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真空断熱技術を100年追求のタイガー魔法瓶「宇宙のもの作りは驚きの連続」

20216月、 タイガー魔法瓶株式会社(本社:大阪府門真市)が開発した真空二重構造断熱・保温輸送容器が、SpaceX 社(本社:カリフォルニア州ホーソーン)の商用宇宙船「ドラゴン補給船運用22号機(SpX-22)」に搭載され宇宙に旅立ちました。同製品は国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」内日本実験棟での実験に供されるサンプルを格納しており、約1ヶ月後に地上で回収されました。

さらに、202112月より同容器が再び使用され、1月に無事帰還。往路、復路ともに、温度は規定範囲で維持されていたとのことです。

SPACE Mediaでは開発にまつわるエピソードを同社の商品開発グループ・中井 啓司氏にお伺いしましたので紹介します。

 

タイガー魔法瓶 ニュースレター:https://www.tiger.jp/news/information/news_220215.html

 

真空断熱技術の真価が問われる究極の挑戦

「こうのとり」(HTV)搭載小型回収カプセルの運用概念図
転載元:JAXA 
https://iss.jaxa.jp/htv/mission/htv-7/hsrc/

 

タイガー魔法瓶が宇宙分野に取り組むのは、今回が初めてではありません。2018年にも JAXA の無人宇宙補給機(HTV)「こうのとり」7号機が運搬する小型回収カプセル内に、同社の手がけた真空二重断熱容器が搭載されています。

一連の開発の発端となったのは、20144月に JAXA から寄せられた問い合わせです。タイガー魔法瓶のホームページを経由したものだったと言います。

 

創業から100年近い歴史を誇る同社ですが、極限ともいえる宇宙環境で使用される機材の開発は、簡単なことではありません。同社のコア技術と言える真空断熱技術の真価が問われるプロジェクトでした。

JAXA 側から打診されたのは「摂氏4±2度の範囲で4日間以上の保冷。かつ最大40Gの負荷」という極めて高度な要求。市販の魔法瓶では考えられないスペックです。この難題に対し、中井氏は「『我々がやらなければこの計画自体がなくなってしまう』との想いから、参画を決意いたしました」と語ります。

 

打診から約1年半後の201512月に、JAXAおよび株式会社テクノソルバ(本社:神奈川県藤沢市)との研究開発に着手。まずは容器に求められている「摂氏4±2度の範囲で4日間の保冷」実現の目処をつけようと、議論・解析を経て温度実験用の試作と性能検証を繰り返しました。着手から11ヶ月後に本格的な開発を開始し、20176月に無事真空断熱容器を納入しました。

このときの得られた知見について、中井氏は語ります。

開発に当たったのは、市販の真空断熱ボトルなどを開発している魔法瓶チームです。宇宙関連のプロジェクトは未知の経験でした。

 普段はお客様の手に触れる製品を作っており、我々自身の手で完成品の品質評価ができます。しかし今回は地上で使うものではありません。宇宙環境下でこの容器をどのように利用するのか、想像することすら覚束かないのです。民生品とは全く異なる観点のものづくりは驚きの連続でした。

 例えば、納入するフライト品はひとつしか作りません。設計段階で膨大な強度・熱解析のシミュレーション検証を行うなど、勝手がちがうので戸惑いもありました。しかし素晴らしい技術者の方々と仕事が出来たことは、文字通り資産となりました

 

打ち上げられた真空二重断熱容器は求められた性能をクリア。かつ回収カプセルに搭載された状態で見事最大40Gという海面着水時の衝撃に耐え抜き、宇宙実験サンプルをノー・ダメージで地球に持ち帰ることに貢献しました。

 

HTV搭載小型回収カプセル

転載元:JAXA https://iss.jaxa.jp/htv/mission/htv-7/hsrc/

 


第二弾の依頼は一層厳しかった

JAXA の信用を得たタイガー魔法瓶に再び開発依頼が舞い込みます。今度は以前と異なる条件を満たす真空二重構造断熱・保温輸送容器の製作です。求められる性能は一層厳しくなりました。

 

1)保冷温度と保冷期間

打ち上げからISS 到達までの実験試料の温度維持のため、保冷剤を同梱することで摂氏20℃±2℃12日間以上保つ。ISSから地上に回収するまでの期間も、同20℃±2℃7.5日以上保つ。

 

2)複数回利用に耐え得る設計

長期的な利用を想定し使い切りではなく、複数回の再利用を可能にする。

 

3)小型化・軽量化

保温断熱機能を保ちつつ、可能な限り軽量・コンパクトな設計。

 

2)ですが、第1弾のフライト実績から繰り返し利用する見込みが立っていたこともあり、再利用に対する要求が行われました。また前回とは異なり、SpaceX社の宇宙船では荷物としてクッション材で梱包された状態で搭載されるため、衝撃が緩和されます。したがって(3)の小型化が要求されました。


納品する1点のため、膨大なテストを繰り返す

2018年納品の真空二重断熱容器(右)と真空二重構造断熱・保温輸送容器(左)の比較
転載元:タイガー魔法瓶公式サイト

https://www.tiger.jp/news/information/news_210607.html

 

3)小型化の実現を支えたのは、市販の魔法瓶の設計要素だと言います。「開口部や底の部分など溶接個所の構造設計には民生品の魔法瓶と同じような設計が使われています」と中井氏。

容器が大きくなると寸法精度が出しにくくなります。弊社内での後工程の溶接条件などにも影響が出るため、寸法精度を出すことには頭を悩ませました。

我々は真空断熱容器だけを提供しますが、JAXA 様のミッションには他社様からもさまざまな重要部品が提供されています。弊社の容器の内側や外側にも多くの部品が嵌合するため、弊社に求められる寸法精度を正確に出さないと他のメーカー様に迷惑が掛かります。 

そのためJAXA様に納品するのは1点のみですが、部品だけは多めに作って最適な溶接条件を探りました。その上で真空断熱容器作製を開始しています」(中井氏)

 

精度が求められるのは、寸法だけではありません。 

『真空二重構造断熱・保温輸送容器』ですから真空保持性能は欠かせません。宇宙用として再利用を保証するために、そして真空空間の保持を長期間耐えられるようにするために、適切な真空化条件を確立し民生品より高いレベルで設計を実施しました」と中井氏は開発の苦労を語りました。

 

 

真空断熱技術の可能性に目覚めた

一連の開発により、タイガー魔法瓶はどのような知見を手にしたのでしょうか?

『真空断熱技術を必要とする分野は多いのだ』という気づきを得ました。

 例えば医療輸送です。検体・試薬の運搬では、シビアな温度管理が要求されます。現状では温度を制御する電気装置や巨大な保冷ボックスが用いられています。しかし真空断熱容器を利用すれば、非電気容器がつくれます。要求性能を満たした上で、軽量コンパクトな容器に仕上がるはずです。

 車両関係で使われる真空断熱容器、南極などの過酷な気象条件でも劣化しない次世代建材の開発など、真空断熱技術は幅広い産業分野に応用出来ると考えています」と中井氏。

 

遠くない将来、宇宙旅行が身近になるでしょう。宇宙でも使える魔法瓶を作ってみたいですね。もちろん真空断熱容器の開発で、弊社一丸となって宇宙開発にも貢献したいです

宇宙のもの作りを経験し、自社の技術への確信を新たにしたというタイガー魔法瓶。同社の新たなる挑戦にも期待しましょう。


Tell-Kaz Dambala