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ビジネスとイノベーションの好循環を政策で支援 ―経済産業省 宇宙産業室

世界的に市場が拡大し、日本でも将来の成長産業と位置づけられる宇宙ビジネス。
草創期にある産業の市場拡大に向け、経済産業省が進める
産業育成やビジネス創出支援、ガイドライン整備の取り組みを聞いた。

伊奈康二 氏(いな・こうじ)
経済産業省 製造産業局 宇宙産業室 室長

「自立」と「成長」、新たなフェーズに入った宇宙産業

2023年6月13日に開催された第28回宇宙開発戦略本部で決定された宇宙基本計画と、今回初めて打ち出された宇宙安全保障構想は、宇宙業界だけでなく、産業界全体で大きなニュースとして取り上げられた。

宇宙産業をめぐる現状について、経済産業省 宇宙産業室室長の伊奈康二氏は「国にとって、宇宙産業の重要性には大きく2つの観点があります。一つは安全保障や経済安全保障の観点で、自立性が重要な産業であるということ。そしてもう一つは成長産業であるということです。成長する、つまり付加価値が増えるということはそれだけ社会的な価値があるということで、これは社会課題の解決とイコールです。宇宙産業が社会課題の解決につながるようにすることが必要で、経産省としては宇宙活動の自立性の確保と宇宙産業の成長促進につながる取り組みを進めています」と説明する。

産業の成長・拡大を促すことは需要や投資を生み、技術開発やイノベーションにもつながる。
こうした好循環をつくることが重要だ
Credit: 経済産業省

国としての自立性の確保からSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)に代表されるようなサステナビリティ・社会課題への対応まで、複雑な要素が絡み合う状況になっており、まさに宇宙ビジネスは新たなフェーズに入りつつあるといえる。

世界で勝てる企業を育成・支援し技術とビジネスを拡大させる

宇宙基本計画では、経済安全保障の構築や新市場の開拓支援・参入促進支援・衛星データ利用ビジネスの促進・海外展開支援・ルールやガイドラインの整備などを通じ、2020年に4.0兆円だった市場規模を2030年代早期に8.0兆円まで成長させることを掲げている。

自立性と成長を両立する産業育成の具体策について、伊奈氏は「成長と投資の好循環をつくることが重要」と話す。

「宇宙基本計画では、『国際市場で勝ち残る意志と技術、事業モデルを有する企業を重点的に育成・支援』することで宇宙産業の振興を図っていくとしています。宇宙産業は大きく機器産業と宇宙ソリューション産業に分けられますが、機器産業の中でも特に私たちが力を入れているのは小型衛星コンステレーションです」

衛星コンステレーションとは、多数の衛星を一体的に運用して地球観測や通信といったサービスを提供することを指す。コンステレーションを構成する超小型・小型衛星は従来の衛星より安価で失敗も許容されやすいため高頻度にアジャイルな開発を行うことができ、価格と性能のバランスを取りやすい利点がある。

「衛星コンステレーションはすでに社会実装が進みつつあり、成長分野であるとともに、経済社会や安全保障の基盤となる重要領域です。衛星の筐体部分であるバスと、センサーや通信機器を搭載するミッション部分、それぞれを開発する企業が国内外にありますが、この分野で、世界で勝ち残れる企業が生まれるよう、『経済安全保障重要技術育成プログラム』(通称:Kプロ)などを通じて支援を行っています。特に、日本が強みを持っている多波長センサ、合成開口レーダー、光通信、海洋通信等のミッション領域には重点的な投資を進めています」

コストや開発スピードの点で従来の衛星よりハードルが低いコンステレーション。
ハード部分の機器産業を育成していくことはもとより、データをさまざまな社会課題解決に
生かすソフト領域のビジネス創出も重要となる
Credit: 経済産業省

林業・漁業や環境ビジネスにも 〜アイデアが勝負の衛星データ活用

機器産業以上に裾野が広いとされるのが、宇宙ソリューション産業だ。この点について、経産省では衛星コンステレーションなどから得られる『衛星データ活用』を積極的に推進している。

「私たちは、2018(平成30)年度から衛星データプラットフォーム『Tellus』(テルース)の開発を進めてきました。衛星データはさまざまな産業分野での利用が期待されていますが、高価格で処理や扱いが難しく、活用は限定的でした。Tellusは新しいビジネスの創出を促進することを目的とした、衛星データを手軽に利用できるクラウドサービスです」

本サービスでは、JAXAや経産省、民間企業の衛星が取得したデータを無料で利用できるだけでなく、衛星データや、データを処理するアルゴリズム、アプリケーションを販売する機能なども備え、衛星データ活用に必要なデータ・ツールが一通り揃うプラットフォームとなっている。

加えて、昨年度からは全国10都道府県を選定して衛星データを集中的に取得、それを用いて事業開発に取り組んでもらうという補助事業「衛星データ利用促進のための地域実証事業」(22〜24年度)も進めている。昨年度は、衛星データから地上の固定資産の変化を抽出したり、森林のバイオマス量の予測、赤潮の発生予測などが行われたという。伊奈氏はこれ以外にも、衛星データは環境ビジネスなどにも活用できるのではないかと指摘する。

「経済産業省が開発した多波長ハイパースペクトルセンサ『HISUI』は、185色を分光することができ、人の目では見ることのできない変化や状態をつかむことができます。昨年CO2やメタンの検知技術高度化に取り組んだところ、1%程度の濃度差があれば検出できそうだということがわかってきました。最近ではCO2排出の可視化が重要ですが、どの工場が排出しているか、さらに建物のどの部分で排出が多いかということまでわかるので、これは今後、環境ビジネスなどに活用できるのではないかと考えています」

実際、こうしたデータには複数の金融機関や商社などが関心を示しているといい、衛星データの活用はさまざまな業界に広がりそうだ。

カーボンニュートラルの実現に向けても、衛星データをはじめとする
宇宙技術を役立てることができるかもしれない(イメージ画像)

衛星データ活用は、多種多様なデータをどう使うか、というアイデアの勝負でもある。この点について経産省では昨年度に実験的な事業を行っている。

「委託と補助に続く第3の選択肢として、懸賞金事業を行いました。その結果、委託や補助事業にはない新たなアイデアも出てきました。懸賞金形式では事前の契約などがないので参加にあたっての社内決裁などがいらず、個人やチームが参加しやすい利点があったのです。衛星データはどう使えるのかの検証が必要なことも多く、面白いアイデアや尖った技術を掘り起こす方法として成果があったと思っています」

今年度の実施はまだ検討中ではあるが、テーマは宇宙×環境・エネルギーの予定だという。世界中でカーボンニュートラルが重要課題となっている今、衛星データを効果的に活用できれば大きなインパクトになりそうだ。

サイバーセキュリティや放射線対策で連携の輪を広げる

さらに経産省では、発展の基盤を整備するための取り組みも行っている。

「企業の民生技術を宇宙転用するときに大きな課題になるのが放射線対策ですが、機器の放射線対策に関する政府委員会などの会議体はこれまでありませんでした。そこで勉強会を始めたところ、50以上の団体から140名以上の方々が集まりました。今、共通課題を洗い出し、これを社会システムとしてどう解決していくか、議論を進めています」

また、このほど宇宙分野のサイバーセキュリティ対策に関するガイドラインを整備した。

「経産省では各産業分野のセキュリティ対策を推進していますが、2年前から民間宇宙システムのサイバーセキュリティ対策についてワーキンググループで検討を進めてきました。この過程で、宇宙領域とサイバーセキュリティの双方に通じた人材が増え、コミュニティ化が進んできました。衛星などの宇宙システムがサイバー攻撃を受ける例もあり、安全保障上も重要になっているので、民間宇宙システムのサイバーセキュリティ対策のガイドラインを開発し、今年3月にVer.1.1を公表しています」

技術開発やビジネス創出、ガイドラインなどの基盤整備など、全方向で急速に展開する宇宙産業政策。今後の動向にも目を離さずキャッチアップすることで事業の勝ち筋が見えてくるかもしれない。