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(後編)地球と宇宙をつなぐ「宇宙エレベーター」の実現へ!- 株式会社大林組

宇宙に行く手段といえばロケットですが、もっと安く高頻度に地球と宇宙を行き来が可能な宇宙エレベーターの構想はご存じでしょうか。アイデアは古くからありましたが、2012年に株式会社大林組が具体的な構想を発表し、大手建設会社による構想ということもあり注目を集めました。構想発表から11年、後編のインタビューではいよいよ宇宙エレベーター構想の詳細をお聞きします。

本記事は二部構成の後編となります。

天高く伸びる宇宙エレベーター構想

―建設の知見を活かし、本当に幅広く宇宙開発に携わっていますね。では、本題の宇宙エレベーターについてお聞きしたいと思います。はじめに、宇宙エレベーターの概要についてお聞かせください。

渕田安浩 技術本部 未来技術創造部 副部長

渕田氏 宇宙エレベーターとは、地上から宇宙まで伸びる非常に高い建造物であり、これを伝っていくことで人や物を宇宙まで運んでいくことができます。現在、宇宙に行く方法はロケットしかありませんが、大量の推進剤を消費しながら莫大なエネルギーで加速する必要があります。ロケット全体のほとんどが推進剤で、推進剤で推進剤を運んでいるわけですから、運ぶ人や物 (ペイロード) を数%しか搭載できないということが物理法則で決まっています。毎回の打上げは大変でコストがかかってしまいますし、事故が起きた時の危険も高いです。

―宇宙エレベーターだとその課題が解決できるのでしょうか。

渕田氏 エレベーターを昇っていく乗り物をクライマーと呼んでいますが、そのクライマーに地上や宇宙から電力を供給することで推進剤を搭載する必要がなくなり、たくさんのペイロードを運ぶことができます。ロケットでの輸送は1kgあたり100万円程度ですが、宇宙エレベーターなら1万円程度で実現できると試算しています。また、宇宙エレベーターはトラブルがあったとしてもその場に止まるだけならすぐに事故になるわけではありません。ロケットの場合はすぐに脱出するかそのまま墜落するかです。そして、宇宙エレベーターの構造物は使い捨てではないので、高頻度の大量輸送ができますね。ガスの噴射もないので環境への負荷も少ないです。

―実現すれば魅力的な手段になるということがよく分かりました。ただ、どのようにしてそんなに高い構造物を支えるのでしょうか。

渕田氏 遠心力を使って支えます。地上の建造物は重力に引っ張られて下向きの力を受けていますが、地球からもっと遠いところまで伸ばしていくと、今度は遠心力で上向きの力を受けることになります。遠心力を生むための重りをカウンターウエイトと呼びますが、これを地球とは反対側の部分に配置することで、重力と遠心力が上手く釣り合うようにします。

参考資料:
https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html

―なるほど。各地点に色々なものが設置されていますが、これは何でしょうか。

渕田氏 まず一番下のアース・ポートは地球上の発着点です。そして、火星重力センターと月重力センターは、重力と遠心力のバランスによって火星と月の重力環境が再現されている地点で、ここで火星や月面での開発に向けた実験を行います。低軌道衛星投入ゲートは、高度300kmの地球低軌道に投入するのにちょうどいい速度を持った地点で、ここまで衛星を低コストで運んで、軌道上に投入します。そして、静止軌道ステーションが宇宙エレベーターのメイン施設になります。この高度3万6000kmの地点では重力と遠心力が釣り合っており、この軌道にある衛星は地球の自転と同じ速度で周回します。この地点から多くの衛星を投入したり、宇宙太陽光発電設備を配置させたりします。あとは、ここより遠くの地点では、地球の重力より遠心力の方が大きいため、その場所から宇宙船を放出するだけで効率よく他の天体に向かうことができます。

静止軌道ステーション構想図

宇宙エレベーターができるまで

―宇宙エレベーター1つでこんなにもたくさんの用途があるのですね。宇宙エレベーターはどのようなきっかけで構想することになったのでしょうか。

石川洋二 技術本部 未来技術創造部 担当部長 工学博士

石川氏 大林組には不定期発行の広報紙があり、社内で毎回テーマを決めて未来構想や過去の復元構想を発表しています。そして、東京スカイツリー®が竣工する2012年に発行された「タワー」では、東京スカイツリー®が世界一高いタワーになるということで、究極のタワーとして宇宙エレベーターを取り上げることになりました。そして広報紙の担当者が、かつて宇宙事業に取り組んでいた私に声を掛け、プロジェクトがはじまりました。

―声をかけられてから、どのように構想を練り上げていったのでしょうか。

石川氏 2011年2月に社内の技術者が様々な分野から横断的に集められました。施工、土木、気象の担当など、計7名で宇宙エレベーターの検討を始めました。そこから1年かけて、スカイツリーの竣工に間に合うように構想を固め、2012年の2月に構想を発表しました。

参考資料:

「宇宙エレベーター」建設構想https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/upload/img/053_IDEA.pdf

―すごいですね!非常に細かいところまで考察されています。構想の発表による反響はいかがでしたか。

石川氏 大林組の広報紙で未来構想を発表すると、毎回国内から反響があるのですが、この宇宙エレベーター構想は国内だけでなく国外からも多くの反響がありました。これを受けて、宇宙エレベーター実現を目指した研究開発を本格的に進めていくことになりました。

―様々な分野の技術者が関わっているとのことですが、どれくらい広い分野にまたがっているのでしょうか。

石川氏 例えば、アース・ポートは陸上にホテルがあって海上にメインの離発着基地を建設することを考えているのですが、海上の浮体構造物は海洋土木を専門にしている人が設計に取り組みます。そして、津波関係の知見を有する技術者も協力する。スカイツリーの施工に関わった人は宇宙エレベーターをどう建設していくかを検討する。そして気象が専門の人は、台風を避けるといった観点で建設予定地を検討していく。これくらい広い分野の技術者が関わることになります。

アース・ポート構想図

―たくさんの技術者がいる建設会社の強みを感じますね。アース・ポートの建設予定地はどこなのでしょうか。

石川氏 その点はまだ非公開ですね。ただ赤道上だと最も効率が良いので、そのどこかになるでしょう。また建設のスケジュールに関しては、現在確定していることはありません。2012年に発表した時点ではキリのいい2050年完成という形で、2025年から建設を開始するというタイムスケジュールを作成しましたが、これは技術開発が順調に進んだ場合という条件での最速のスケジュールとして提示したものです。実際に取り組んでみると研究開発は大変で、現在は具体的な完成日は想定していません。

―建設には25年かかる見込みなのですね。

石川氏 アース・ポートから伸びるケーブルはカーボンナノチューブで造りますが、想定している長さと太さの完成形のケーブルの施工に20年近くかかります。ですから、アース・ポートを含めた全体の工期としては少なくとも25年くらいの期間は必要ですね。

宇宙エレベーターの建設方法

―宇宙エレベーターの研究開発における課題はどのようなものがあるのでしょうか。

石川氏 様々ありますが、代表的なものを3つ挙げると、長いカーボンナノチューブの製造、クライマーの開発、クライマーへの電力供給です。

―1つずつ伺いたいと思います。そもそも、宇宙エレベーターのケーブルはなぜカーボンナノチューブでなくてはいけないのでしょうか。

石川氏 宇宙エレベーターというアイデア自体は古くからありました。ただ、重力と遠心力が釣り合って倒れないとはいえ、この両方の力でケーブルが強く引っ張られるわけですから、その引っ張りの力には耐えられなくてはいけません。ならばケーブルを頑丈にたくさん補強すればいいかというとそれではだめで、重力も遠心力もケーブル自体の重さに比例するので、強いかつ軽い素材が必要です。しかし、十分な強さと軽さを兼ね備えた素材が存在しなかったため、宇宙エレベーターのアイデアは夢物語にすぎませんでした。ところが、十分な強さと軽さを持ったカーボンナノチューブが1991年に発見され、宇宙エレベーター実現の可能性が生まれました。

―なるほど。カーボンナノチューブは、宇宙エレベーターを実現するための唯一の素材なのですね。

石川氏 はい。ところが、長いカーボンナノチューブを製造する技術はまだなくて、現在用いられているカーボンナノチューブは、リチウムイオン電池を長持ちさせる添加剤としての用途が多いのですが、長いケーブルとしての用途はありません。私たちはケーブルが欲しいので、これを特注で化学メーカーにオーダーしなくてはなりませんし、まだその技術もないというところですね。

―クライマーの開発というのはどのような課題でしょうか。

石川氏 10万kmも登ったり下ったりするクライマーというのは、動きは単純かもしれませんが、それを実現するのはとても大変です。日本に宇宙エレベーター協会というものがあり、宇宙エレベーターチャレンジを毎年やっています。このコンペティションでは、気球でたとえば1kmの上空から通常のケーブルを垂らし、参加者は開発したクライマーを持ち寄ってそのケーブルを登ったり下ったりします。しかし、最大でも1kmを何往復かできる程度で、10万kmには桁違いに足りません。

―なるほど。3点目の電力供給というのはどういう課題でしょうか。

石川氏 冒頭で述べたように、ロケットとは違って推進剤を搭載しなくてよいというのが宇宙エレベーターの利点です。宇宙太陽光発電か、地上設備で発電した電力を、ケーブル上にあるクライマーに送る必要があり、いま考えているのは無線で送るというものです。数万キロの距離を無線で電力伝送する技術を実現しなくてはなりません。この技術は、宇宙太陽光発電の分野で、宇宙で発電した電力を地上に送電するという技術の研究と共通するものですね。

静止軌道ステーション構想図

―どれも、スケールがあまりに大きいからこその課題という感じがしますね。ちなみに、スペースデブリがケーブルに当たる危険はないのでしょうか。

渕田氏 かなり細い構造物ですから、当たる確率は相当低いと思います。ただ、万一当たったら大きな損傷になりますので、かわす手段も考えています。

―どのようにデブリをかわすのでしょうか。

石川氏 一般には少し馴染みのない物理の話になりますが、回転しているものの上で物体が動くとコリオリ力という力が働きます。台風が渦を巻くのもコリオリ力の働きですね。そして、地球の自転と同じ速度で回転しているケーブルの上でクライマーが上下すると、クライマーに横向きのコリオリ力がかかるので、この力でケーブルを動かすことができます。

―そんなことができるのですね!挙げられた課題はどれも各要素の技術開発的な点でしたが、宇宙エレベーターの建設自体は大変ではないのでしょうか。

石川氏 当然今までにはない困難があるとは思います。しかし建設会社ですから、これらの課題に比べればなんとか克服することができるのではないかと思っています。

―最近進んだ研究にはどのようなものがありますでしょうか。

渕田氏 ちょうど実験の試験体を持ってきているので、その話を紹介したいと思います。宇宙空間には宇宙線がたくさん飛んでおり、これがカーボンナノチューブにどのような影響をもたらすかを実際の宇宙空間に晒して実験しました。まず一番上の黒い線がそのままのカーボンナノチューブで、カーボンナノチューブを1000本くらい集めて1本のより糸を作っています。1本あたり20nm(ナノメートル、1nmは100万分の1mm)くらいの太さです。先述した通り、長いカーボンナノチューブは作れないので、よった形にして宇宙に持っていきました。

船外曝露試験の試験体

―これが、実際に宇宙に行ったカーボンナノチューブですか。

石川氏 実験は2回行いました。1回目はそのまま持っていき、劣化するかどうかを調べました。地上に戻ってきた試料を調べた結果、より糸の表面に若干のダメージが認められました。地上で行った対照試験の結果もあわせて、ダメージの原因は、宇宙線や紫外線ではなく、宇宙実験を行った国際宇宙ステーションが飛んでいる高度に多く存在する原子状酸素であることをつきとめました。どのように劣化するかが分かったので、2回目に劣化対策をして実験を行いました。茶色い線がその糸になります。金属コーティングをすることで、原子状酸素の影響を防ぐことを試み、実際に改善できることを確認しました。これは、JAXAの宇宙施設利用の公募に採用されて行った実験ですね。

―JAXAとも協力して進めているのですね。国外との関わりはあるのでしょうか。

石川氏 国際宇宙航行アカデミーという、宇宙工学分野で権威ある国際的なアカデミーに参加し、国際的な協力体制を築いていますね。また直接は関係していませんが、私たちに続いてアメリカやカナダの企業が宇宙エレベーターの計画を出していますね。

―なるほど。これからの進展にも期待したいと思います。本日はありがとうございました。

石川氏 まだ解決すべき課題は多いですが、構想発表から11年の間で地道に研究開発を行い、着実に進んでいます。施工開始、そして完成まではまだ長い時間がかかりますが、これからも研究開発を進め、必ず宇宙エレベーターを実現し、人類の発展に貢献していきたいと思います。本日はありがとうございました。

以上、株式会社大林組の技術本部 未来技術創造部の担当部長・石川洋二氏、川上好弘氏、副部長・渕田安浩氏のインタビューでした。スケールの大きな話に圧倒されましたが、非常に分かりやすく説明していただきました。そして非常に細かいところまで技術検討をし、研究開発を着実に進めており、宇宙エレベーターがいずれ現実になるのだと感じました。

                                      SPACE Media編集部