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南極条約から見る宇宙条約の課題 -有人宇宙利用の発展に向けて-

2019年5月、国際協力での有人月面着陸計画である「アルテミス計画」の詳細が発表されるなど、有人宇宙開発、特に月に関するものは近年大きな盛り上がりを見せています。目的は様々ですが、その中には資源探査や飛行士の長期滞在など、場合によっては国家間の外交問題に発展しそうな要素も含まれています。

宇宙利用の拡大によるトラブルの防止には、国際的な法的枠組みが必要であり、そのための宇宙の資源や領土に関する理解は、将来的な宇宙の平和利用に向けまた必要なことです。

 

1.国際的な宇宙の法的枠組み「宇宙条約」

宇宙の利用や領土に関する国際的な枠組みとして、1967年10月に発効された「宇宙条約(宇宙憲章)」があります。宇宙条約の概要は以下の通りで、国際的な宇宙法の基礎となっています。

 

・全ての国の利益のための宇宙探査の自由

・天体を含む宇宙空間での国家による領有権主張の禁止

・地球以外の天体の平和目的以外での軍事利用禁止と、大量破壊兵器の地球周回軌道への投入禁止

・ロケット打上げ国への責任集中原則

 

しかし、この宇宙条約は、民間企業が大量に参入する前の時代に作られた古いものであり、現在の宇宙活動の内容を考えると不十分と言わざるを得ない部分が多くあります。

それではこの条約における問題点とは何があり、他にどのようなものが比較対象となるのでしょうか。その比較の候補として挙げることができるのが「南極条約」です。

 

 

2.宇宙によく似た南極の法的枠組み「南極条約」

1820年代、人類が到達した南極大陸は、到達が困難なこと、隕石で過去の人類の歴史を知ることができることなど、宇宙とよく似た場所であると言えます。そんな南極大陸は、現在の宇宙空間と同じく新たな人類のフロンティアとして注目され、北欧の国々を中心に多くの観測隊派遣が行われてきました。

 

(Credit:ESA

 

一方で、鯨油や地下資源、そして広大な領土の領有を巡る領有権主張合戦があり、戦前の1912年、日本も「大和雪原(やまとゆきはら)」と名付けた土地で、日本領の宣言を行った過去があります。このような領有権主張の応酬は、最悪の場合、国家間での戦争に発展する可能性もあり、実際、1952年にはアルゼンチン軍によるイギリス観測隊員への銃撃事件が起こりました。

 

南極における領有権主張

(Credit:Wikimedia Commons

 

これらの問題は貴重な南極の生態系にも影響を及ぼす可能性があり、領土問題の解決と軍備の制限は南極の保護のためにも必要なことでした。そこで南極保護のために、1961年6月に発効されたのが「南極条約」です。この条約は、南極大陸など、全ての氷棚を含む南緯60度以南に適用される国際条約です。概要は以下の通りです。

 

・南極地域の平和的利用(軍事的性質を持つ利用の禁止)

・科学的調査の自由と国際協力

・南極地域における領土主権、請求権の凍結

・核爆発、放射性廃棄物の処分の禁止

・条約の遵守を確保するための監視員の設置

・南極地域に関する共通の利害関係のある事項についての協議の実施

・条約の原則および目的を促進するための措置を立案する会合の開催

 

それまで主張されていた領土主張を全て凍結し、軍事的な性質を持つもの全ての利用を禁止、さらにはそれらが守られているかどうかを監視するための監視員の配置を行う、という徹底ぶりでした。

この南極条約における平和利用の項目については、当時国際的な南極観測に参加したばかりで「平和利用を含む核兵器使用の禁止」を訴えていた日本の影響も大きかったと言われています。

 

 

3.「南極条約」から見る「宇宙条約」の課題

南極条約と宇宙条約を見比べていくと、宇宙条約にある課題が、以下のように浮き彫りになってきます。

 

・宇宙条約は、条約が適用される範囲の明確な境界線が定められていない

…南極条約は「南緯60度以南」と範囲が定められていますが、宇宙条約はその範囲を「宇宙」としか定められていません。通常、国際航空連盟(FAI)が定めた地上100kmのカーマン・ライン以上を宇宙空間とすることが多いですが、一方でアメリカ空軍は地上80km以上を宇宙空間とするなど、明確に「空」と「宇宙」の境目が定まっているわけではありません。そのため、宇宙条約の適用範囲が曖昧になってしまっているという問題があります。

 

・宇宙空間での明確な「軍事利用の禁止」がなされていない

…南極条約では南極における軍事利用は全面的に禁止されているのに対し、宇宙条約では地球以外の天体の「平和目的以外での」軍事利用を禁止しています。そのため捉え方によっては「平和目的での軍事利用は認められる」とすることもできてしまいます。また、大量破壊兵器に関する規定も「地球周回軌道」のみで、宇宙空間を経由する弾道飛行の核ミサイルなどは対象ではありません。

 

・天体を含む宇宙空間での領有権主張の禁止は「国家」のみ

…南極条約ではあらゆる領有権主張・請求を凍結していますが、宇宙条約の条文では「国家の」領有権主張と明記されています。領土などの所有権を「国家」中心で考えるか「個人」中心で考えるかは解釈が分かれていることもあり、これはやや曖昧な表現であると言えます。特に近年はSpaceX社などの企業が中心となって宇宙開発を行っていることもあり、企業や法人による宇宙空間の占有の可能性もあり得ます。

 

 

このように、宇宙条約は条文が曖昧な部分が多く、激しく変化する世界の宇宙開発情勢に合わない部分も出てきています。また、宇宙空間へ人を送ることがたやすくなく、南極条約のように監視員を置くことが困難なことも、条約をより正確なものにすることを難しくさせています。

 

「アルテミス計画」に代表される有人宇宙開発の進展は人類の進歩を感じる一方、かつて領土を巡って争った南極大陸のように、新たな争いの火種になる可能性もあります。近年、宇宙利用は地球周辺の開発を含めて機会が増加しており、様々な国家や企業が参入するなど多様化もしています。平和的かつ有効な、現代に合わせた新しい宇宙の枠組みづくりをしていく必要がでてくると考えられます。

民間主導の宇宙開発という新しい時代に突入している現代において、日本はかつて戦後間もない頃に様々な苦難を乗り越えて南極に到達し、南極条約の平和利用条項の制定に関わったときのように、宇宙開発でも国際的な地位を確立し、宇宙の法的な枠組みづくりで宇宙の平和利用について発信していくべき時なのかもしれません。


SPACEMedia編集部