宙業界の発展

2021年には、ルクセンブルク宇宙機関(LSA)と欧州宇宙機関(ESA)、ルクセンブルク科学技術研究所(LIST)による新機関、欧州資源イノベーションセンター(ESRIC)が発足し、宇宙資源に関する研究活動、フォーラム開催、宇宙スタートアップの育成プログラムの提供などを行っています。

CreditESRIC

 

今までは、それぞれの組織がバラバラに宇宙資源の推進活動に取り組んでいましたが、ESRICの発足によってよりまとまって展開していくのではないかと松野氏は話します。

ESRICの正式な所長が決定し、ESAとの協力はもちろんのこと、ドイツやフランスの宇宙機関や民間企業と共同で活動を進めてます。

まず宇宙資源というテーマについては、ESRICが学術的研究のプラットフォームを提供すると同時に、スタートアップ・エコシステムの構築を推進していくと思います。

また、ルクセンブルクにはEmgergency.luという移動型衛星通信プラットフォームがあり、災害被災地支援の一環で緊急時の通信手段を提供しています。将来的には、アフリカの開発・人道援助のために宇宙データを利用するなど、発展する宇宙セクターと人道支援を結びつける動きがルクセンブルクでも出てくる可能性があるのでは、と感じています。

ルクセンブルクはGDPに対するODA支出額がとても高い国です。

主にアフリカに援助を行っていますが、そういった部分にこれから宇宙企業も貢献していくという流れになると良いですね。」

 

また現在の政府は、循環型経済とデータ駆動型経済という2つのテーマを推進しています。

 

これまでにもルクセンブルク国内にあるハイパフォーマンスコンピューター(スパコン)をスタートアップや民間企業が使えるようにし、宇宙のデータの処理を誰でも安価にできるような取り組みを行いました。

今後もデータ駆動型経済の一環で、宇宙データ×データセンター×スパコンというのが一つの切り口となっていきます。

 

日本の宇宙ベンチャーや若者へ

最後に、日本の宇宙ベンチャーや若者に伝えたいメッセージについて松野氏に伺いました。

(以下、松野氏)

「日本は宇宙業界で実績のある宇宙大国の一つであるので、日本の技術に対してリスペクトがあります。

ルクセンブルクは、日本とさまざまな交流をしながら共同プロジェクトや、意見・ノウハウの交換を行う場を設けることができたらと考えています。

日本はルクセンブルクの強力なパートナーになる可能性が高いと考えているので、ルクセンブルクと何か関係が築けそうであれば、是非前向きに検討させてください。

 

また、ルクセンブルクのスタートアップエコシステムというのは、海外の人たちが活躍するためのエコシステムでもあるので、ぜひ日本のスタートアップの方たちにもルクセンブルクという場所をうまく活用していただきたいと思います。

ヨーロッパのNewSpaceのひとつの入り口として、気軽に一度コンタクトしていただければと思います。」

 

宇宙ビジネス界を国全体でリードしていくルクセンブルク。小さな大公国から日本も学べることが多いかもしれませんね。

 

SPACEMedia編集部