Arabsat社の通信衛星「BADR-8」が打ち上げ成功、世界初の衛星-地球局間での光通信実証へ

静止通信衛星「BADR-8」
Credit: Airbus 参考文献1

サウジアラビアを拠点とするThe Arab Satellite Communications Organization(以下、「Arabsat社」)の静止通信衛星「BADR-8(ARABSAT-7B)」が、2023年5月27日0時30分(現地時間)、米フロリダ州ケープカナベラルからSpace X社のFalcon 9ロケットで打ち上げられた。

BADR-8はAirbus社の最新プラットフォームEurostar Neoをベースとした通信衛星で、ヨーロッパ、中東、アフリカ、中央アジアにインターネット接続環境を提供する予定であるが、衛星と地球局間で世界初の光通信の実証を行うためのAirbus社の光通信ペイロードTELEOを搭載している。

静止通信衛星「BADR-8」

BADR-8は、Airbus社の最新プラットフォームEurostar Neoをベースとした3機目の衛星で、打上げ重量4,500 kg、発生電力17.8 kW、設計寿命15年という大型の静止衛星である。既に静止軌道に投入され、軌道上での試験を経てArabsat社の衛星シリーズに組み込まれヨーロッパ、中東、アフリカ、中央アジアに衛星回線によるインターネット環境を提供することになる。

このBADR-8で注目すべき点は、フィーダリンクと呼ばれる衛星と地球局間で大容量の情報を伝送するための衛星回線を、光通信で構築するための実証用のペイロードであるTELEOを搭載していることであろう。

衛星回線への光通信の適用

光ファイバーを利用した光通信ネットワークにより、高速で長距離の情報伝送を行っていることはよく知られている。この光信号をファイバー経由ではなく無線として伝送しようとするのがFSO(Free Space Optical communication:自由空間光通信)で、衛星間通信での適用についての検討は日本のJAXAを含め(例えば、JAXAが2020年に打ち上げたLUCAS 2:Laser Utilizing Communication System)、各国で検討が進んでいる。

光通信では高速大容量(10 Gbit/秒程度)のデータを秘匿性の高い回線で伝送することが可能である一方、①降雨や雲などの条件によって通信を行えない、②光ビームを正確に相手に届けるため高精度に通信相手を捕捉し追尾する技術が必要、などの課題がある。宇宙では降雨や雲の影響がないため、光通信を利用した衛星間通信を実現するために②の課題を克服することが主な研究開発テーマであった。

フィーダリンク用光通信実証ペイロード「TELEO」3

2020年8月18日、Airbus社とArabsat社はBADR-8の製造契約を締結したが、BADR-8には、Airbus社が開発した革新的な10 Gbit/秒の光回線を衛星-地球局間で実証するTELEO光通信ペイロードがホステッドペイロードとして搭載されることになった。Airbus社はこのペイロードを、妨害耐性を有する将来の製品群に組み入れようとしている。

TELEO実証ペイロードはCNES(フランス国立宇宙研究センター)の支援の下で開発が進められたものであるが、TELEOプロジェクトの一環で、Safran Data System社(本社:米国)が衛星-地球局間での光通信用デジタルモデムCortex Lasercomを開発しており、将来の光地球局(OGS:Optical Ground Stations)で利用されることを目指している 4

日本の研究状況

日本ではNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が、世界最高レベルの10 Gbit/秒級の地上-衛星間光データ伝送を可能とする超高速光通信システムの研究開発を行っており、光フィーダリンクの基礎技術を確立するため技術試験衛星9号機(ETS-9)による宇宙実証を目指している 5

本研究開発の中で、NECが宇宙空間で使用する光通信システムとして世界最高水準の通信速度である10 Gbit/秒で動作する光通信機向けの技術開発を行い、その成果を反映したプロトタイプがETS-9に搭載され、宇宙環境での動作確認が行われる予定である 6

予想される競争の激化

ESAではCREOLA(Consolidation and REfinement of Optical Link Architecture)と称される光地球局(OGS)の研究開発Phase1を実施している。光地球局の要求条件やインタフェース条件を検討している段階であるが、CREOLAのPhase2ではOGSを構築し、TELEOとの双方向光通信リンクを実証するとしている 7

前述のように日本のETS-9では光フィーダリンクの基礎技術の確立を目指しているが、TELEOが打ち上がったこともあり、Phase2の検討が加速すると推測される。日本の研究開発のスピードアップが望まれるところである。

参考文献

1)通信衛星BADR-8 https://www.airbus.com/en/newsroom/press-releases/2023-05-arabsat-badr-8-successfully-launched-featuring-airbus-innovative
2)JAXAのLUCAS https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/lucas/index.html
3)TELEO https://www.airbus.com/en/newsroom/press-releases/2020-08-airbus-to-build-badr-8-satellite-for-arabsat-with-optical
4)Safran https://www.safran-group.com/pressroom/safran-airbus-and-cnes-forefront-earth-space-optical-communications-2022-07-22
5)NICTの光フィーダリンク https://www2.nict.go.jp/wireless/assets/r2/pdf/Slide_MiuraAmane_ETS9.pdf
6)NECの技術開発 https://jpn.nec.com/press/202209/20220905_02.html
7)ESAのCREOLA https://artes.esa.int/projects/creola-phase-1

この記事は文部科学省の令和5年度地球観測技術等調査研究委託事業「将来通信衛星にかかる技術調査」の一環で配信しております。