宇宙業界のプレイヤーといえばロケットや衛星を開発したり、衛星を利用して通信やデータ分析をしたりする企業がまず思いつくかもしれません。しかし、産業を支える存在としての役割を担う商社も重要なプレイヤーです。今回のインタビューでは総合商社である兼松株式会社の航空宇宙部 第四課・高田氏にお話を伺いました。
兼松の宇宙事業
―本日はよろしくお願いします。はじめに、御社の宇宙事業についてお伺いしてもよろしいでしょうか。
高田氏 商社として幅広く多様な分野で事業を行っていますが、まずは収益基盤となっているものについてお話いたします。
収益基盤となっているのは、日本基幹ロケットの地上局、人工衛星・ロケット・補給機向けの搭載機器や部品、情報通信システム領域での事業です。ロケットの地上局ビジネスでは、日本基幹ロケット向けの海外地上局の運用・開発に携わっており、アメリカの企業と共にロケットの追尾サービスを提供しています。人工衛星や搭載機器や部品については、古くはロッキードマーチンの人工衛星を取り扱い、JAXA関連では人工衛星やHTVなどのプログラム向けに、搭載機器や部品を海外から輸入して国内システムメーカに販売しています。情報通信では、アンテナの販売や、国内外の企業と測位衛星のための時刻基準装置を開発しています。
―非常に幅広いですね。いくつか商社がある中で、御社の強みはどのような点にあるのでしょうか。
高田氏 部品やシステムの細かい部分まで理解している点です。これまでのノウハウの蓄積から、お客様が技術的に何を望んでいるか分かるため、円滑なコミュニケーションを取ることができます。また、海外企業との交渉や調整も我々が得意とするところです。
―相手にしている企業は大企業が中心なのでしょうか。
高田氏 大企業だけではなく、ベンチャー企業の皆さまともやり取りをさせていただいております。
―では、新たに取り組んでいるのはどのような事業でしょうか。
高田氏 アメリカのシエラスペースによる商用宇宙ステーションのビジネスに携わっています。シエラスペースは、ISS退役後を見据えてブルーオリジンと共同でオービタル・リーフという宇宙ステーションの開発に取り組んでいます。私たちは、この宇宙ステーションを日本国内の企業が利用できるように連携を進めています。
また、シエラスペースが開発している宇宙往還機ドリームチェイサーにも関わっており、大分県の空港に着陸させて宇宙への出入り口にできないか、全体のシステムを構築するためのアレンジを行っています。既存の事業を行いつつ、これからの新しい宇宙産業を創っていく中心的な役割を担っていきたいと思っています。
―どういう経緯で連携するに至ったのでしょうか。
高田氏 もともと、シエラスペースが製造している宇宙機器を輸入して国内で販売していました。シエラスペースが新たに宇宙ステーション開発を始める際に弊社から積極的にコンタクトを行い、連携することになりました。シエラスペースの前身であるシエラネバダコーポレーション(注:シエラスペースは、シエラネバダコーポレーションの宇宙部門が2021年6月にカーブアウトされて設立された会社)は、過去十数年に渡り、技術力の高い宇宙企業に目をつけて買収することを繰り返して大きくなった会社で、高い経営能力と技術力を誇ります。そのような企業に信頼してもらえているのはとても嬉しいですね。ドリームチェイサーについては、商用宇宙ステーションを支える重要な輸送手段となり、また、日本の次期基幹ロケットであるH3ロケットからも打ち上げることができます。ドリームチェイサーを日本の空港に着陸させたいと思い、方向性や戦略を練って自治体に掛け合い、進めていくことになりました。先日、日本航空も大分県との連携に参画いただくことを発表しましたので、一層検討を加速していく所存です。
兼松からみた宇宙産業
―宇宙事業に長年取り組んできたわけですが、最近特に感じている変化はありますでしょうか。
高田氏 スペースXの活躍もあって、資金調達をして事業を起こす宇宙ベンチャーが世界的に多くなっていますよね。また直近では、ウクライナ危機の影響でコンステレーションや通信衛星のビジネスが評価され、国家予算が多く付くようになってきました。
―国内ではどうでしょうか。
高田氏 日本でも素晴らしいベンチャー企業の台頭があるため、盛り上がりを感じます。また、宇宙事業に今まで取り組んでいなかった非宇宙企業の参入も活発になっており、いつも刺激を受けています。皆さまの新しい取組みが定着して、持続可能にしていくためには、宇宙事業を収益力のある産業にすること、そしてそれを示していくことが大事だと考えています。
―新たに参入する企業と話していて感じる課題などはありますでしょうか。
高田氏 長年宇宙に取り組まれている中小企業には高い技術が蓄積していると思います。一方、注目を浴びるのは、やはりデータビジネスやベンチャーの企業だという印象です。先日、ある光学系レンズを製造されている中小企業の方とお話した際に感じたのは、資金調達の難しさです。高い技術力と課題解決のアイディアがあっても、資金調達をするためには、実物を作って上手くいくことを示し厳しい審査をクリアしなければならないとのことでした。その方が仰っていた言葉「ベンチャー企業と技術力のある中小企業が繋がって、その技術力をベンチャー企業が活用して世に出していくといった取組みが増えたら、日本の宇宙産業もどんどん盛り上がるし開発も加速する」は非常に心に残っています。
―幅広い企業と関わりがある御社だからこそできる取り組みですね。他にはどのような展望がありますか。
高田氏 国内企業が、米国で開発が進む宇宙往還機や商用宇宙ステーションの製造に携われるようになればいいですね。例えば、民間航空機は日本で1から製造していませんが、部品やサブシステムを製造して輸出をしています。宇宙往還機や商用宇宙ステーションも、1からすべてを日本で製造するのは莫大なお金がかかりますし、特に資金面で米国企業に追いつくのは難しいです。その一方で、部品やサブシステムを国内企業が製造して海外企業に納入するといった形で国内の宇宙産業を盛り上げる道もあると思います。今できるやり方で、チャンスをつかんでいく取組みを続けていきたいですね。
私たちの事業としても、これまでは輸入が中心でしたが、日本のものづくり企業の技術を海外に売り出す輸出事業も行っていきたいです。一つの事例としては、ブリジストンとの取組みがあります。ブリジストンは、トヨタがJAXAと開発している月面有人与圧ローバーであるルナクルーザー向けにタイヤを開発しています。そこで培ってきた技術をNASAが開発を進めるLTVというローバー(*非与圧有人ローバー)に提供することで、日米にとってウィンウィンの状況を作りたいと思い、弊社ではその支援もさせていただいております。
―低軌道利用という観点ではいかがでしょうか。
高田氏 現在シエラスペースと協力して、日本企業の実験機会を拡大しようとしています。JAXAが持っているISSの利用枠は12.8%にとどまり、アメリカは70%以上もあるのですが、アメリカ利用分の半分はISSナショナルラボ(ISS NL)経由で使え、ISS NLと提携しているシエラスペースと連携することで、その枠を使って日本企業もISSの利用を拡大していくことができます。
また、ISSでの実験事例をもっともっと国内で認知してもらえるように弊社も貢献したいと考えております。国内の非宇宙産業の企業とお話しすると、そもそも微小重力環境利用を検討したことがない民間企業が多いのが残念ながら現状です。一方で、これまでの事例を紹介すると興味を持っていただけることが多く、日本企業の皆さまも微小重力環境利用を新しい活動の場として捉えてくれると考えております。
兼松が創る宇宙産業の未来
―シエラスペースとのプロジェクトの意義や国内外へのインパクトについてお聞かせください。
高田氏 人類の移動手段は馬から車、そして飛行機と進化し、その活動範囲を広げ、日常のものとなってきましたが、今正に次の目的地が「宇宙=地球低軌道」になっていると感じます。軌道上のオービタル・リーフを宇宙の拠点とし、ドリームチェイサーという往還機が繋ぐ新しい世界ができていきます。これは日本の宇宙産業の発展にも貢献すると考えております。先ほど述べた通り、ドリームチェイサーはH3ロケットで打ち上げることができるそうです。「H3ロケットで打ち上げたドリームチェイサーが地球低軌道拠点であるオービタル・リーフに向かい、最終的に日本に帰還する」世界を実現することで、宇宙製造業だけではなく、観光など副次的に様々な経済効果を生むと考えております。
ドリームチェイサーは水平着陸ができるので、3,000mの滑走路があれば既存の空港にも降り立つことができます。大分空港をその拠点とするために動いているわけですが、それが実現すれば空港の周りに整備設備や研究設備などが新たにでき、雇用機会創出にもつながります。一例をあげると、ケネディスペースセンターには年間約66万人が訪問しますから、ドリームチェイサーが大分空港に着陸するとなれば、県だけでなく国として売り出せる観光地にもなると期待しています。
―大分県の方々の反応はいかがでしょうか。
高田氏 皆さんから応援していただいている実感があります。これを広げて九州、ひいては日本中で盛り上がるムーブメントにしていけるといいですね。当初は、「宇宙機が来たら危ない」という反対の声が多いのではという懸念もありましたが、実際にはポジティブな反応を強く感じております。驚いたのは、現地のタクシー運転手の方まで宇宙港のことを語ってくれたことです。また、宇宙産業に携わっているというだけで、初見の私を、大分市内から国東にある大分空港(車で約50分)まで乗せてくれたりと、県の皆さまの温かさにも触れました。知事を中心に、県を挙げて宇宙に取り組まれていることを身をもって実感出来ましたし、県民の皆さんのご支援は非常に心強く、また大変有難く感じます。
―最後に、宇宙産業にどんなことを期待していますでしょうか。
高田氏 低軌道利用については、アメリカでは民間企業がたくさん実験をして成果をあげつつあります。人工網膜、人工臓器、材料開発、生活用品など、幅広い分野に及びます。こうした研究開発が実を結んでいくと、いずれは企業の宇宙飛行士が宇宙に行って実験をするといった世界が実現すると思います。
そういった米国の現状が、日本では十分に認識されていないのではと、危機感を持っております。地球低軌道が新しい産業になるように、弊社としてもしっかり取り組んでいきたいと思います。非宇宙産業企業の皆さまや、既存の宇宙産業企業の皆さまと連携して、宇宙産業を盛り上げていきたいです。シティグループのレポートでは、2040年には低軌道の利用だけで約3兆円の市場規模があると言われています。これは日本のお酒市場と同等の規模です。日本発の技術が海外でも利用されることで、日本における宇宙産業のプレゼンス向上にも繋がると思います。
当社は宇宙に限らず様々な取組みをしていますが、「次世代の人々が活躍できる世界」=「地球と宇宙を人々が行き来する新しい世界」の創出に貢献できるよう、これからも邁進したいと思います。
以上、兼松株式会社の航空宇宙部 第四課・高田氏のインタビューでした。宇宙業界の企業と広く連携し、国内外で活躍している兼松の重要性は、今後より一層増していくことでしょう。また、大企業からベンチャー企業まであらゆる現場を走り回っている高田氏の宇宙への思いが強く伝わってくるインタビューでした。今後のプロジェクトの展開に注目です!
経歴
- 2013年より半導体商社にて宇宙用高信頼性部品の調達および新規プログラム立上に従事。国内衛星、補給機向けに複数プログラムを統括。
- 2018年8月から兼松株式会社にて宇宙機器、部品の輸入と新規事業立案に従事。Sierra Spaceとの提携など推進中。
- Sierra Space社のDream Chaserの国内打上・国内帰プログラムの実現が目標。
- Sierra Space社とBlue Origin社が取り組む民間商用宇宙ステーションでの新規事業利用促進を推進中。
SPACE Media編集部