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美容業界が宇宙視点で新しい発想!- 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス

人類の宇宙進出が進んでいくと、地上生活でのQOL向上を宇宙でも検討し、快適さを追求していく必要があります。その一つが化粧やスキンケアといった美容です。そこで、今回のインタビューでは、美容業界の企業でありながら宇宙関連と取り組みを実施している株式会社ポーラ・オルビスホールディングスのMultiple Intelligence Research Centerのキュレーションチームリーダー・近藤千尋氏にお話を伺いました。

近藤千尋 Multiple Intelligence Research Center キュレーションチームリーダー

新しい問いを見つけて研究の多様性を広げるMIRC

―本日はよろしくお願いします。化粧品を中心に手掛ける貴社では、研究所から宇宙ビジネスへの取り組みが始まったと伺いました。まず、研究体制の概要についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

近藤氏 私たちの会社には、研究企画を行うMultiple Intelligence Research Center(通称MIRC, ミルク) と、研究を実際に行うFrontier Research Center (通称FRC)という組織があります。MIRCは研究の戦略策定や研究投資をしており、3つチームで構成されています。1つはR&D戦略チームで、研究企画の中枢機能を担っています。2つ目はコクリエーションチームで、新しい技術を使って外と共創しながら事業にしていくというアウトプットの多様性を担うチームです。そして、私が属するキュレーションチームは、インプットの多様性を確保するチームです。

キュレーションチームは通称「ぶらぶらチーム」と呼ばれており、国内外どこに行っても良い、どこをぶらぶらしても良い「ぶらぶら研究員」のチームです。何か新しい技術、ニーズ、人を見つけるという役割を担い、R&Dの戦略やアウトプットに繋げていきます。

―楽しそうな通称ですね(笑)。 研究の種になるものを見つけるということですね。

近藤氏 そうですね。問いを見つける部隊だと思っています。MIRCのロゴはCの部分が?マークになっており、非常に気に入っています。一方で基盤研究チームであるFRCのロゴは、Cの部分が!マークになっています。これは、MIRCが見つけた独自の問いに対して研究所のチームが技術で解を見つける、という意味が込められています。

MIRCとFRCのロゴ
Credit: 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス

―面白くて分かりやすいロゴですね。どのような経緯でこうした体制になったのでしょうか。

近藤氏 2017年にグループ全体の企業理念が変わり、「感受性のスイッチを全開にする」という理念になりました。ここで化粧品という文字が無くなったわけですね。私たちのグループは創業から90年を超えていますが、元々は創業者が奥さんの手荒れを治すクリームを作るというところから始まり、生活をちょっとでも美しくすることを目的としていて、そのツールが化粧品だったわけです。ですから、新しい理念では美の部分を維持したまま、化粧品という枠にとらわれずに新しい展開を広げていこうという方針になりました。

そこで、研究所の組織を変えることになり、2018年1月にMIRCとFRCができました。元々は化粧品のために肌を対象とした研究をしていましたが、人生を美しくするという観点から肌だけではなく人全体を対象にし、研究の体制も見直せるのではとなりました。これまではシワやシミはどうしてできるのかといったことが関心の対象でしたが、さらにインプットを広げて、「美」の背景となる多様な分野の問いを扱うために、ぶらぶらチームができました。チームができてからロゴができるまで半年くらいありましたね。

イノベーションを生み出すための宇宙視点

―そこから、どのような経緯で宇宙に取り組むことになったのでしょうか。

近藤氏 研究体制が新しくなってから、化粧品だけでなく、もっと広く人間の活動を対象とすることになりました。そこでイノベーションとはなんだろうと考えた時に、シュンペーター(オーストリアの経済学者。イノベーション理論を確立)の「新結合(これまで組み合わせたことのない要素を組み合わせることによって新たな価値を創造する考え方)」で進めるという形になりました。そして、何か別のものと掛け合わせて新しいものを出す際に、今まで考えていなかったなるべく遠いものと掛け算しようということで、宇宙を切り口にした発想で新しいアイデアや問いを出していこうということになりました。

―最初に宇宙のキーワードを出した時の社内の反応はどうでしたか。

近藤氏 思いのほかよかったですね。2018年に、内閣府のS -Boosterというビジネスアイデアコンテストにスポンサーとして参加することになり、また同時にエントリーしたい人を呼びかけたら反応があり、4件応募することになりました。若手社員だけでなく、50歳越えのベテランの方々も応募しており、宇宙のロマンに惹かれている人達って一定数いるのだなと思いましたね。研究員だけではなく、事業部と連携して取り組みたいという人もいて、宇宙というキーワードで自然と横のつながりができていきました。

2018年のS-Boosterに4件出し、ファイナルに2件残ったものの、その年は賞を取ることができませんでしたが、手ごたえはありました。そして、いいアイデアだったし諦めきれないということで、2019年に再挑戦しました。2018年の取り組みを周囲で見て触発された人も多く、前年よりも多い人数で臨みました。そして、「美肌ウェルネスツーリズム」という、衛星データを使ってツーリズムを作るプランが、ANAホールディングス賞という賞をいただくことができました。これをきっかけに、宇宙関連の取り組みが加速していきましたね。

―社外からの反応はいかがでしたか?

近藤氏 なんで化粧品会社が宇宙に?という反応でしたね(笑) 。ただ、私たちはマルチブランド戦略といって、尖ったブランドをいくつも持つという戦略をとっていて、少人数でもいいから誰かに強く刺さるものを作りたいという人たちが多いので、外に出た時に変な人・変わった人だと思われるのは誉め言葉として捉えています。ですから、違うフィールドで戦うことを楽しめるし、そこで得られた新しい知見や経験を生かしていこうというマインドを持っています。なので、宇宙業界に進出するというのは向いていたことだと思います。

宇宙×化粧品が持つ可能性

―現在はどのような宇宙ビジネスを行っているのでしょうか。

近藤氏 2つのプロジェクトが進んでいます。1つはウェルネス関連で、ANAとの協力で地方の資源を美肌やウェルネスという観点で見直すという「美肌ウェルネスプロデュース」を実施し、事業化の検討をしています。これはS-Boosterで賞をいただいたのがきっかけで、島根県と共に三者で包括協定を結んで進めています。もう1つはこのプロジェクトを進める中で派生した化粧品のプロジェクトで、宇宙で使う化粧品を作る取り組みを行っています。私たち研究所だけでなく、事業会社側であるポーラも協力する形で進めています。

一度宇宙を挟むことで、様々な再発見がありますね。地方資源を活用したウェルネスの話では、最初は衛星データの活動を中心に考えていましたが、地元の人と話す中で巡り巡って現在は温泉が肌に与える影響について研究しています。気候や気象条件、生活の周りにあるものについて考える中で、天然資源はある意味で美容アイテムなのではないのかということになり、温泉に至りました。また、島根県と協力することになって以降、他の県の事業者さんからも声をかけていただいたりしています。

Credit: 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス

―宇宙で使う化粧品というのはどのようなものでしょうか。

近藤氏 例えば、宇宙の場合は宇宙船に持ち込める原料に制限があり、そうした要求を満たす製品にする必要があります。また、使用シーンを想定すると様々な制約があります。使える水が限られている、生活のリズムや生活の中で求めるものが違う、重力の環境も違う、といったことです。そうなると、原料や剤形、使用法や効果はどういうものが宇宙で適しているのかを、すべて1から考え直すことになります。ですから、容器担当、内容物の剤型担当、皮膚科学の専門家など、様々な人材が横断的に集まって検討しています。また、宇宙でスキンケアをする意味についてもブランド側と協力して考え、製品構成を作っています。

―宇宙空間でスキンケアやメイクをする意味として、メンタル面の効果もありますか?

近藤氏 そうですね。スキンケアやメイクが持つ感性的な機能は昔から研究されており、良い効果があることが知られています。我々の研究所でも過去、化粧品の手触り感によって気持ちがどう動くかといった研究をしたこともありますね。男性の宇宙飛行士にも使ってもらいたいと思っていますし、スキンケアという行為がどういう効果を持つのかを議論しています。実際に試すことができないので、どこまで現実的に可能なのかという視点も大切にしながら考えています。

―宇宙で化粧するという行為はまだ全然行われていないので、考えるのが大変そうですね。

近藤氏 はい、誰も行ったことが無いので、みんな想像力を働かせながら、できるだけ広く考えて話し合っていますね。ただ、地上に比べて極端な環境なので、ある意味で考えやすいです。新しい発想で今までにない研究仮説を立てることができますから、思考がストレッチされますね。

―最後に、今後の展望についてお聞かせください。

近藤氏 今回の2つの取り組みでは、宇宙と掛け算して新しい発想を生み出すという当初の目的を達成できていると思っています。やってみて思うのは、宇宙だけを考えるのではなく、自分たちがやっていることや地上の何かを見直すことに繋がるということです。宇宙だからこそ今までになかった使い方があるという気づきがあります。そしてこれから、実際に宇宙で新しいことをやってみたらさらに発見があり、それを地上での使い方に対するインスピレーションにしていくこともできると思います。この先、具体的な形にしていけることを楽しみにしています。

以上、株式会社ポーラ・オルビスホールディングスのMultiple Intelligence Research Centerのキュレーションチームリーダー・近藤千尋氏のインタビューでした。新しい研究体制の下でイノベーションを起こすべく宇宙に思い至り、ビジコンでの受賞や実際のプロジェクト始動まで進めています。宇宙からの視点で柔軟に新たな発想が生み出せるというお話から、ワクワクするような新しい取り組みがこれから先もどんどん始まるのだろうと感じました。宇宙進出のその先、充実した宇宙生活の実現を担う企業として、注目してまいりたいと思います。

                                           SPACE Media編集部