「からあげクン」はコンビニエンスストア大手のローソン・オリジナル商品。『宇宙兄弟』のエピソードは絵空事ではなく、実際に宇宙食化されているのです。
今回は、株式会社ローソン(以下、ローソン)のマーケティング戦略本部・白井明子氏と開発パートナーである株式会社ニチレイフーズ(以下、ニチレイフーズ)の商品開発部・金平佳乃氏、同社広域営業第一部・太田崇氏にお話を伺いました。
>宇宙兄弟39巻でスペースからあげクンが月にいるムッタに届きました♪うれしいです。#ローソン https://t.co/lp5KkRj81Q pic.twitter.com/m3qexPmSLF
— ローソン (@akiko_lawson) March 1, 2021
目次
宇宙でもコンビニ食を食べたい
閉鎖環境での長期滞在では食事は大きな楽しみです。日本人宇宙飛行士の生活向上のため、JAXAは2004年より「宇宙日本食」プロジェクトを続けています。宇宙飛行士と言っても、やはり人の子です。宇宙にいても日本食が恋しくなります。それも寿司や天ぷらのような伝統食ではなく日常食、それこそコンビニで売られているような食べ物を口に入れたくなるものです。
ローソンが開発した「スペースからあげクン」は、2020年に宇宙に持ち込まれました。国際宇宙ステーション(ISS)滞在中の野口聡一氏が宇宙から食レポ動画を投稿するなど、好評を博したようです。
【ローソン】宇宙で「スペースからあげクン」を野口宇宙飛行士に食べていただきました!
ところで「スペースからあげクン」と市販の「からあげクン」の違いはどこにあるのでしょうか? 金平氏は次のように説明してくれました。
ニチレイフーズ・金平氏 大きな違いはサイズです。市販品に比べ半分程度の大きさになっています。加えてフリーズドライ製法で作られている点も特別です。その他の部分は「からあげクン」を再現しています。原料も地上と同じものを使うなど、こだわりました。
画像:「スペースからあげクン」てどんな食べ方?
出典「ローソン宇宙プロジェクト」公式サイトより
「スペースからあげクン」の開発は人の縁が起点
多くの場合、宇宙食の開発プロジェクトは、宇宙産業に参入することで会社の志気やイメージを挙げることが出発点となります。ところが、「スペースからあげクン」の開発の場合、そうではなかったようです。
ローソン・白井氏 なんとなく人の繋がりで始まりました。ローソンの関係者だった人物で宇宙工学出身の者がおりました。その伝手で JAXAさん を訪問する機会がありました。2017年3月のことです。ニチレイフーズさんと一緒に筑波宇宙センターにお邪魔したのですが、お会いした方が大の「からあげクン」好きで、ブログに「からあげクン」の商品まとめ記事を書いている方でした。
ニチレイフーズ・太田氏 従来の宇宙日本食プロジェクトはメーカー主導で、流通系の企業が入っていませんでした。そこでローソンさんのお力になりながら、ローソンさんの次のステップとして進めさせていただきました。数多くのオリジナル商品の中から、弊社が開発パートナーの「からあげクン」をシンボリックに扱っていただき、とてもありがたいお話でした。
とは言え、「スペースからあげクン」の開発は困難を極め、3年もの歳月を要したのでした。
「常温で1年半保たせて下さい」という制約
なぜ開発に3年もかかったのでしょうか。理由は3つありました。
1つ目は常温で1年半の保存が必要という制約です。市販の「からあげクン」は、店舗で購入して間を置かずに食べるのが前提の商品で、長期保存を考慮して開発していません。即食商品を1年半保たせるためには、スペックの変更のみならず考え方の刷新が必要でした。
JAXAが公開している宇宙食はレトルト、お湯戻しするフリーズドライや粉、ゼリー状といったものがあります。当初ニチレイフーズは、レトルトとフリーズドライの二方向を検討します。レトルトに関しては、ふかひれスープやカレーの開発で知見が蓄えられており、勝算があると考えられていたそうです。ところが「からあげクン」を加熱すると、容器の中で真っ黒焦げの似ても似つかぬ姿となってしまいました。
この時点で既に半年経過。フリーズドライに方向転換しますが、じつはニチレイフーズには、フリーズドライの経験がありませんでした。未知の分野の開発となり、ハードルがあがりました。
宇宙日本食認証を受けた「スペースからあげクン」本体(左)とパッケージイメージ(右)
出典:https://www.lawson.co.jp/company/news/detail/1406655_2504.html
賞味期限設定検査は実時間で実施
2つ目の理由は、保存試験の試験期間にあります。
ニチレイフーズ・太田氏 宇宙日本食では、実時間で1年半保管し、1時間に1回の温度記録をずっと続けるということが基本の要求事項となっています。これがちょっと大変でした。
室温22度で1年半保たせ、保存後も美味しく食べられる状態だった、という結果を求められます。一年半後にダメだったら、また1年半やり直し。プレッシャーの掛かる仕事です。
レギュレーションをクリアするのにどうしても3年は必要だった
もう一つ大変だったのがペーパーワークだったそうです。これが3つ目の理由です。
ニチレイフーズ・金平氏 JAXAさんに提出する書類は1000ページ以上になりました
宇宙食と言っても、既存の商品をそのまま流用するケースも少なくありません。しかし、フリーズドライの「からあげクン」はゼロベースの実験的なチャレンジでした。既存の商品であれば賞味期限に関する知見や、エビデンスとして提出できる様々な知見が蓄積されていたかもしれません。「スペースからあげクン」は、すべてが一からだったこともあり、一つ一つの要求事項をそろえることに、時間を要しました。
ニチレイフーズ・太田さん 継続してJAXAさんの説明会に出させていただくと、JAXAさんの方でも「作りやすくしていきます」という説明をされており、工夫もされているようです。いつか宇宙食製造のハードルがもっと低くなる日が来ると思っています。
五月雨式にプロモーションを仕掛ける
ニチレイフーズ・金平氏が心血を注ぎ込んで開発をしている一方、ローソン・白井氏は五月雨式にプロモーションを仕掛けました。
ローソン・白井氏 開発に3年はかかるということが分かり、すぐ宇宙に行かないのであればちゃっちゃか PR をやろうと。そこで「宇宙食版からあげクンの試食や梱包の激レアバイト」(https://townwork.net/magazine/job/workstyle/gekirare/49070/)や JAXA さんが主催する「SPACE MEETS YOKOHAMA」(2017年10月)への出展、JAXAさんの相模原キャンパスに PR ブースを作りました。「からあげクン」のぬいぐるみを宇宙に飛ばすこともしました。S-Booster(https://s-booster.jp/)では PR もしています。
そうこうするうちに、2019年10月25日には Pre 宇宙食認証(*)が取れまして、宇宙に行ける切符を手にしました。そして2020年6月8日に正式に宇宙食認証を手にした次第です。
*Pre宇宙食
日本人宇宙飛行士のISS長期滞在と宇宙食運搬のタイミングの兼ね合いで、必要な賞味期限を短縮した特例制度。
「からあげクン」の宇宙日本食認証書
典拠:https://www.lawson.co.jp/lab/space/art/1362459_7657.html
マネタイズのむずかしさ
ところで「スペースからあげクン」を食べてみたいと思う方は多いのではないでしょうか。一般販売の予定あるのでしょうか?
ニチレイフーズ・太田氏 ローソンさんからもご要望をいただき動いてはいるのですが、いかんせん丁寧に作らないと「からあげクン」になってくれないのです。市販品の100倍くらい手間暇をかけてしまっているのが現状で、ほぼ手作りとなっております。見た目を似せることは可能ですが、野口宇宙飛行士に食して頂いたものと同等のものを量産するのは困難です。
宇宙科学館や小学校の授業で「『スペースからあげクン』を取り扱いたい」という要望も多いそうですが、数を作るのが難しいため、提供をお断りしているといいます。
『宇宙兄弟』のように月面で「からあげクン」を頬張る日
高いハードルが待ち受けているのは市販化だけではありません。宇宙への輸送も困難だそうです。
ローソン・白井氏 宇宙旅行が大衆化したときに、誰でも「からあげクン」を持ち込めるようなグローバルな規制改革を期待しています。
肉製品の海外輸出が制限されている関係上、NASAでも受け付けてくれないとのこと。 日本から打上げる場合も種子島から打上げるしかないそうで、宇宙食の難しさは開発後も続くようです。とは言え、関係者が宇宙に託す夢は変わりません。
ローソン・白井氏 JAXAさんが月とか火星にいくときに「からあげクン」を持っていってくれると良いなと思います。見たことのない景色のなかに「からあげクン」がいる光景。その都度メディアで取り上げていただいたら、地上にいる消費者の皆さんも宇宙を眺めながら「からあげクン」を頬張ってくれそうです。
Tell-Kaz Dambala