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北海道スペースポートを核とした宇宙版シリコンバレー形成- 大樹町

和歌山や大分、沖縄など、スペースポートの建設を計画している自治体が増えてきました。宇宙業界の盛り上がりに合わせてこうした地域は増えてきましたが、実は北海道の大樹町では何十年も前から宇宙産業で地域を活性化させていくという取り組みを行っています。今回のインタビューでは北海道大樹町の酒森正人町長にお話を伺い、大樹町の取り組みの歴史とこれからの展望についてお聞きしました。

酒森正人 大樹町長

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大樹町の航空宇宙産業

―本日はよろしくお願いします。はじめに、大樹町の航空宇宙産業によるまちづくりの歴史をお聞かせください。

酒森氏 最初は、1984年に北海道東北開発公庫 (現在の日本政策投資銀行)が北海道に大規模航空宇宙産業基地を作るという構想を発表したのがきっかけでした。その3年後に、北海道が総合計画の中に北海道航空宇宙産業基地構想を組み込み大樹町が候補地となりました。その頃から約40年間、官民挙げて「宇宙のまちづくり」に取り組んできました。

大樹町は酪農や漁業といった一次産業が基幹産業ですから、町民の理解を得るのは大変だったと思います。私は元々町職員でしたが、歴代町長の苦労話をよく聞いていました。その後、ここ10年で民間宇宙開発の動きが活発になり、国も法整備を進めるようになりました。そして、インターステラテクノロジズ株式会社 (以下、IST) といった宇宙ベンチャーがすごい速度で宇宙開発を進めているので、私たちが40年かけて地道に築き上げてきたものと、国の法整備、そして新進気鋭の宇宙ベンチャーの活動がばっちり一致して、現在の盛り上がりに至っています。この4,5年で、射場を造るという動きが急激に具体的に進んできました。

町長に就任して7年が経過し、もうすぐ2期目の任期が終わりますが、1期目の4年間とは比べ物にならないくらい、2期目の4年間は急展開ですね。今年になって、ずっと念願だった射場整備に着手できたというのは、この8年間の中でも特に大きな成果だと思います。

北海道スペースポート 上空からの写真
Credit:SPACE COTAN株式会社

―そんなに前から取り組んでいたのですか。最初は銀行の提案だったのですね。

酒森氏 当時から、大樹町は航空宇宙産業基地の候補地でした。先見の明があると思います。広大な土地は大樹町以外にもありますが、空や海の状況も鑑みて、最終的な候補地として注目されたと思います。特徴的なのが、海岸線に道路などの公共設備が無いということです。この辺りは湖沼群なので、道路が沿岸部ではなく内陸部に伸びています。そのため、ロケット打ち上げの際に道路を封鎖する必要が無いので、とても有利ですね。

アメリカのフロリダの射場を見学した方からは、大樹町の環境が似ているとの意見もありました。あの場所も、周囲が湖沼群で道路以外からアクセスできません。保安という意味でも、運営側としては都合がいいです。

―国からの反応はいかがでしたか

酒森氏 構想を掲げた初期は、歴代の町長が関係省庁などに挨拶に行っても名刺すら受け取ってくれなかったそうです。しかし、地の利などを少しずつ説明する中でようやく見学に来てくれるようになり、実際にお越しいただいた際には「日本にもこんなところがあったのか」と評価してくれ、そこから小さな実験を積み上げていくことができるようになりました。そして1995年には1000mの滑走路を整備し、国の航空宇宙実験を誘致できるようになったので、これが大樹町の優位性や汎用性の周知に繋がっていきました。JAXAの実験を積み重ねることで、民間企業や大学にも知れるようになり、2008年にはJAXAの正式な実験場として位置付けられたのも大きかったと思います。

―元職員とのことでしたが、宇宙の時代になるという機運は感じていたのでしょうか。

酒森氏 役場の企画サイドが担当していましたが、担当者と町長だけが関わっている特別なプロジェクトとして動いていましたね。私自身は二十歳の時に役場に入り、52歳で副町長になるまでずっと職員でしたが、職員時代は宇宙に関わったことはありませんでした。農業に携わっており、北海道の基幹産業を支えるということでやりがいをもって仕事していましたね。

―住民への周知はどのように行ってきたのでしょうか。

酒森氏 ISTが活動を始める前は、住民の皆さんも役場が宇宙の取り組みを進めているという実感はそれほどなかったと思います。ですが、10年ほど前にISTの5,6人が大樹町民となって活動をはじめたことをきっかけに、徐々に理解が広がっていったと思います。実際にここで生活している若い人たちがロケット開発を進めているというのを目の当たりにしていたわけですから、ISTの地道な活動を通じて町民の理解が広がっていきました。燃焼実験や打ち上げは派手な活動ですね(笑)。今ではISTの後援会がありますよ。民間企業の後援会ですからね、これは町民の理解が高まった一つの形だと思います。

―ISTの社員と町民はよくコミュニケーションをとっていたのでしょうか。

酒森氏 そうですね。例えばISTの方々がよく食事をしにいくお店のおかみさんが、打上げなどのイベントにお弁当の差し入れをするといった交流が続いていました。そういうところからも、彼らの活動が町民の理解を得て、賛同を得ていったということがよく分かります。

産業としての発展

北海道スペースポート 将来イメージ
Credit:SPACE COTAN株式会社

―航空宇宙産業を盛り上げていくために、どのような活動を始めたのでしょうか。

酒森氏 私たちが主体となって、HAPという会社を作りました。この会社では、金融機関やエネルギー系の会社にも加わってもらい、大樹町のこれからの航空宇宙産業をどうやって築いていくかをプランニングしていました。しかしコロナが流行し、設立したばかりなのに全く活動できない時期が続いてしまいました。そこで、HAPという企画会社から、射場を造って運営していく会社を作ろうということになり、SPACE COTAN株式会社を設立しました。SPACE COTANは代表取締役社長兼CEOの小田切さんをはじめとした民間のメンバーがアクティブに取り組みを進めてくれて、企業からのふるさと納税にもつながりましたし、そのおかげで2022年9月から新たなロケット射場「LC-1」に着工することができました。

―町の活性化を感じることはありますでしょうか。

酒森氏 大樹町の現在の人口は約5400人ですが、2040年には4000人を切ると推計されています。ところが、2021年から2022年にかけて、人口減少が止まりました。これは60年ぶりです。ここからひょっとすると上昇に向かっていくのではないかと期待しています。これは、まぎれもなく大樹町が行ってきた航空宇宙の取り組みが大きく寄与しています。ここにきて、成果が人口という形で見えてきたと思います。

―すごいですね。

酒森氏 大樹町は、民間のアパートの建設率が突出して高いです。そのラッシュは未だに続いています。それだけ、若い世代がどんどん大樹町に入ってきているということですね。肌感覚でも、若い方が来ているなという実感があります。それは、企業に勤める人たちが来ているからです。働く場所があるわけですね。子どもも増えており、人口6500人の近隣の町と人口5400人の大樹町とで、子どもの数が同程度になっています。ISTに関しては、10年前は5人でしたが現在は120人を超えました。本当だったら、従業員の全員が家族も含めて大樹町に住んでほしいのですが、住宅の供給が追い付かず、帯広から出勤している社員もいるようです。そういう若い方々が、家庭を持って大樹町に住んでくれるということになったらいいですね。

―都市から来た人ですから、生活のサポートも必要ですよね。

酒森氏 はい、いきなりの雪国ですからね。様々なサポートをしています。大樹町に移住してきた方に、移住者への相談窓口になってもらったり情報発信してもらったりするということも行っています。

―ふるさと納税やクラウドファンディングはどこが行っているのでしょうか。

酒森氏 大樹町が取り組んでいます。SPACE COTANは、企業版ふるさと納税の窓口をお願いしており、また大樹町に代わって営業活動もしてもらっています。そして、2023年以降は北海道スペースポートの運営管理もお願いできないかということで調整しています。

LC-1完成イメージ
Credit:SPACE COTAN株式会社

―宇宙産業は観光としての役割も果たしていくのでしょうか。

酒森氏 宇宙というコンセプトは、観光としても教育としても価値を発揮すると認識しています。観光では、地域活性化企業人という国の制度を活用して、株式会社日本旅行から職員を町に派遣していただき、宇宙のまちづくりをどう観光に繋げていくか企画・検討いただいているところです。また、国はデジタル田園都市国家構想ということですべての行政の業務をデジタルで繋げていくことを進めていますし、大樹町としてもこれをいかに活用していくかが重要だと思っています。

―射場のネーミングライツの販売も行っていますよね。

酒森氏 人口5400人という町の規模で、町のみの資金で射場整備をすることは難しいので、国の交付金や企業からの支援、また滑走路のネーミングライツ販売など、様々な形で資金を調達していきたいと思っています。

―北海道の他の地域との連携はあるのでしょうか。

酒森氏 大樹町の他に、陸別町でも宇宙に関する取り組みがあります。ここは日本で一番寒い場所などとも言われますが、実は立派な天体観測の設備を持っています。したがって、大樹町は打上げ、陸別町は観測、あとは中心都市としての帯広、こういった形で十勝全体を宇宙の取り組みで盛り上げていければと思っています。

宇宙版シリコンバレーの形成に向けた取り組み

―これから先はどのような取り組みをしていくのでしょうか

酒森氏 最優先で進めなければならないのは、2022年から始まった射場建設を計画通りに進めることです。そのためには、多くの企業から企業版のふるさと納税を通じてさらに支援してもらう必要があると思っています。そしてその次の第二期計画として、本格的な民間射場LC-2を造っていくというところもありますので、しっかり計画を立てて予算繰りをしていくことも大事です。

長年このような航空宇宙の取り組みを続けてきたのは大樹町だけでした。しかし、最近は全国的に航空宇宙の取り組みを行う自治体が出てきています。前々から大樹町への視察などはありましたが、2023年からはそうした自治体ともっと密に共に連携していきたいと思っています。

―他の自治体とはどのような関係になるのでしょうか。

酒森氏 よく、あの地域と大樹町はどちらが先ですかと競合心をあおるような質問をされますが、私としては宇宙に一緒に取り組む仲間ができたという認識でいます。各自治体の事情もあると思いますので、お互いに補完し合って進めていきたいですね。

―この先はどのようなスケジュール感で進めていくのでしょうか。

酒森氏 どの町でも、総合計画というのが町の計画の最上位にあって、10年間の計画を作っていますが、大樹町では第5期計画があと1年で終了します。2023年度から次の10年の計画を立てますが、航空宇宙をどう盛り込んでいくのかが重要な作業になっていくと思います。その総合計画がまちづくりのプランになるので、多くの町民の意見を取り入れながら作っていくことになります。それは、いま進めている射場の整備も含めた計画になると思いますので、多くの皆様と連携しながら進めていく必要があるかと思っています。

―射場開発のその先には、衛星打上げなどの取り組みも含まれてくるのでしょうか。

酒森氏 衛星の打上げについてはISTが企業の皆様と打上げのスケジュール調整を進めています。ISTは言ってみれば運び屋さんなので、その荷物はIST自身が集めています。すでに大手商社とも業務提携していますので、そういうルートを通じて荷物は集まってくると思います。

また、パラボラを大樹町に設置して宇宙で得られるデータを受信し、データ提供を行うサービスを始める企業も出てきています。ですので、射場建設だけでなく、宇宙というコンセプトで色々な活動が発展していく10年になっていくでしょう。

―将来的にはこのビジネスが盛り上がっていけば、大樹町の税収増にもつながるわけですよね

酒森氏 はい。あとは、ロケットに限らず色々な業種の人が集って、町全体が活性化していったらいいなと思います。メーカーが大樹町で建物を取得し、ロケット関係の仕事を始めるという動きもあるようですので、こうしたことがさらに広がっていくと嬉しいなと思います。町にとっても新たな企業がこの地で活動してもらうのは大きな経済効果になるので、そういうところに繋げていけたらと思います。

以上、北海道大樹町の酒森正人町長のインタビューでした。新しい宇宙産業の町として知られている大樹町は、40年という長い期間をかけてここまで盛り上げてきたわけですね。小さな町ではあるものの、日本の航空宇宙産業に大きな影響を与えており、今後も重要な役割を担っていくことでしょう。今後のさらなる発展に期待です。

                                      SPACE Media編集部