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老舗繊維メーカーが宇宙開発を支える!?長年培った技術の総合力 - セーレン株式会社

ロケットから人工衛星まで、近年の宇宙業界ではいくつもの企業が新規参入し、新しいベンチャー企業も数多く立ち上がっています。そんな企業の一つに老舗繊維メーカーのセーレン株式会社(以下、セーレン)という会社があります。ロケットにも人工衛星にも関わっていますが、繊維メーカーが一体どのように携わっているのでしょうか?

 

今回はセーレンの研究開発センター人工衛星グループでグループ長を務める中村博一氏と総務部広報担当の吉田乃美氏に、現在そしてこれからの宇宙開発についてお話を伺いました。

老舗繊維メーカー・セーレン株式会社とは

 はじめに、事業概要についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

吉田氏 セーレンは1889年に創業した繊維メーカーで、非常に古い会社です。長い歴史の中で新規事業にも多く取り組んできており、現在は車輛資材や衣料品を中心に、エレクトロニクスや環境・生活資材、メディカルの事業も手掛けています。

宇宙事業にも取り組んでおり、イプシロンやH2ロケットにも繊維製品が使用されていると伺いました。

吉田氏 もともとは福井の繊維メーカーということでしたが、全世界そして宇宙へ拡大していきたいという気持ちがずっとあり、「やがて宇宙へ」というメッセージを福井駅の広告に出すほどでした。約10年前に、ロケットの防音ブランケットとしてセーレンの製品が採用されました。これは、ロケットの先端の内側に敷き詰めて、振動や衝撃から人工衛星を守るためのものです。現在は繊維の技術を生かして他の部分にも携わっています。

Credit: 日本経済新聞
スポーツから再生医療・宇宙まで 成長市場に繊維あり: 日本経済新聞 (nikkei.com)

先ほど、エレクトロニクスなどの分野にも事業展開しているとのことでしたが、繊維事業からどのように他分野に展開しているのでしょうか?

吉田氏 創業以来、繊維事業に取り組んできたわけですが、1988年に新たに戦略を策定し、その一つに非衣料・非繊維化というのがありました。セーレンは繊維メーカーでありますけれども、企画・製造・販売をすべて一貫して行っており、製造のためのハードやソフト、ケミカルの部分もすべて自社開発で行っています。そのため、非常に幅広い技術を持っており、これを様々な分野に広げて活用しています。今後力を入れていきたい新規事業として、炭素繊維、環境対応繊維、半導体、合成皮革、そして人工衛星があります。

福井県の取り組み・県民衛星プロジェクト

 長年の技術力を生かして新しい技術開発に取り組んでおり興味深いです。人工衛星はどのような経緯で取り組むことになったのでしょうか。

吉田氏 もともと、福井県が宇宙産業を県の産業として育成しようという考えで施策を推し進めていました。2015年に県民衛星プロジェクトが立ち上がり、福井県のものづくりメーカーで協力して人工衛星開発に取り組むことになりました。セーレンは福井県の中でも大きい企業でありますので、ビジネスリーダーとして関与していくことになりました。

県民衛星プロジェクトとはどのようなものなのでしょうか。

中村氏 福井県で宇宙産業を育てるという過程の中で、県民衛星の開発を通じて宇宙関連の技術や人材を育てるということを目的としています。打上げて終わりではなく、今後さらに発展していくための足掛かりとしていきます。プロジェクトの組織として、衛星製造グループと衛星データ利活用グループがあり、セーレンは衛星製造グループのリーダーを務めています。

開発の末、20213月に打上げに成功することができました。現在でも2週間に1回、福井県を撮影しており、福井県のいくつかの自治体に試験実装して、どのようなデータ利用ができるのかを模索しています。

福井県民衛星「すいせん」
Credit: アクセルスペース

福井県民衛星「すいせん」による初撮影の写真
Credit: セーレン株式会社

衛星の運用はどのように行っているのでしょうか。

中村氏 誰も宇宙開発に取り組んだことがない状況で技術力がなかったので、アクセルスペース社に衛星製造グループに参入してもらいました。アクセルスペース社は、AxelGlobeという衛星コンステレーション事業を計画していたので、その中の1つの衛星を福井県衛星で行うことになり、そこで運用しています。私達としては、アクセルスペース社の衛星製造から運用までの技術を学びながら取り組んでいます。

このプロジェクトを通じてどのような点で困難だと感じていますでしょうか。

中村氏 ビジネスとして、まだマネタイズできていないのが一つ課題です。技術に関しても、宇宙環境は地上と大きく異なるため地上でどう試験するかというところが難しいと感じています。

福井県の宇宙産業の発展を目的としているわけですが、これに関して感じている手ごたえはありますでしょうか。

中村氏 開発の中で難しさをたくさん感じていますが、この難しさを乗り越えることが発展に繋がるのだろうと思います。私たちは量産に取り組んでいますが、一般的な民生製品のものづくりに比べたらはるかに少ない数ですし、そのうえで品質保証をするというのは高い要求です。そのアンバランス感が今までのものづくりとは違う点で、それをどのように乗り越えていくかというところが大事だと思います。

強みはスピード開発・アップデート

 保有する繊維技術のどんなところが宇宙事業に活用できているのでしょうか。

中村氏 セーレンの中で様々なビジネスがありますが、繊維の機能化や、ファッションや医療、オンデマンドでユーザーにファッションを届けるというところでIoTや精密電子機器の技術を使っています。なかなか表には出ませんが、基礎技術を自社開発しているので、その技術や人材を活用しています。

吉田氏 先に述べたように、ハードからソフトまで自社で持っているので、スピーディに開発してアップデートできるのが、セーレンの強みになっています。そのための仕組みとして、休みなく36524時間ラインを動かさなければならないわけですが、それが衛星開発の技術力や品質、安定性に反映されていると思っています。

宇宙業界には様々なプレイヤーがいますが、どのように貢献していると感じていますか?

中村氏 衛星を作るだけなら古くからの大手の衛星メーカーができますが、セーレンのような異分野からの参入があることで新しい視点のものづくりを持ち込めているのではと思います。今までだったらひたすら工数をかけて丁寧に衛星を作っていましたが、別のアプローチで量産プロセスを確立していくなど、新しいことができるようになるのではと思います。

―Synspective社との協業で小型SAR衛星用アンテナの量産プロセスを構築していくと伺いました。

中村氏 Synspective社のビジネスは、衛星から得られるデータを顧客に提供し、そのデータで世の中の課題を解決するというもので、あくまで衛星は手段としての位置付けです。しかし、やはり衛星というハードウェアは効率よく作り上げていかなくてはなりません。セーレンのような経験豊富でリソースもある会社がタックを組むことで、量産プロセスや品質保証の体制は築いていけるわけです。

セーレンとして衛星データを利用したビジネスを展開していくことはないのでしょうか。

中村氏 セーレンはハードウェアを作るところにフォーカスしています。これを安定的に供給することを通じて、データ利用を手掛ける会社を支えていきたいと思っています。ただ、データ取得や衛星の運用に関して社内で研究は行っています。衛星の開発をするにあたって技術的に把握しなくてはいけないので、そういうところも含めて知見を蓄えています。

超小型人工衛星「RWASAT-1」軌道投入後のイメージ
Credit: セーレン株式会社

今後の展望について

 大企業や政府主導のプロジェクトと比較して、自治体と県内企業が協力して進めていくという形態の強みはどのような点にあるとお考えでしょうか。

中村氏 県内の企業群で進める強みは、一つ一つの企業がそれほど大きくないという点にあると思います。そういう規模でも長年経営し続けられているということは、それだけ光る技術や人材があるということです。そうした企業が結集することで、大手のメーカーやJAXAとはまた違うアプローチで開発していけると思っています。

これからまた新しい宇宙開発の形ができていくわけですね。

中村氏 欧州の小型衛星の分野は日本よりもかなり進んでいる部分があります。ただ、小型衛星は日本が発祥ということもあって、小さいものづくりや精密なものづくりを繰り返し同じ品質で作る、というところに日本の強みがあると思います。日本の強みを生かしたアプローチを、どうやって日本のチームで生かして戦っていくのかが大事です。単独で頑張るのではなく、みんなでやらなきゃいけないと思います。様々なベンチャー企業が興っていく中で、セーレンのような企業が支えていけたらいいなと思いますね。

133年前に繊維メーカーとして始まった企業が、自社の技術力を最大限に活かしてこれからの日本の宇宙開発を福井発で支えていく――。変容を続けながら長年発展し続けてきた老舗メーカーにしか担えない役割を果たしているように感じます。新しいベンチャー企業が注目されがちですが、今後の衛星開発を支える存在として注目していきたいですね。

 

人工衛星開発への取り組み:セーレンhttps://www.seiren.com/development/satellite/

 

SPACEMedia編集部