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宇宙環境の課題解決が人類の生活を豊かにする!- 株式会社マンダム

宇宙での生活では、地球上と同様に衣食住が欠かせません。そしてこの住では、単に生活の空間があるだけではなく、快適な住環境を確保することが重要です。その要素の一つとなるのが体を洗うことです。水が希少な宇宙空間ではお風呂やシャワーを楽しんでリラックスすることはできません。この課題に、ボディペーパーのギャツビーで知られる株式会社マンダムが挑戦し、宇宙用のボディペーパーを開発しました。そこで、今回のインタビューでは株式会社マンダムのスキンサイエンス開発研究所副所長 志水弘典氏にお話を伺いました。

志水弘典氏 スキンサイエンス開発研究所 副所長

マンダムと宇宙との関係

―本日はよろしくお願いします。はじめに、貴社が宇宙事業に参入した経緯についてお聞かせください。

志水氏 3年くらい前に、新しい価値につながる研究を行うことを目的として、フロンティア開発研究室という部署を新設しました。今後の企業経営を考えていくときに、新しい分野への開拓を目的としてできた部署です。この観点は「両利きの経営」という経営本にも記述されており、「企業の取り組みには知の探索と深化があり、そのバランスが大事」であるということです。企業は現在保持している技術の深化にフォーカスし、探索がおろそかになりがちです。なぜなら、その方が慣れているし目の前の利益が得やすいからです。しかし、いずれは革新的な新進気鋭のベンチャー企業に転覆されてしまうということが歴史の中で繰り返されてきました。ですから、意識的に探索の方にもリソースを割かねばならなりません。

マンダムはヘアケアやボディケアの分野を深堀してきましたが、新たに違う価値観を身に着ける必要がありました。ここで、新しいことをやるための方針として「Close to the Edge:極限での挑戦が新たな価値を生む」というキーワードを掲げ、この方針に則って価値づくり・モノづくりをすることになりました。そして、極限環境でのチャレンジとして宇宙に着目しました。

―どのような発想でその方針を決めたのでしょうか。

志水氏 いままで私たちが解決してきたのは日常の困りごとです。しかし、それは身の回りにあるありふれたものであり、たくさんの人々が取り組んでいるものです。そして、いずれ困りごとは解決されどんどんなくなっていくでしょう。そこで、私たちは極限環境でチャレンジする人の困りごとを解決していくことが未来の価値につながるのでは?と考えました。

―極限環境というのは、限定的なニーズにはならないのでしょうか。

志水氏 例えば、トップアスリートのマインドというのは新しい価値を生み出すヒントがあふれていると思います。この前のワールドカップは非常に熱い試合が多かったですし、PKなんてまさに極限状態ですよね。あのようなシーンで思い通りのプレーができるトップアスリートに着目することで、新たな価値を発見していけるのではないかと思います。宇宙飛行士の労働環境というのも同様のことが言えると思います。

また、極限環境に対応する技術というのは、想定外の課題を解決することにも繋がります。私たちは、突然のパンデミックで人と会えずコミュニケーションが容易に取れないというストレス環境を余儀なくされたわけですが、これは宇宙飛行士が常に体験していることです。長期間、人工的な閉鎖空間で過ごさねばならないわけです。宇宙飛行士はスーパーな方々なのでこれに対応できますが、一般人の私たちは上手く対応できません。ですから、そういう極限環境への対応を考えることにより、いざというときの新しい課題を解決していくことができるわけです。

マンダムが開発した宇宙用ボディシート「スペースシャワーペーパー」

―その後、具体的にどう宇宙事業を進めることになったのでしょうか。

志水氏 まず現在、アルテミス計画が進んで2040年に月で1000人の移住と年間1万人が往来する世界が実現する時、衣食住が問題となります。そして、衣と食に関しては宇宙服や宇宙食の開発が充実しています。そこで、住環境について課題が残っていると考え、ここに着目することにしました。

宇宙飛行士は体を維持するために1日2時間半ほどトレーニングを続けなければならず、大量の汗をかきます。しかしお風呂に入れないため、ストレスを感じやすい環境です。現在用いられている宇宙用のシャンプーは洗い流さないシャンプーで、水をつけて体や頭に塗り、皮脂を溶かしてふき取るというものです。1日に水を3リットルしか使えませんし、あっちこっちに飛ぶので水で流すようなことはできません。そこで、この環境でも満足に体や髪を清潔にできるボディシートを開発しました。

ギャツビー スペースシャワーペーパー 頭皮用(左)/ボディ用(右)
Credit: 株式会社マンダム

―このボディシートは通常のものとはどう違うのでしょうか。

志水氏 まず、宇宙用品にはアルコール使用の制限があります。これは、宇宙の住環境における空気や水の循環システムに気化したアルコールが悪影響を与えるからであり、1日に10mgしか使えないという制約があります。ですので、アルコールを使わずとも清潔さと心地よさの得られるシートを開発することになりました。しかし、これは簡単ではありませんでした。

―どのように実現したのでしょうか。

志水氏 温度や化学刺激を感じ取る細胞の感覚センサーである「TRPチャネル」に着目しました。これに関する研究はマンダムで2005年から行っているのですが、この成果を活かし、アルコールを使わずに心地よい清涼感を実現しました。また、心地よさを追求するにあたって適切に評価することにもこだわりました。心地よさというのは人によって違うし言語化が難しいです。また、本人はその場で気持ち良いと思っていても潜在的には心地よさが不十分である場合もあります。潜在的な感覚も含め評価すべく、使用感に対する評価はより様々な手法を用いて念入りに何度も行い、満足のいく心地よさを実現しました。

―極限環境にフォーカスするということで宇宙を選びましたが、その際の社内の反応はいかがでしたか。

志水氏 非常に良い反応でした。最初、ボディシートの開発はJAXAのTHINK SPACE LIFEという宇宙での生活用品に関するプロジェクトにアイデアを応募するという形で始まったのですが、その案が評価され宇宙への搭載品アイテムに選ばれた時に初めて社内に公表しました。そして、宇宙という新しい領域に挑戦していくということで、ボードメンバーから現場の社員まで社内全体が活気づきましたね。また、ギャツビーのボディペーパーは男性用拭き取りシートでシェア1位ですが、そういう自信ある商品を進化させて宇宙に持っていくということで、社員を鼓舞することに繋がったと思います。

―宇宙は人々をワクワクさせますよね。

志水氏 開発って一筋縄ではいかないし苦労しますから、行き詰まるとよく雰囲気が悪くなります。しかし、この商品は最後に笑顔で開発に成功させることができました。宇宙のロマンがそうさせる、特別なコンテンツだと思います。

宇宙視点が発想を広げ、地上の生活を豊かにする

―手に取っていいですか。(手に取って拭く) すごいスース―しますね。これはアルコール由来ではないのですね?

志水氏 はい。先ほど説明した「TRPチャネル」という肌のセンサーに着目した技術で、冷たい感覚を実現しています。かなり液体を含浸し、ひたひたになっていると思いますが、これはマンダム史上一番の含浸量です。地上で試作品を若田さんに使用していただいた際、液量がもっとあった方が良いというフィードバックをいただきました。その時すでにMAXだったのですが、これを上回る含浸量を実現できないかということで試行錯誤をして、増やすことができました。これによってさらに清涼感をパワーアップしました。あとは、打上げ時にかかる重力加速度(G)によって袋から液が漏れてしまう恐れがあり、それに耐えられるパッケージにするといった工夫もしましたね。ISS内部で壁に貼り付けて使用できるようにもしています。

―地上で使うとなるとそういう発想にはならないですよね。

志水氏 アルコールは殺菌効果もありますし、心地よさも担保できますから、普通はアルコールを使わない選択はしないですね。シートがすぐ乾かないというのも特徴です。宇宙という特殊な環境が新たな発想を生み出しました。

ちなみに香りにもこだわっており、宇宙飛行士の方に3,4種類提案して選んでいただきました。カラダ用はグレープフルーツのような香りで、頭皮用はマイルドシャボン系の香り、いわゆるお風呂の香りです。なぜ香りにこだわったかというと、ISSの中では地上のように良い香りを感じる機会がほとんどありません。ヒアリングでは、この環境の中でリラックスできるのは食事や紅茶タイムの時ということを聞きました。ですから、地上で感じているような安らぎを得られるように、自然の香りとお風呂の香りを思い出せるような香りにしました。興味深いのが、後から分かったことですが、この柑橘系と石鹼の香りは日本人に古くから文化として根付いている香りらしく、そういう香りを選んだのは非常に日本人らしいと思いました。

―ただ清潔に宇宙空間で生きるだけではなく、住環境の充実としての観点を大事にしているわけですよね。

志水氏 はい、そうです。若田宇宙飛行士から、実際に宇宙で使用した際の感想を早く聞きたいですね。

―今後、どのような展開があるのでしょうか。

志水氏 THINK SPACE LIFEでもよく強調されていますが、宇宙での困りごとの解決が地上での課題解決にもつながるという観点を大事にし、地上での技術応用を考えています。宇宙という極限環境の特徴は、リソースの制約があるということです。これは、夏場の水不足や災害時のライフラインの停止に通じます。こうした場面での活用に向けて開発をしてきたいですね。

またパンデミックであったような隔離環境では、家族からも自然からも離れ、風さえも感じることができません。ちなみに、宇宙飛行士が地球に帰ってきて最初に感じる自然は風らしいです。そして、こうした環境で単調な生活を繰り返すことで抱えるストレスも多くなりますから、こうした場面で効果の高いリフレッシュ方法を生み出すために、宇宙での生活を考えるということが有効になると思っています。

あとは、微小重力では筋肉や骨が弱くなっていきますが、地上でもフレイルや生活習慣による運動不足に起因する健康課題があります。こうしたことは、大事だけど対処できてこなかった社会課題でもあります。極限環境での課題は地上の社会課題でもあるという観点があると思います。

―宇宙での生活課題は地球での生活課題にも直結するわけですね。

志水氏 宇宙では極限環境としての課題でも、地球では日常の課題であることもあると思います。例えばムスリムの人々はアルコールを用いることができませんから、アルコール不使用の技術はムスリム向けの生活用品にも繋がる可能性があります。また、床ずれを起こしてアルコールが染みる状態になっているような人にもこの技術が応用できるのではと期待しています。

あとはアウトドアですね、こういう環境ではお風呂に入れないことも多いのでニーズがあるのではないでしょうか。宇宙向けに開発した製品の技術を地上での用途にマッチした形で応用し、新しい製品を作って人々の困りごとを解決していきたいですね。

―最後に、今後の宇宙開発への期待をお聞かせください。

志水氏 衣食住の住の部分はQOLに直結します。本当に月に住を拡張していけたらこれはすごいことだと思います。その時は新しい人類に進化、拡張するというくらいの大転換だと思います。そしてその時、宇宙での住は地球上での住とは全く異なる価値になっていると思います。私たちは、化粧品というカテゴリーで役立てる部分はどこなのかということを考え続けていきたいですね。2040年ってあと20年もないですから、そんな近い将来に実現する世界というのは非常にワクワクします。

以上、株式会社マンダムのスキンサイエンス開発研究所 副所長 志水弘典氏のインタビューでした。日用品であっても宇宙に持っていくとなると特殊な事情がいくつもあり、新たに解決しなければならない課題がたくさんでてきます。しかし、そうして新たな課題が生じるからこそ発想が広がり、人類の生活を豊かにしていくきっかけになるのでしょう。若田宇宙飛行士は現在ISSでこのボディシートを使用していることと思いますが、その感想を聞くのが楽しみですね。

                                               SPACE Media編集部