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反射材の技術が小惑星イトカワの探査を可能にした!- スリーエムジャパン株式会社

材料分野の技術はよく「工業の縁の下の力持ち」と称されます。材料はすべての分野に共通して重要な技術であり、時には新しい材料の開発が技術革新を引き起こすこともあります。宇宙分野においても材料技術は非常に重要であり、宇宙産業を専門としていない企業であっても、材料の技術を使って宇宙分野で活躍することがあります。今回は、幅広い素材の研究開発を手掛けるスリーエムジャパン株式会社の安全衛生製品事業部・三上俊也氏にインタビューを行い、反射材の技術が小惑星探査に活かされたお話についてお伺いしました。

Credit: スリーエムジャパン株式会社

小惑星探査の鍵となったスリーエムの反射材技術

―本日はよろしくお願いします。はじめに、貴社の概要についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

三上氏 スリーエムはアメリカで設立され、120年が経過しています。その後、世界75カ国に拠点を置く企業となり、全体の売り上げは4兆円、社員数は10万人ほどです。スリーエムジャパンは100%アメリカ本社の子会社で、2022年度は3,427億円の売り上げを得ています。日本法人としては国内に24の拠点があります。

スリーエムは鉱山の産業から始まっています。スリーエムの社名はMinnesota Mining & Manufacturingの3つのMから来ています。大きく発展するきっかけとなったのは、当地でコランダムを採掘したことから始まります。そしてこの鉱物を細かくすりつぶす粉体技術、その粉体を規則正しく並べるコーティング技術、またそれをベース素材に固定する接着技術、この3つの技術で紙やすりを生産しました。この製品は当時成長産業であった自動車業界からの圧倒的な支持を受けることとなります。そしてこれら3つの技術を出発点として、現在は多数のテクノロジープラットフォームを有し、幅広い分野に技術・製品展開をしています。

―ありがとうございます。スリーエムの技術が小惑星イトカワの探査を実現に導いたと伺いましたが、どのような技術なのでしょうか。

三上氏 小惑星イトカワの探査では、ターゲットマーカーと呼ばれる球をイトカワに投下し、これを目印としてイトカワに着陸しました。そして、そのターゲットマーカーにスリーエムの反射材が使用されました。このターゲットマーカーが今もイトカワの上に留まっており、私が死んでもずっと留まり続けると思うとロマンがありますね。

Credit: スリーエムジャパン株式会社

―その反射材はどのようなものなのでしょうか。

三上氏 一言で言えば、光が当たるとその光が来た方向に反射するものです。このような反射を再帰性反射と言います。例えば、通常は物に光が当たると乱反射して、その反射光が目に入って来るのでそこに物があるのがわかります。また鏡や水面では入射した光が反射する鏡面反射が起こります。鏡面反射は効率の良い反射なのですが、反射光が反対側に行ってしまいます。こうした反射とは異なり、再帰性反射では、どのような角度から光が来ても、来た方向に同軸上を通って反射していきます。この性質があれば、どの角度から光を当たっても、かならず反射光が届くので、これをターゲットマーカーに利用したわけです。

―そんな性質の材料があるのですね。どのような経緯で開発された材料なのでしょうか。

三上氏 こうした反射材は、道路標識など実は身の回りに溢れています。再帰性反射材の開発の歴史としては、戦闘機が夜間に着陸しやすいように開発されたと言われています。

第一次世界大戦の時に、日本軍の滑走路は夜間着陸のために缶にろうそくを入れて立てていましたが、この光が目立ってしまうため滑走路を爆撃されてしまっていたそうです。しかし米軍の戦闘機はそうした明かりが無くてもうまく滑走路に着陸しており、再帰性反射材が滑走路の両端にあったためではないかと考えられています。敵からは見えないけど、滑走路を直接照らしている着陸機からは見えるというわけですね。

その後、この技術が道路の白線や道路標識に応用されていくことになりました。他には、作業着である高視認性安全服として、事故を防止するために使われています。

宇宙開発向けの球体反射材開発とその後の展開

―そんなに長く使用されている技術なのですね。JAXAが御社の反射材を使うに至ったのはどのような経緯なのでしょうか。

三上氏 1992年にNASDA(現JAXA)から電話をいただいたのが最初のきっかけです。東京と種子島の間で様々やり取りをしていました。赤外線やレーザー光だとどうなのか、反射光の波長域はどうなるか、など細かく問い合わせをもらい、社内のあらゆる種類の反射材をかき集めて梱包して、技術資料と共にNASDAに送ったりしていましたね。

そしてある時、球体にしたらどう見えるか聞かれました。しかし、反射材を球体にするものなど当時はありませんでした。そこで、ホームセンターに行って木の球を買い、地球儀に地図を貼る要領で反射材を貼ったものをいくつか作ってみて、NASDAに送りました。その後、私は少しこの仕事から離れていたのですが、その間に、はやぶさがイトカワに辿り着きましたね。最終的には、野球の硬式ボールを縫い付けるように、ひょうたん型のシートを二つ作って球体に縫い付けたようです。

―最初の電話があった時は、ターゲットマーカーということは知っていたのでしょうか

三上氏 いえ、用途については一切秘密でした。私に明かされていたのは宇宙空間に行くということのみでした。宇宙の真空や無重力の環境や温度変化に耐えられるかなど聞かれましたよ。彼らの方でも様々試験を行い、20年後に実際に宇宙に行ったわけです。私が関わったのはこの開発の本当に初期の数年になるわけです。用途が明かされたのは、実際に使うとなって発注をするといったタイミングでしたね。私自身はニュースでその事実を知りました(笑)。その後、はやぶさのミッションに大きく貢献したということで、スリーエムはJAXAから表彰いただきました。

―球体の反射材というのはその後に別の用途で応用されたりしたのでしょうか。

三上氏 実は、モーションキャプチャに使われています。光が反射する際に、一番効率よく反射するのは面に対して垂直に光が入射する時です。そして、球体にすると必ず垂直に光が当たるわけですね。

NASDAから問い合わせがあった後に、大学からも球体だとどうなるかという問い合わせがあり、これがモーションキャプチャに使う球として使われることになりました。関節などの主要カ所にこのマーカーを貼り付けて、カメラのレンズと同じ軸から光を照らせば、球体のマーカーからまっすぐ点の光が良く返ってくるので、このデータを利用してCGを重ね合わせた映画を簡単に作れてしまいます。最初は木の球でしたが、転ぶとスタントマンが痛い思いをするので、発泡スチロールに変わっていきましたね。

Credit: スリーエムジャパン株式会社

素材メーカーとしての宇宙開発への貢献

―NASDAから問い合わせがあった時、社内ではどのような反応だったのでしょうか。

三上氏 実は、この案件はほとんど私一人で対応していました。NASDAからの問い合わせを軽んじていたわけではありませんが、その後にこんな大きなことになるとは、思いもしませんでしたね。

当時私は道路標識のチームにいながら一人でこの案件を担当していました。また、あの頃はまだ携帯電話もメールもない時代で、技術部は山形県にありましたから、気楽に相談するわけにもいかなかったですね。

―1人で対応していたのですか!

三上氏 1人1人が様々なお客様とやり取りしていますね。これ以外にも本当に色んなことをやっていました。どの案件でも、家に反射材を持ち帰ってちまちま作業したり、強い力で反射材を圧着するためにアイロンの上でほぼ逆立ちしたりしていました。当時私は実家から出勤していましたが、それを見た母親が「大学を出たのに一体何をしているのか」と嘆いていましたよ(笑)。

―宇宙産業の拡大とともに御社の製品が活躍する幅が広がっていきそうですね。

三上氏 我々は素材メーカーであり、完成品を作って販売していくわけではありませんので、どこかで私たちの技術が貢献できればいいと思っています。詳細は明かされずに製品について問い合わせをいただき、話を進めていき、いざ発注していくとなる時に実際のアプリケーションを明かされて驚く、といったスリーエムではよくあります。長年の技術力と知見を活かして、宇宙産業に貢献していけたら嬉しいですね。

以上、スリーエムジャパン株式会社の安全衛生製品事業部・三上俊也氏のインタビューでした。今回のインタビューでは、営業マンとしてNASDAの期待に応えた三上氏のエピソードを人間味あふれる語り口でお聞きすることができました。宇宙開発は単なる技術開発だけではなく、その活動を支える非常に幅広い方々の取り組みによって成り立っているわけですね。次回の記事(2023年7月公開予定)では、スリーエムが手掛ける高機能添加剤「グラスバブルズ」の概要と宇宙分野での活用に関するインタビュー記事を掲載します。

                                      SPACE Media編集部