アルテミス計画が動き出し、月に住むことも夢ではなくなりつつあるが、
克服すべき課題も多い。地上で最も過酷な地の一つである南極の居住環境構築に携わる
ミサワホームに、極限環境の住居に求められるものを聞いた。

商品・技術開発本部 技術部 担当部長 兼 かぐやPJ課長
第51次南極地域観測隊 越冬隊
二級建築士
50年以上にわたる南極での知見を生かし、JAXAと協力
『木質パネル接着工法』による住宅建築を特徴とし、高品質で資産価値の高い住まいの実現を目指し、技術革新への挑戦を続けるミサワホーム。
そんな同社は、創業翌年の1968年から南極・昭和基地における施設建設のサポートを続けている。2017年には、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の研究提案募集に採択され、2020年に、月面等、宇宙での有人拠点への応用を目指した共同の実証実験を南極で行った。
半世紀以上前から南極での施設建設に携わってきた同社は、南極という極限環境における建築や補修・メンテナンスの知見をもつ稀有なハウスメーカーだ。


隊員の暮らしを支える居住棟などの施設建設に携わってきた
写真提供:国立極地研究所
ミサワホーム商品・技術開発本部技術部担当部長でかぐやPJ課長も務める秋元茂氏は、2009〜2011年の第51次南極地域観測隊に参加した。もともと林学系出身で、住宅に用いられる素材の耐久性などが専門の秋元氏。建築そのものが専門ではなかったが、社内でさまざまな経験を積んだ後、南極に赴くこととなった。極地では、温暖湿潤な日本では考えられない現象を経験したという。
「木材の耐久性を考える際は、素材そのものの強さだけでなく、腐食や劣化などの影響も考慮しなければなりません。その点、南極には腐朽菌がいないので木が腐ることはありません。また、南極の雪はサラサラで固めることができませんが、吹きだまりなどの雪害を軽減するため、昭和基地の建物は雪で閉ざされないよう、風が建物周囲を巡り、雪が溜まりにくいつくりになっています。現地で驚いたのは、室内のオニギリを触ったときにバチッと静電気を感じたことです。湿度が低いので、オニギリにまで静電気が溜まる状態だったんですね」
さらに南極では、ときに最大瞬間風速60m/秒を超えるブリザードも起こる。宇宙空間や月面では風が起こることはなさそうだが、極寒や低湿度、静電気の問題などは宇宙に通じるものがありそうだ。
極限環境の住居に求められるもの
現在の昭和基地は、室内に入れば薄着で過ごすことができるほか、ウォシュレット付き水洗トイレがあり、24時間風呂に入ることもできるなど、快適な環境となっている。
過酷な環境の中で快適に過ごすための建物には、何が重要なのだろうか。
「都市にいるように過ごせるようになったとはいえ、南極に運び込める物資の量は限られています。中でも、暖房には燃料が必要で、省エネは当然ながら、建物がエネルギーを逃さないつくりになっていることが重要です」
ミサワホームの木質パネルによる建築は、高い断熱性と気密性が特徴だ。木という素材の熱伝導率の低さに加え、分厚い断熱材を充填して両面を合板で接合することで、温かい空気が漏れることを極力抑える構造となっている。

写真提供:ミサワホーム

写真提供:ミサワホーム
「また、ブリザードなど外部から大きな力が加わる状況に対応する『モノコック構造』が特徴です。床や壁、天井が一体となっているので、ある箇所に力がかかっても、建物全体でその力を受け流すことができます。モノコック構造は、F1などのレーシングカーや航空機、ロケットなどでも採用されています」

写真提供:ミサワホーム
昭和基地では、化石燃料だけでなく再生可能エネルギーの活用も始まっている。2013年に竣工した『自然エネルギー棟』では、太陽の光と熱を利用している。
「南極には極夜があり、また高緯度のため真上に太陽が来ないので、発電の効率はよくありません。そもそも地球では大気によって太陽光エネルギーが減弱しているので、月ではより高効率に発電ができるかもしれませんね。南極では太陽熱の方が効率よく使えます。また、アルミの床材を利用し熱伝導率の高い床暖房を設置したほか、保温力を高める為に建物の基礎全体を断熱しており、夏期には太陽熱集熱暖房だけで室内が快適な温度に保たれます」

太陽光・熱などを活用することも重要だ
写真提供:ミサワホーム
月も、南極と同様に持ち込める資材やエネルギーの量には限りがある。海外では月面の砂・レゴリスを建材として検討する動きもあり、資源・エネルギーの有効活用や再生可能なあり方を探ることも重要になるだろう。
過酷な環境でも建てやすい部材の仕組み
もう一つ、秋元氏が指摘するのが堅牢な建物を安全かつ簡便に建設するための工法の重要性だ。
「南極地域観測隊の中で建築隊員は2〜3名。越冬中は1名です。ですから、他の隊員に手伝ってもらいながら建物を建てるのですが、風が強く気温も低い上に、あっという間に雪が積もってしまうので、工場である程度部材を組み上げておき、現地では接合作業だけで建てられるようにしています。これまで、破損や事故なく数々の建築物を建てることができたのも、こうした仕組みがあったからだと思っています」
同社は、2020年に、ミサワホームグループ・JAXA・国立極地研究所と共同で、昭和基地にて、南極移動基地ユニットを用いた実証実験を行った。現在、南極移動基地ユニットは、昭和基地から約1,000km離れた「ドームふじ観測拠点II」にあり、今後のより過酷な環境での利用において、月面生活の実現に向けた貴重なデータを取得することが期待できる。


昭和基地よりもいっそう過酷な環境で利用される拠点だ
写真提供:国立極地研究所
月と南極の違い、克服すべき点はどこに
秋元氏は、JAXAとの共同研究に際して、「宇宙のためだけの技術開発にならないようにしてほしい」と伝えられたと明かす。
「限られた目的の技術開発で、ましてそれが宇宙であるとき、民間企業としては採算が取れるか分からず取り組みづらい。だから、今ある技術を宇宙でも使えるようにする、もしくは宇宙の技術を地上で応用できるようにしないと持続的な取り組みにしづらい、という思いがあるのだと感じます」
ミサワホームには「ものづくりが好きな人間が多い」と秋元氏は言う。長らく南極での施設建設にかかわってきたのも、極限環境での快適な空間の追求が、一般住宅の快適性に還元できるという信念に基づいていると言えるだろう。そしてこうした技術の追求が月で暮らすための技術にたどり着くのかもしれない。
今後、具体的に月に住むことを考えたとき、何が課題となるだろうか。
「建築の立場から気になるのは、月の地盤です。地上では安定した硬い地盤に基礎を固定しますが、月でそういったことが可能なのか。また、月面にはレゴリスが積もっていますが、地盤沈下を起こさないのかといったことも気になります」
さらに、宇宙放射線の存在や、熱の処理なども課題になると言う。
「月と南極の大きな違いは空気の有無です。居住空間は空気が逃げないように密閉しなければなりませんが、人や機器は熱を発するので換気が必要です。しかし、宇宙で窓を開けることはできません。この問題をどうクリアするか、トライはしたいですが、まだ具体的な技術の展望は見えていません」
こうした課題の解決には多くの試行錯誤が必要になりそうだが、秋元氏はセンサー技術の活用に期待を寄せる。
「月面に基地や住居を建設できた場合、さまざまな場所にセンサーを設け、地上で見守りが行われるはずです。前の車に近づきすぎると自動的にブレーキが踏まれる車がありますが、同じように、住宅や空間内で起こる不具合をセンサーで検知できます。こうした仕組みは地上の住宅でも応用できることですよね。今後、センサー技術は住宅においても欠かせないものになっていくでしょうし、宇宙を見守るという意味でも重要なファクターなのではないでしょうか」
『月に住む』環境構築の模索はまだ始まったばかりだ。地上の技術と宇宙の技術が交錯するところに、私たちの暮らしを一歩前に進めるためのアイデアが生まれるのかもしれない。