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花王はどのように宇宙製品を開発したか-水を使わずに洗濯・洗髪-

2021年11月、花王株式会社ハウスホールド研究所・ヘアケア研究所・包装技術研究所が開発した衣類用清浄シート「Space Laundry Sheet」と洗髪シート「3D Space Shampoo Sheet」が、国際宇宙ステーション(以下、ISS)に搭載されることが決定しました。

今回は、開発に携わった同社のハウスホールド研究所研究員・北川康太氏とヘアケア研究所研究員・吉田寛氏にお話を伺いました。

 

■目次

(1)宇宙飛行士のQOL向上を目指して

(2)宇宙でも衣類を綺麗に「Space Laundry Sheet」

(3)宇宙での洗髪を快適に「3D Space Shampoo Sheet」

(4)花王が目指す地上への技術応用

 

(1)宇宙飛行士のQOL向上を目指して


2020年の7月より、「宇宙生活/地上生活に共通する課題テーマ・解決策」をJAXAが募集。花王株式会社(以下、花王)は、その中でも宇宙飛行士のQOL(Quality of Life)を向上させる生活用品のアイディアに応募し、2案が搭載候補品として選定。2021年11月、衣類用清浄シート「Space Laundry Sheet」と洗髪シート「3D Space Shampoo Sheet」が、国際宇宙ステーション(以下、ISS)に搭載されることが決定しました。


Space Laundry Sheet Credit:花王株式会社

3D SPACE SHAMPOO SHEET Credit:花王株式会社

ISSでは、水が貴重なため、洗濯することができずに同じ衣類を長時間連続着用しており、運動着や下着のニオイが気になり清潔感がなくなるという問題があるそうです。

ハウスホールド研究所の北川康太氏(以下、北川氏)は「以前からハウスホールド研究所では、水が使えない場面での衣類の洗浄方法の検討が進められており、そのうちの一つが洗浄液を含侵させたウェットシートで汚れを拭き取るというものでした。海外ではこのようなウェットシートの販売経験があったため、今回その技術を活用し、①水を必要としない②無重力下での操作性③汚れ・ニオイの転写除去を叶える衣類用清浄シートの開発をスタートさせました」と話します。これまでの海外向けの製品開発の経験が生かされているようです。

 

また、ヘアケア研究所の吉田寛氏(以下、吉田氏)は、「ヘアケア研究所では“誰も取り残さないための頭皮と髪の清潔インフラ”を実現するために、製品開発を行っています。ISS内では、非常に少量の水とドライシャンプーを利用し、長い時間をかけて洗髪を行っているという現状がありました。」と話します。さらに、「誰も取り残さない、というのは宇宙飛行士もそのうちの一人です。また、水や無重力という制約がある洗髪の最極限環境で開発を行うことは学びと進化に繋がると思い、シャンプーシートの開発に着手しました」と今回の開発背景を語りました。

 

(2)宇宙でも衣類を綺麗に「Space Laundry Sheet」

Space Laundry Sheetは花王のハウスホールド研究所が開発しました。

ハウスホールド研究所は、一般家庭用に加え、業務用のファブリックケア製品や、ホームケア製品の研究開発を行っている研究所。汚れやニオイを徹底的に落とす洗浄・消臭技術や、悪臭の原因菌を制御する抗菌技術の開発に取り組み、人々の日常生活と清潔で快適な暮らしの貢献に努めているそうです。

今回開発されたシートは、衣類用の洗浄液を含ませた不織布シート。シートで拭き取るだけで、ISSで発生する可能性のあるケチャップやコーヒーの汚れを取る高い洗浄力を持ち、さらに、Tシャツを繰り返し着用することで生じるニオイを抑える高い抑臭効果も実現しているとのことです。



開発されたシートで衣服を拭いている様子 Credit:花王株式会社

今回、開発段階で行われた実験方法について、北川氏は「通常の商品開発と同様、お客さまと同じように使った際の性能確認を行おうと考えました。そこで、実際に宇宙飛行士と同じように入浴せず、15日間洗濯せずに着続けたTシャツのニオイの変化を調査しました。

結果として、なにも処理をしなかったTシャツは、汗や皮脂のニオイが容易にわかるほど強くなっていったのに対し、開発品を使用した場合は、ほぼ無臭に近い抑臭効果がありました。これは花王が培ってきた微生物制御技術によるもので、今回開発したシートは高い洗浄力・消臭効果・防臭効果を有していることが確認できました」と話す。

開発する際に取得したJAXA所属の現役の宇宙飛行士からのアンケートには「衣服のニオイや汚れを見事に取ってくれる」「香りもいい」などの声が寄せられているようです。

 

(3)宇宙での洗髪を快適に「3D Space Shampoo Sheetとは」

3D Space Shampoo Sheetはヘアケア研究所が開発を行いました。

ヘアケア研究所は、インバス(シャンプー・コンディショナー)、ヘアカラー、アウトバスケア(スタイリング)の主に3つのカテゴリーの商品を支える開発研究所。また、美しい髪や正常な頭皮状態、お客さまの髪がどのような実態なのかなどの本質研究も行っているそうです。

完成した洗髪シートは3D形状になっており、手にはめて頭皮をマッサージしながら使用でき、頭皮や髪の根元の汚れを拭きとることができ、さらに、クシのように髪をといて使用することもできるとのこと。 また、モデル実験での評価においては、現在、ISSで使用されているドライシャンプーと同程度の皮脂除去率も実現できる可能性が示されているようです。



開発された3Dシャンプーシート Credit:花王株式会社

開発を行う中で苦労した点について、吉田氏は「頭皮の皮脂に対する洗浄性・無重力下での簡便性・水なし洗髪での快適性に注目して開発を行いました。

開発期間は、普段、地上で製品をつくるよりもかなり短く、約9か月。さらに、ISSでは揮発性(常温で液体が気化する)成分の使用に制限があるという制約がある中で、宇宙向けの基幹性能(洗浄性・簡便性・快適性)を短期間で実現するのは非常に苦労しました。弊社の包装技術研究所にも協力してもらい、形をある程度維持しながら保液性を両立する不織布繊維の原材料や加工方法を検討しシートを作成、ヘアケア研究所では、シートに含ませる宇宙向けの頭皮・髪用洗浄液を開発しました」と話します。

 

アルコール等の揮発性成分は、ISS内のシステムに悪影響を及ぼすため、使用には制限があるとのこと。特殊な環境で制限がある中、今回の2製品は、これまでの花王の化粧品や化学製品の開発の知見を活用して性能と安定性を両立することができているようです。

短期間での実現に成功したのは、長年にわたり花王が培ってきた多分野における技術力という強みが大きく関わっているように感じました。

 

(4)花王が目指す地上への技術応用

今回得た知見をどのように活用していくのか、最後に今後の展望をお二人にお聞きしました。

(以下、北川氏・吉田氏)

「これらの製品は、水の使用量低減にもつながるため、今後はISSのみならず、地上においても、被災時や入院、水不足の地域でも活用できるように検討を進めていきたいと考えています。今後も、環境負荷の小さい新たな方法として、研究を進めていきたいです」


開発を行った北川氏(左)と吉田氏(右)
Credit: 花王株式会社 



SPACEMedia編集部