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推薬生成プラントの建設で月面インフラを構築!- 日揮グローバル株式会社

月で人間が長期滞在するには生活環境を支えるためのインフラが必要であり、その足掛かりとして、月に存在する水を利用した推薬生成プラントの建設が構想されています。そして、プラントエンジニアリングを手掛ける日揮グローバル株式会社(以下「日揮グローバル」)は、その知見を活かして月面推薬生成プラント構想の中核を担っています。そこで、今回のインタビューでは日揮グローバルのデジタルプロジェクトデリバリー部の方々にお話を伺いました。

左からデジタルプロジェクトデリバリー部 部長代行 宮下俊一氏、DX技術探求グループ 月面プラントユニット 森創一氏、田中秀林氏、横山拓哉氏

月面推薬生成プラントを中心とした月面産業の構想

―本日はよろしくお願いします。貴社は月面推薬生成プラントの構想を掲げていますが、これはどのようなものなのでしょうか。

田中氏 月面推薬生成プラントとは、月にある氷から水を作り、その水を電気分解して水素と酸素を取り出して、ロケットの推薬 (推進薬) に用いる液体水素と液体酸素を得る設備です。月では南極・北極域に水資源があるとされており、日揮グローバルは推薬生成プラントを足掛かりとして水を起点とした月面インフラの構築を狙っています。

水, 男, ボート, 立つ が含まれている画像

自動的に生成された説明
DX技術探求グループ 月面プラントユニット 田中秀林氏

月面推薬生成プラントによる月面インフラの概要
Credit:日揮グローバル

この計画の背景には、2020年代に月面に宇宙飛行士が降り立ち、2040年代に民間人の月面滞在を目指すという世界的な動きがあります。月面での滞在を実現するには、月面でのインフラ整備が必要になります。そして、水および水素と酸素は、ロケットの推薬としてだけではなく、様々な用途で役に立ちます。例えば水と酸素は人間の生存や植物の生育に必要ですし、水素と酸素は燃料電池を介して各種設備や移動手段の動力になります。また、水素を還元剤として用いれば月の鉱物資源から酸素と還元金属を取り出せます。つまり推薬プラントを核として、様々なインフラを広げることができるのです。私達は推薬プラントを2040年に完成させることを目標としており、このプラントが月面インフラの礎になればと考えています。

月面スマートコミュニティ(Lumarnity :Lunar Smart Community)の構想図
Credit:日揮グローバル

―日揮の知見をどのように活かせるのでしょうか

田中氏 私たちの強みは、プラントエンジニアリングで培った数多くの技術知見ですが、分かりやすい例としては厳しい環境における設計とプロジェクト遂行経験が挙げられます。日揮グローバルはこれまで、文明圏から孤立したジャングルや、気温が50℃を超えるような砂漠、逆にマイナス50℃を下回るような永久凍土などの極限環境でプラントを建設してきました。これらの経験は月面という厳しい環境での開発にも通ずると思います。100~200度に達する昼夜の温度差、真空、低重力、隕石など厳しい条件は枚挙にいとまがありませんが、前述のジャングル・砂漠・永久凍土に続く私たちの新しい挑戦として取り組んでいます。

ボトムアップで発足した月面開発プロジェクト

―このような構想に取り組むに至った経緯についてお伺いしていきたいと思います。まず、これまでどのような宇宙事業を行ってきたのでしょうか。

森氏 日揮グループでは、1980年頃から2000年頃までの期間に様々な宇宙事業を行っていました。例を4つ紹介します。1つ目は、国際宇宙ステーションにおける微小重力環境サービスをロシアが始めるということで、その仲介の業務を請け負っていました。2つ目は、NASDA (現JAXA) から受けていた安全や品質保証分析に関する業務です。3つ目は、宇宙での食糧としてエスカルゴを活用するというプロジェクトで、たんぱく質が豊富なことや雄雌の区別なく繁殖できるという点に着目して、宇宙空間での飼育技術の確立に向けた基礎実験を行っていました。4つ目は、エネルギア社との共同による宇宙ステーション用のロボットアーム開発です。その後、バブル崩壊の影響もあり、これらの事業は次第と縮小していきましたが、2018年頃から社内で新たな動きがあり、現在の月面プラント事業が始まっていきました。

DX技術探求グループ 月面プラントユニット 森創一氏

―月面プラント事業はどのような組織で行っているのでしょうか。

森氏 社長直下のデジタルプロジェクトデリバリー部の中にDX技術探求グループというものがあり、その一つに月面プラントユニットという組織があります。この月面プラントユニットは専任が3人、兼任が2人、JAXA出向が1人、そして他部門から20名程度の協力があるという体制です。2020年に正式な組織としてユニットになりました。

―どのような経緯で立ち上がったのでしょうか。

森氏 社内に新しい技術の検討を行っているワーキンググループがあり、その活動の中で、深浦という社員から月面プラント開発に日揮グループが貢献できるのではないかという提案がありました。彼は大学でロケットサークルの代表を務めており、宇宙業界の人脈も多くありました。そして、月面プラント調査案件が始動しました。

一方で、社内の若手で50年後の日揮グループの事業を考える会において、宇宙がテーマとなり、私の親友の父がロケットを作っていたということから私がこのテーマを担当することになりました。そして2019年に国際宇宙探査シンポジウムにてトヨタの月面探査ローバー開発に感銘を受け、日揮グループも何かできるはずだと社内に報告したところ、部門の調査案件として活動を認めてもらうことになりました。その後、この活動が月面プラント調査案件と合流することになりました。

2020年に、宇宙を目指すことに会社の上層部も前向きに考えることとなり、会社の横断的な活動として格上げされました。そして、12月にデジタルプロジェクトデリバリー部の下に月面プラントユニットが発足しました。

―大企業にありがちなトップダウンではなく、森氏と深浦氏が熱意を持ってボトムアップで進めてきたのですね。

宮下氏 はい、ボトムアップですね。若いエンジニアが熱を持って進めてきた取り組みが、2040年に向けた日揮グループのビジョンと親和した結果でもあります。

―月面プラントユニットの発足から現在まで、どのような活動をしてきたのでしょうか。

森氏 2021年6月にはJAXAと連携協力協定を結び、推薬生成プラントについて共同で検討することになりました。電気分解や液化などの個々の技術はJAXAが別の企業と既に検討していますが、我々は全体のシステムをどのように構築するかを検討しています。

また、同年12月には農林水産省のスターダストプログラムで、「月面等における長期滞在を支える高度資源循環型食料供給システムの開発」という案件の参画企業として選定され、月面基地の模擬施設の設計をすることになりました。

2022年は、日刊工業新聞社が主催している月面開発フォーラムでの発表や、月面プラントコンセプト動画の作成、国際宇宙会議や宇科連での発表など、対外的な発信も盛んに行っています。また、衆議院議員小林鷹之先生、大野敬太郎先生編著の“解説「宇宙資源法」”という本が出版され、日揮グローバルから宮下が寄稿しました。2023年2月には、国際宇宙産業展に出展しております。

国際宇宙会議での日揮グローバルの展示ブース
Credit:日揮グローバル

日揮グループが担う月面開発の使命

―宇宙ビジネスをする際の顧客は誰になるのでしょうか。

森氏 月面プラントといっても民間企業にとってはまだピンとくるものではなく、最初に経済循環が起こる基盤としてのプラントを建てるのは国の仕事になると思っています。ですから、最初の顧客は国なのかなと想像をしています。その後、水が潤沢にあることが分かってプラントをたくさん建てていくことになった場合は、現在の地球上での石油プラントの市場と同様にして、民間企業が顧客になっていくでしょう。

田中氏 現在、各種イベントに出展している目的は、まず宇宙業界でプラントエンジニアリング業界や日揮グループが月面開発に貢献できると認知してもらうことです。そして、月面進出が進んで実際に月面でのモノづくりを行う際に、一緒に取り組める仲間を集めていきたいと思っています。

―JAXAと連携協力協定を結んでいるとのことですが、どのような経緯で結ぶことになったのでしょうか。

森氏 JAXAが描いている国際宇宙探査シナリオに推薬生成プラントの構想がありました。そこに着目して、日揮グループが貢献できないかということで深浦がJAXAにコンタクトを取ったのがきっかけです。

宮下氏 JAXAのイノベーションハブでは様々な技術の検討をしていますが、各要素を組み合わせて実現に結び付ける動きが必要です。プラントの分野で機能や人材のスペシャリティを集めてソリューションを出し、月面プラントを実現していく。この役割を私たちが担っていきます。

水, 男, テーブル, スーツ が含まれている画像

自動的に生成された説明
デジタルプロジェクトデリバリー部 部長代行 宮下俊一氏

―いままでのプラント開発と異なるのはどのような点でしょうか。

横山氏 地球上とは異なるより厳しい環境での開発になるというのは先述しましたが、もう一つはスケジュールです。エネルギープラント建設では顧客の要求にも依りますが受注してから通常4~6年で完工・稼働させることが求められます。しかし、月面プロジェクトでは2040年完工・稼働というマイルストーンが先に有り、必要となる技術開発も含め、そこからバックキャストしながら、いつまでに何をするべきかという計画を立てています。また、通常は日揮グローバルが主導し、顧客やベンダーと調整しながらスケジュールを決めていきますが、宇宙・月面開発は要素技術開発の状況や、月面への輸送など、日揮グローバル単独で決められない要素も多く、関連する宇宙開発状況も含めて進めていくので、その点も異なりますね。

DX技術探求グループ 月面プラントユニット 横山拓哉氏

―今後の展望についてお聞かせください。

宮下氏 日揮グループとしてVision 2040があり、会社としてPlanetary healthの向上を目指して取り組みを進めています。私たちは、その中の産業都市インフラの分野で国内外問わず守備範囲を広げていこうと思います。2040年という指標がありますが、ビジネスにするにはもっと早い段階で収益を得られるようにしていかなければなりませんし、いきなり月面開発という壮大な話をしても難しいので、まずはDXやIT関連でできることから取り組もうということで、IT Grand Plan 2030というものを掲げています。ここでは、スマートコミュニティといって、デジタルを生かしたコンパクトなコミュニティの構想を考えています、そして、その延長線上に月面でのスマートコミュニティ「Lumarnity® (Lunar Smart Community)」を構想しています。

エンジニアが働いている姿の構想図がありますが、ここでは月面でプラントを作りながら地上からデジタルで状況を把握して判断しています。地球のオフィスにいながら、月面の宇宙飛行士とコミュニケーションをとって、月面開発の作戦会議を行うというイメージですね。

エンジニアが働いている姿の構想図
Credit:日揮グローバル

以上、日揮グローバルのインタビューでした。大企業でありながら、月面推薬生成プラントという壮大な構想を社員によるボトムアップの活動で発足させてられるというのが印象的でした。まだ始まって数年のプロジェクトではありますが、これから研究開発が進み、月面での開発が進んでいく動きに期待したいと思います。

                                      SPACE Media編集部