月には豊富な水資源があるとされていますが、どこにどれくらいあるのかはまだ分かっていません。そのため、実際に月面プラントを建設する前に調査を行わなくてはなりません。今回のインタビューを行った横河電機株式会社では、製造プラントにおけるセンシングの技術を生かし、この水資源調査を担っていくことが計画されています。また、地上においてもロケット射場の運用や衛星データ利用という角度から宇宙産業に関わっています。横河電機株式会社の宇宙事業開発室 室長の黒須聡氏と副室長の白津英仁氏にお話を伺い、現在そして将来の宇宙事業についてお聞きしました。
横河電機と宇宙との関係
―本日はよろしくお願いします。はじめに、貴社の事業概要についてお伺いしてもよろしいでしょうか。
白津氏 横河電機は、計測・制御・情報の技術に強みを持っています。どういう技術かと言いますと、オイル&ガスのプラント、化学や食品などの工場のラインにおいてセンシングしてデータを集めて、そのデータに基づいて制御を行い、期待通りの生産物を作っていく技術です。そして、この一連のプロセスを自動化するシステムの販売を生業としています。
具体的には、配管の中にセンサを配置して液体およびガスの成分や圧力、流量、温度を直接計測し、このデータを制御システムに直結してプロセス制御に反映しています。また、これにより製造過程における様々な情報が記録され、蓄積したデータをフィードバックしてさらに効率や品質を向上させて製造できるようにします。
売り上げ規模は約4,000億円で、グローバルでは約1万7千人の社員がいます。売上比率は海外が70%で国内が30%であり、海外の比率が高くなっています。
―では、貴社と宇宙産業との関わりについてお聞かせください。
白津氏 始まりは、1961年に日本のロケットの第一人者である糸川先生の研究所から依頼されて、電離層センサを納めた事でした。ロシアのスプートニクが打ち上がったのが1957年ですから、宇宙開発史においてもかなり初期ですね。このセンサはNASAにも使用され、すぐに世界デビューしています。そこから様々な色々なプロジェクトから声をかけていただいています。
他の例では、ISSでの実験用に、細胞を生きたまま観察できる顕微鏡の共焦点ユニットを手がけました。無重力の環境で人や動物の細胞がどう振る舞うかを観察したり、タンパク質の結晶がどう大きく形成されるかを見たりする実験ですね。このように、バイオテクノロジー分野でも活用されています。
長年プロジェクト単位で関わってはきましたが、継続的に取り組んできたものはありませんでした。しかし去年、この会社として宇宙事業の可能性を見出し、主要な事業領域として育てるべく、横河電機に宇宙事業開発室が発足しました。
―現在はどのような事業を行っているのでしょうか。
白津氏 一つは、人工衛星のデータを使った新しいソリューションの提供を模索しています。既にいくつかの顧客とPoCを進めていまして、例えば人工衛星から森林の育成状況を判断して現場のオペレーションにフィードバックするということを検討しています。これにより効率よく森林の管理ができるのではということで、南米の森林を対象に紙・パルプビジネスを行っている企業と共に進めています。また、現在のプラント運営においても、地上で得たデータと衛星から得られたデータを融合して、新しい価値を生み出せないかということで幅広く検討しています。
―海外企業との取引が多いことが、衛星データ活用の価値を高めますね。
白津氏 そうですね。特に私たちはオイル&ガスが大きな柱ですから、この領域でも大きく貢献できると思います。パイプラインが広く分布しており、オイルを掘っている場所も海の上など広く点在していますから、そうしたインフラの監視をSAR衛星で行えないか検討しています。他に大規模インフラとしては、漏水監視を衛星から行い、怪しい所の見当をつけて実際に人を派遣する、といったことを検討しています。
月面開発に向けた水資源調査
―長期的にはどのようなことを目指しているのでしょうか。
白津氏 最終的には、地上で行っているプラントの計測や制御を月でやることが1つのゴールです。月には水資源が豊富にあると推測されており、これを電気分解して水素と酸素を得て、ロケットの推進剤などに活用することができますので、水を起点とした月面インフラが構想されています。
しかし、これを実現するほどの水資源が本当にあるのかはまだ分かっていません。水素を含んでいるということは分かっているのですが、それが水なのか、また水だとしてどれだけの深さにあるのかはよく分かっていません。もし地下10メートルなど深い場所にあると、そんな場所の水を掘ることはできないので、資源としては利用できません。ですので、現実的な深さにどれくらいあるかを調べるプロジェクトをしています。
―月を目指しているのですね!どのように調べるのでしょうか。
白津氏 私たち一社ではできないので、千代田化工建設と協力して取り組んでいます。千代田化工建設のドリルで月面を堀り進め、これを気化器で熱を与えて揮発性成分を蒸発させ、このガスを横河電機のレーザーガス分析計で分析して組成を調べるという手順です。こうして月の資源開発に関する情報を集め、月面プラント建設を考えている会社にデータを売ったり、私たち自身が新しい月面事業を考えたりしていきたいと思っています。
―開発において困難な点は何でしょうか。
白津氏 やはり、月で確実に動くシステムをどう作るかです。真空や放射線などの環境でも適切に作動しなくてはなりませんが、実際に持っていって事前に試すということはできません。ですので、地上でスペースチャンバーと呼ばれる装置を用いて、宇宙の真空や温度環境を想定した実験などをして、可能な限りリスクを減らして月に持っていきます。また、そもそも検討すべき要素を正しく設定できているのかも私たちだけでは分からないので、ispaceや東京大学、茨城大学など、月の環境に詳しい方々と共に月2回の頻度で協議しながら進めています。
―このような開発をしている企業は他にもあるのでしょうか。
黒須氏 商用の月面の水の分析モジュールは世界初だと思います。JAXAやNASAで大きなプロジェクトが発足するのは数年に一回程度であり、そうしたプロジェクトは広範な範囲の科学調査を行うので非常に貴重なデータを得られますが、一方で民間として私たちが次に目指していくのは、産業化のためにコンパクトで高頻度で探査可能なシステムを作ることです。必要な機能に絞り、軽く小さく安いシステムを作り上げて、水に特化して様々な成分を計測できるシステムというわけです。
これから月面でプラントや基地を立てたい顧客が自信をもって建てられるように、適切な場所を特定するためのデータを得る装置です。こうした装置は量産できますし、またモジュールを切り替えることで別の分析もできます。さらには、月だけではなく、将来的に火星などで適用していく可能性も考えています。
社長直下の宇宙事業開発室
―短期的には衛星データの利用、長期的には月面開発を目指していくわけですね。
黒須氏 足元のビジネスと未来のビジネス、どちらも大事ですね。あとは、ロケットの射場が増えていますから、この領域でも私たちが貢献する機会があります。LNGや水素、酸素などの推進剤を制御するというのは、工場で行われていることと同じですから、工場での生産のための技術を射場にも生かせるわけです。日本だけでなくアメリカなどでも射場建設が多く進んでおり、私たちのセンサをそうした射場に導入するのが目下のビジネスです。そして、中期的にはいま取引している顧客へ宇宙データを使った新しい価値の提供、長期的には月面での経済圏構築、ということになります。いまのセールスチャネルを生かせるところから始めているという形ですね。
―宇宙事業は、会社でどのような位置づけなのでしょうか。
黒須氏 探索領域としての位置づけになっています。そして、社長直結の組織として、様々な部署の方々が横断的に関わって取り組んでいます。また、アメリカやヨーロッパの関係者とも連携を取っています。こうした探索領域として位置付けているのは、宇宙に加えて防災と海洋の事業があります。
―宇宙事業の検討を進める中で、一番大きな課題は何でしょうか。
白津氏 課題は様々ありますが、技術的な課題は時間をかければ解決していくと思っています。ただ一方で、宇宙産業はアメリカに頼っている部分が多く、アルテミス計画のような大きなプロジェクトや投資にどう関わっていけるかが重要な課題だと思います。ですので、北米とヨーロッパに宇宙担当者を立てNASAやESAといった機関や現地の企業にアプローチしています。この取り組みを続けることで、大きな投資に巻き込んでもらうチャンスをつかんでいければと思います。また、一社では宇宙開発は絶対にできないので、力のある大企業やスタートアップなどとグローバルに力を合わせて、目標を達成していきたいという思いがあります。
―海外の機関や企業とはどのように関係構築をするのでしょうか。
白津氏 一番は、宇宙関連のカンファレンスに行って出展者とコミュニケーションをとり、その後に継続的にミーティングをするといったアプローチです。NASAやESAには直接連絡を取ってアプローチしています。
―宇宙事業開発室には何人くらいのメンバーがいるのでしょうか。
白津氏 現在7名でして、そのうち4名はエンジニアです。エンジニアのメンバーは特に忙しいですね。新たに学ばなければならないことも多いですし、お客様の要望に応えていかねばなりません。
宇宙事業開発室が発足してからしばらくはあまり仕事が無いと思っていましたが、どんどん問い合わせがあるので驚いていますね。思っていた以上に早く状況が進んでいます。また、関わってから感じているのは、宇宙開発には非常に長い時間がかかるので、検討は早くから行う、かなり先の構想でも今のうちから取り組まなければならない、という特徴があるということですね。
日本の宇宙業界
―日本と海外を比べるとどのような違いを感じますでしょうか。
白津氏 やはり、アメリカが一番進んでいますね。予算規模も違いますし、民間が積極的に予算を得て、投資しやすい環境があります。特に非宇宙の企業が宇宙事業を始める際には、社内への説明が難しいのですが、アンカーテナンシー(※)があって政府が一定の保証してくれるとなる投資しやすくなります。アメリカではこれが盛んですが、日本はそうではないので、難しいですね。
※アンカーテナンシ―:政府が民間企業に対して一定量の発注を実施することを保証し、企業や業界を存続・発展させるために行う契約。宇宙業界でよく用いられる。
―政府との取り組みはありますでしょうか。
黒須氏 月面で水を中心としたインフラを造るという計画を経産省の下で行っています。様々な研究会があり、多くの大企業と共に検討を進めています。メーカー、食品、化学、資源エネルギーなど、約40社で議論しており、これは世界でユニークな形です。アメリカやヨーロッパは、政府機関と宇宙ベンチャーという形で進めることが多いですから。10年以上先の話を、大企業で立場のある方々がこんなにたくさん集まって真面目に議論しているのはすごいですね。
これを支えているのは月面ローバーの開発をしているispaceです。ispaceの月面着陸船が2022年12月に打ち上がり、月へと向かっていますが、これが私たちに強い現実感をもたらしています。ispaceの進歩を見ていると、私たちにも宇宙開発ができるのではないかという気がしてきます。ispaceがみんなを巻き込んで、大企業が影響されて、こんなに大きなムーブメントになっています。みんな熱く真面目に検討しているのを見て、私自身もやる気が出てきました。民間の大手企業がこのように集まって取り組んでいるのは、日本特有でしょう。
―今後も、次々と出てくるニュースに期待ですね。
白津氏 私自身も、宇宙業界に参入した当初は宇宙開発を自分たちの手で実現するのは遠い未来のことだと思っていましたが、皆が月面インフラの計画を当然のこととして話している環境にいると、私たちもやればできるのではないかと思えてきますね。この取り組みは、月だけに限定した話ではなく、地球低軌道など他の領域でも花開く可能性はありますから、広く宇宙産業に貢献していければと思っています。
以上、横河電機株式会社の宇宙事業開発室 室長の黒須聡氏と副室長の白津英仁氏インタビューでした。宇宙事業に乗り出したのは最近であるものの、工場の生産最適化の技術を生かして射場設備に貢献したり、主力事業であるインフラ関連の分野で衛星データを活用したりするなど、非常に積極的に取り組んでいます。そして将来的には、月面の資源調査を担うことで月面プラント建設の計画を支え、月面開発の実現に大きく貢献していくことでしょう。今後の活躍に注目です。
宇宙事業に関する取り組みは2023年1月20日にTVでも取り上げられておりますので、ぜひそちらもご覧になってみてください。
日経スペシャル SDGsが変えるミイ~小谷真生子の地球大調査~:BSテレ東 (bs-tvtokyo.co.jp)
横河電機株式会社
宇宙ビジネス・ディベロップメント・エグゼクティブ
宇宙事業開発室長
黒須聡 氏
横河電機株式会社
宇宙事業開発室
副室長
白津 英仁氏