衛星データで政策を評価する動きが加速 EBPMにおける衛星データの利用事例と今後

Credit: DLR 2021

気象、農業、災害などの分野で活用されている衛星データが、政策を評価する場面でも活用されるようになっている。2023年8月、国際機関CGIAR(国際農業研究協議グループ)が衛星データによる政策効果の評価に関するガイドラインを公開し、2023年11月、EUの地域振興策の影響を衛星データで分析した論文が公開された。

背景には「EBPM(Evidence Based Policy Making/証拠に基づく政策立案)」が各国政府で求められており 1、データを活用して政策の効果を定量的に測定する試みが行われているという動きがある。政策効果を分析するためのデータとして、人口統計やGDPなどの従来の統計データだけでなく、衛星データも活用する動きが始まっている。

発展途上国では農業政策や環境政策の評価に利用

政策評価における衛星データの利用は、発展途上国を中心として行われてきた。2023年8月に発展途上国の農業生産性向上を目的に設立された国際機関であるCGIAR(国際農業研究協議グループ)が、リモートセンシングによる政策影響の評価に関するガイドライン 2を公表した。本ガイドラインでは衛星データが政策評価で利用される背景から事例までをまとめている。

発展途上国を中心に衛星データが利用されてきた理由は、先進国のように豊富な統計データが存在しないためである。特に、政策評価としては、政策実施前後で変化があるか、実施対象と対象外で違いがあるかを分析するため、情報量の多いデータが必要とされる。従来のアンケート調査は、質問項目の変更や調査自体が継続されないなどの問題が起こりうるが、衛星データは、広範囲を長期間にわたって一定の方法で収集されているデータであるため、政策評価に向いている。

同ガイドラインでは、11の事例が紹介されている。一部を紹介すると、農業分野では、ニジェールにおいて政府が半月状の貯水池を設置した場合の影響の調査が行われている。衛星データを用いることで広範囲の土壌水分量を測定し、貯水池がもたらした影響を直接的に測定している。環境に関するものとしては、エチオピアの高原で改良された飼料を使用した時に、周辺の土壌侵食や森林面積がどのように変化したのかを測定している。衛星データを用いることで、土壌や森林の変化の測定を広範囲にわたって低コストで実現できた。

半月状の貯水池群
Credit: 参考文献2 p.15、Figure 4

EUの地域振興政策を評価した事例

2023年11月、EUの地域振興政策である「結束政策 3」について、衛星データを用いて効果を検証した論文 4が発表された。今まで衛星データは発展途上国を中心に利用されてきたが、本論文では先進国を含むEUを対象としている点が特徴である。結束政策の資金は、一人当たりGDPがEU平均の75%以下の地域に重点的に投下されており、市区町村レベルで違いを詳しく分析する必要がある。しかしながら、市区町村レベルだと既存の統計データが十分ではない。このような場合、衛星データを既存統計の代理として用いることで分析を行える。

分析では、ドイツ・チェコ・ポーランドの一部を対象として、夜間光データを用いている。衛星で撮影した夜間の明るさはGDPに比例して明るくなることが知られており、EUから自治体内に投下された金額の大きさによって、自治体内の夜間の明るさが増加するのかを分析している。下の写真は結束政策の資金で空港の拡張工事を行う前後での夜間光の比較である。

ポーランドのカトヴィツェ空港の拡張前(左)と拡張後(右)の夜間光
Credit: 参考文献4

分析結果としては、資金が多く投下された自治体の方が夜間光の増加幅が大きく、EUの結束政策には効果があったことが示唆されている。また、EUが資金を投下した事業の中では、インフラ整備など地表面での変化を伴う方が夜間光の変化も大きいため、衛星データで分析しやすい政策と分析しにくい政策があるようだ。

衛星データを用いた政策評価の今後

衛星データを用いた政策評価は、引き続き発展途上国を中心に実施されるが、先進国での事例も増えていくと考えられる。日本では、衛星データを用いて既存の統計を効率的に作成したり、SDGsに関連した新しい統計指標を作成したりする試みがある 5。また、発展途上国を対象とした研究では、機械学習を用いて地域間の貧困度を予測する研究 6もある。発展途上国での事例から新しい指標や手法の有効性が確認されれば、先進国でも今まで評価できなかった政策の効果を衛星データで分析することができるだろう。

注・参考文献

1)EBPMは英国では1997年から、米国では2009年から本格的に開始され、国内では、2017年から継続的に経済財政の基本方針である「骨太の方針」に示されており、内閣府を中心に推進されている。
2)https://iaes.cgiar.org/spia/publications/remote-sensing-impact-evaluation-agriculture-and-natural-resource-management-research
3)EU域内での地域的格差を是正し、EU全体の成長を促すため、域内の政府や自治体が実施するプロジェクトを支援するプログラム。予算規模はEU予算全体の約3分の1を占める。
4)https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166046223000893
5)https://www.soumu.go.jp/main_content/000818549.pdf
6)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27540167/

この記事は文部科学省の令和5年度地球観測技術等調査研究委託事業「将来観測衛星にかかる技術調査」の一環で配信しております。