米国では、COP28の一環として、Greenhouse Gas(温室効果ガス、以下、「GHG」)に関する官民パートナーシップのハブ機能となるGHGセンターを立ち上げることとなった。この新たなGHGセンターは、2023年11月29日に発表された「米国温室効果ガス測定、監視、および情報システムの統合を推進するための国家戦略」に基づき、NASA(アメリカ航空宇宙局)をはじめNOAA(アメリカ海洋大気局)、EPA(アメリカ合衆国環境保護庁)、NIST(アメリカ国立標準技術研究所)が連携し、主導するものである。本センターの目標は、意思決定者にデータと分析のための場所を提供することである。
目次
GHGセンターの概要
GHGセンターでは、最初の2年間は実証フェーズとして以下の3分野に焦点を当てて、GHGの発生源、吸収源、排出量、移動量に関する洞察を提供するためのデータセットの公開や調査及び分析ツールの提供をオープンフリーで行う。
- 人為的なGHG排出量:エネルギー、農業、廃棄物、産業部門を含む人間活動からの排出量推計
- 自然のGHG排出源と吸収源:陸地、海洋、大気から自然発生するGHGフラックス(移動量)
- 大規模放出事象を追跡するための新しい観測:航空機や宇宙ベースのデータを活用した大規模なメタン漏出事象の特定と定量化
宇宙ベースデータの具体例としては、NASAがISS(国際宇宙ステーション)に設置した装置であるEMIT(Earth Surface Mineral Dust Source Investigation:空気中に含まれる鉱物の粉塵やメタンを検出するセンサ)により検出されたメタンガス情報や、日本の衛星であるGOSATによるメタン排出量情報などがある。今後は、データの追加、ツールの改善、ウェビナーやトレーニングイベントの実施、GISデータのダウンロード対応、民間企業との連携などを予定している。
世界における衛星データを用いたGHGに関する取組み
世界では、衛星データを用いたGHGに関する取組みが既に実施されている。
国際機関のIEA(国際エネルギー機関)は、公的に報告された信頼できる情報源をすべて統合したメタン排出量と削減オプションに関するデータベースとしてGlobal Methane Tracker 3)を無料で公開している。この情報源には、後述するKayross社による衛星データ処理も含まれている。また、2021年のG20で発足したUNEP(国連環境計画)のIMEO(国際メタン排出観測所)では、Sentinel-5P、EMIT、GOES等の観測衛星・センサによって取得した衛星データ、メタンに関する研究結果、石油・ガス会社の排出量レポートを基に、石油・ガス、石炭などのセクター別の排出量をIMEO Methane Data 4)として無料で公開している。
宇宙機関としては、ESA(欧州宇宙機関)内の組織にあるESA Climate Officeが中心となりCCI(気候変動イニシアティブ)プログラム 5)を推進している。CCIプログラムでは、欧州の衛星データを基にしたオープンデータポータルや分析、視覚化ツールも提供されている。
民間企業としては、カナダのGHGSAT社は、自社衛星GHGSatから取得した世界中のメタン濃度を示したデジタルメタンマップのSPECTRA 6)を有料・無料公開している。また、IMEOでメタン警報・対応システムの主要なデータプロバイダーであるフランスのKayross社は、Sentinel-5PやEMIT等の衛星データを基に、各国のメタン排出量やメタンが大量放出される箇所を確認できるKayross Methane Watchを無料公開している。
日本における衛星データを用いたGHGに関する取組み
日本では、他国が展開するようなメタンマップや分析ツール提供などは実施されていないものの、環境省、NIES(国立環境研究所)及びJAXAが共同で、気候変動に関する科学の発展への貢献と気候変動政策への貢献を目的としたGOSATミッションを推進している。観測衛星GOSATシリーズはCO2やメタン濃度を観測することができ、このミッションを通じてGHGの情報を提供している。2009年にGOSATが、2018年にGOSAT-2が打上げられ、現在は2024年度の打上げを目標にGOSAT-GWの開発が進められている。
COP28において、日本政府は、パリ協定で定めた目標「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べ1.5℃に抑える努力をする」の実現に向けて投資促進支援パッケージを公表した 8)。このパッケージの中では、削減目標を積み上げても1.5℃目標に届かない「目標のギャップ」解消のため、2009年以来、長期・全球観測を行うGOSATシリーズによる客観的、科学的なデータや排出量推計技術を世界に無償提供するとしている。国別排出量の推計技術を開発し、今後は各国への適用及び国際標準化を目指すなど、客観的、科学的な衛星データを活用してGHG排出削減へ取り組んでいる。
衛星データによるGHG対策への貢献
気候変動により世界各地で災害が多発し、地球沸騰化の時代ともいわれる現在、地表面から大気上端までのGHG平均濃度を全球で観測可能であり客観的で科学的な指標となる衛星データは、GHG対策においてその重要性が一層増してきている。GHGセンターが構築されることで、これまでのような一企業、一機関を中心とした取組みから、民間を含む様々な主体が連携し、GOSATなどの衛星データを含めた各種情報や分析ツールが結集した統合システムを活用した取り組みへと変わっていき、GHG対策が推進されることが想定される。各主体はこれまで以上に、十分な情報に基づいた意思決定を行うことが可能になるであろう。
今後、GOSAT-GW以外にも、CO2M(Sentinel-7)、MethaneSATなど複数の衛星が打ち上げられる予定となっている。カーボンクレジット市場の急速な発展に伴い、GHGに関するデータ取得のための衛星開発の競争は激化するであろう。日本としては、データベース、マップ、分析ツール提供などにおいて他国に劣後する中、強みとなるGOSATシリーズ等衛星データを中心に、長期・全球観測、精度など観測技術の点で推し進め、推計技術の国際標準となることが望まれる。
参考文献
1)U.S.GHG Center https://earth.gov/ghgcenter/
2)U.S.GHG Centerの3つの研究分野 https://earth.gov/ghgcenter/
3)Global Methane Tracker https://www.iea.org/reports/global-methane-tracker-2023
4)IMEO Methane Data https://methanedata.azurewebsites.net/plumemap?mars=false
5)CCIプログラム https://climate.esa.int/en/
6)SPECTRA https://www.ghgsat.com/en/products-services/spectra/
7)Kayrros Methane Watch https://methanewatch.kayrros.com/
8)世界全体でパリ協定の目標に取り組むための日本政府の投資促進支援パッケージ https://www.env.go.jp/press/press_02441.html
9)GOSAT-GW https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/gosat-gw/
この記事は文部科学省の令和5年度地球観測技術等調査研究委託事業「将来観測衛星にかかる技術調査」の一環で配信しております。