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自動改札の保全技術を人工衛星に転用?!- 西日本旅客鉄道株式会社

人工衛星の運用において、故障への対応というのは一つの大きな課題となっています。というのも、地上のシステムとは異なり修理ができず、故障を予防するための整備や点検も困難だからです。そこで、国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)と手を組み、AIを活用した故障の予測技術を開発しています。今回のインタビューでは、西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 データアナリティクスの横山亮磨氏、橋本祐典氏、河野良祐氏にお話を伺いました。

左から河野良祐氏、横山亮磨氏、橋本祐典氏
Credit: JR西日本

JR西日本のデジタルソリューション本部

―本日はよろしくお願いします。はじめに、貴社のデジタルソリューション本部の概要についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

横山氏 私たちはデータアナリティクスというチームで働いておりますので、こちらの紹介をしたいと思います。私たちは「BEYOND the RAILWAY」というスローガンを掲げ、鉄道分野を超えた取り組みをしていくことを目標としています。ミッションは、データに基づいた意思決定を実現し、社内だけではなく社会全体の生産性向上に寄与するということです。

指針として3つの「はかる」をキーワードにしています。まずはデータを計測する「測る」。続いて、解決するためのニーズや課題を推量する「量る」。そして、どのように価値を創出するかを企図する「図る」です。

2017年に4人でスタートしたチームですが、現在は45人にまで拡大しました。最初はCBM(※)の領域から取り組み、取り扱うデータの領域を広げてマーケティング領域にも繰り出しています。

※CBM: Condition Based Maintenance

設備の状態を常に監視し、その状態に応じて整備することで、故障を防止するという考え方/保全方法。

―具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。

横山氏 例えば、自動改札機の故障予測というものがあります。弊社が運用している2000台の自動改札機の全てを対象として、自動改札機が1週間以内に故障する確率を機械学習により予測しています。今までは年7回の定期点検を行っていましたが、このシステムを導入し、壊れそうなもののみを選んで点検することで、総点検回数を3割程度削減することができました。更に、故障発生件数も2割削減することができています。

自動改札機の故障予測システムイメージ
Credit: JR西日本

―すごいですね。他にはどのような事例があるのでしょうか。

横山氏 スマートフォンを活用した列車動揺判定システムというのがあります。これは、列車にスマホを設置し、加速度センサと位置情報に基づいて振動データと映像データを可視化し、間接的に線路状態を把握するというもので、アプリケーションとしての実装まで実施しています。

列車動揺判定システムイメージ
Credit: JR西日本

―様々な取り組みがあるのですね。マーケティング領域についてはいかがでしょうか。

横山氏 マーケティング領域としては、弊社にはICOCAやJ-WESTのカードがありますので、これらを活用して個客の動態解析や購買行動解析を行っています。

橋本氏 CBMの領域は基本的にコストセンターなので生産性向上をどう実現するかということが課題になりますが、マーケティングの方はプロフィットセンターということもあって、まず社内で徹底的にデータを使い尽くすということを行っています。弊社にはホテルや物販など様々なグループ会社がありますから、活用の幅は広くあります。そして、グループではリーチできない領域は、サードパーティの皆様に弊社で実施するデータ分析結果を利用した1to1のマーケティング手法をご活用いただき、共同プロジェクトといった形で進めています。

個客データの利用によるマーケティング技術の概要
Credit: JR西日本

―CBMについても他社へ展開していくのでしょうか。

横山氏 そうですね。鉄道分野と言っても、自動改札機など駅務機器のデータ分析による予測モデルの構築や、監視カメラの映像からの情報抽出など、幅広い技術を扱っていますので、他の分野であってもシナジー性が高い他の事業に展開し、ソリューションごとに技術を活用してもらいたいと思っています。

自動改札の故障予測技術を人工衛星の運用に転用!

―JAXAと共同で人工衛星の故障予測にも取り組んでいると伺いました。

横山氏 自動改札機の故障予測技術は社内では精算機・券売機でも活用しているのですが、他にも幅広い業種で展開できる可能性を感じていました。人工衛星においてもデータがとれているなら、この技術が活用できるのではないかということで、JAXAとの共創活動が実現し、宇宙機のヘルスマネジメント事業への検討に進んでいます。JAXAのJAXA 宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)の枠組みで2022年10月から取り組んでいます。

JAXAは民間企業の文化や技術を取り入れたいという意図があり、私たちにもBEYOND the RAILWAYというスローガンがあり、そこでシナジー性が高いと感じました。また、実際に2000台の自動改札機でAIを活用したCBMの運用をしている実績があるということも大きな強みになっています。

ダイアグラム

自動的に生成された説明
JAXAとJR西日本による宇宙機のヘルスマネジメント事業
Credit: JAXA・JR西日本

―宇宙機のヘルスマネジメント実現に向けて、どのような課題点はありますでしょうか。

横山氏 やはり、より早く故障の予測をするための技術的課題が大きいと感じています。故障予測AIを導入するということで、シナジー性は高いのですが、人工衛星は簡単に修理を行えないという点が大きく異なります。故障を予測したとしても、故障するのが数時間後だということでは手立てがありませんが、もっと早い段階で分かれば小さな対処で解決できる場合もあると考えています。

―早い段階でわかると、具体的にどのように対応が変わるのでしょうか。

橋本氏 重大な故障が生じるとなると、その対応のために種々の実験などを中断して、トラブルの対応に取り組まなければならなくなります。しかし、もっと前から故障の可能性が高まることが分かれば、予備のシステムへの切り替えや、業務の優先度を考慮したリソースの振り分けといった対応が可能になると考えています。

―予測のための技術的な課題にはどう対処していくのでしょうか。

横山氏 自動改札機では運用上のニーズから1週間先の故障予測をしていましたが、今回の共創においてはさらに長い期間の予測を試みようとしています。また、私たちはJAXAにAIの知見を共有する一方で、JAXAからは人工衛星の運用に関する情報を共有してもらい、より深い知見までAIに組み込ませることで早い段階での予測ができるようになるのではという仮説を立て、実践しています。

データアナリティクスチームのこれから

―本業での実績を生かして宇宙分野に展開していくという取り組みは非常に興味深いです。

橋本氏 巷にAIベンダーはたくさんいますので、単に予測の精度だけで言えば突出しているわけではありませんが、やはり事業者として実際に故障予測をどうオペレーションに落とし込んでいくかというノウハウを持っていることは、大きな強みだと思います。もしAIのことをよく理解していないと、PoCの段階で「100%の精度が出ないから使えないと」と判断してしまうなどといったことに陥りやすいですが、私たちとしては現場のオペレーションと絡めて予測精度・予測日を設定するなど、現場での有効な利用に繋げられているわけです。そして現在は、JAXAと共に一番解決すべき課題や出すべき精度を探っており、このステップこそが重要だと思っています。

―他社と協業してシステムを構築していくというノウハウも蓄積できるわけですね。

河野氏 宇宙に限らず幅広い分野でデータ利用の技術や実装ノウハウを活用していきたいと思っていますね。また、宇宙領域は特にチャレンジングですから、私たちにとっても、大きな飛躍になります。修理できないなど、宇宙開発では厳しい条件が求められますから、こうした分野での技術開発をすることで他分野への拡大もますます加速していけると思います。既に製造業では、先月にスマート工場EXPOに出展したり、実際に進んでいる案件があったりもしています。

―データ分析の担当者としてはいかがですか。

横山氏 人工衛星のデータを分析できる機会はとても貴重でワクワクしていますし、実装までこぎつけられれば社会的にも意義のある分析になるので、走り抜けたいと思っています。

横山亮磨氏
Credit: JR西日本

―チームではどのような人材を求めていますでしょうか。

橋本氏 主にプロジェクトマネジメントができる人と、データサイエンティストです。分析を担当している横山は元々運転士で、データサイエンティストとして入社したわけではありません。データ分析でも、プロジェクトマネジメントの仕事でも、色々な経験を持った人がいますし、これからも広げていきたいと思っています。

データサイエンスの領域では、通常は外注したりSIerとタッグを組んでシステム構築をしたりしますが、私たちは分析を内製化できるケイパビリティを持っているということで、自社だけで取り組んでおり、これは一つ特徴だと思います。発足から5年経って、鉄道の領域からはみ出した領域にも挑戦していけるチームになっていますし、鉄道技術の分野はフィジカルなデータが集まってきて、マーケティングの領域としてもICOCAやJ-WESTカードのデータ分析からお客様の動態を見ながら1to1のマーケティングに繋げていける、こうしたデータを自ら分析し、結果を業務実装や施策に反映できるのは面白い環境だと思います。興味がある方は是非ご連絡ください。

※採用に関する情報

https://www.westjr.co.jp/company/recruit/

以上、西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 データアナリティクスの横山亮磨氏、橋本祐典氏、河野良祐氏のインタビューでした。AIの導入では、実際の課題解決に繋げていくための運用こそが大切だと言われます。そして、JR西日本では改札の点検において効率化を実現し、その技術やノウハウを人工衛星のヘルスマネジメントに活用するまでになりました。非宇宙企業であっても、知見を活かして宇宙開発に参画することで宇宙産業を発展させると同時に、他の分野にも転用していける技術開発に繋がることが期待されますね。その好例として、今後の活躍に注目です。