2024年2月16日、楽天モバイルと米AST SpaceMobileは日本で衛星通信とスマートフォンを直接つなぐサービスを2026年内に提供すると発表した。特別な設備や端末を用意することなくテキストメッセージの送受信ができるほか、音声通話やビデオ通話を利用できるようになる見込みである。
スマートフォンが「いつでも・どこでもつながる」ことを目指し、国内外の事業者がこぞって開発を行っている「直接通信サービス」の動向を追う。
直接通信とは?
直接通信とは、アンテナを搭載した衛星と、地上のスマートフォンなどの端末間で直接電波の送受信を行う方法を言う。現在の携帯通信は地上に設置された基地局と電波の送受信を行っているが、地震などの災害で基地局の機能がダウンした場合に通信を行うことができなくなってしまう。令和6年能登半島地震においても長期間にわたって通信障害が続き、多くの被災者が通信サービスを利用できない、つながりにくい状況に陥った。
直接通信が実現されれば、地上の基地局がない海や山でも、基地局がダウンするような災害時でもつながることからその実用化が期待されている。
海外における直接通信サービスの開発状況
楽天とともに開発を進めるAST SpaceMobileのほか、AppleやT-Mobileなどの大手事業者が直接通信サービスの開発に注力している。また直接通信サービス市場推進を目的とした業界団体の設立や、米国では周波数転用に係る法規制の検討がされるなど、直接通信サービスの本格導入に向けた具体的な取り組みが行われている。
主な事業者の動向
AST SpaceMobile
2022年9月に、LEO史上最大の商用アンテナを搭載したテスト衛星BlueWalker 3をLEOに打ち上げた1)。2023年4月、音声通話の実証実験に成功 2)。2024年にコンステレーションの最初の打ち上げを予定している 3)。
Apple/Globalstar
2022年11月に、⽶国とカナダでiPhone 14およびiPhone 14 Proのユーザーに緊急通報サービス(テキストメッセージ送信)の提供を開始 4)。現在はiPhone 15、iPhone 15 Proのユーザーにも対応しており、2023年9月時点で、日本を除く14カ国(総人口7億4,000万人)のユーザーにサービスを提供している 5)。
T-Mobile/SpaceX
米国でテキストメッセージングサービスを提供中(将来的には音声とデータのサービスも提供予定)6)。2024年末までに世界でテキストメッセージングサービスを、2025年末までに音声とデータのサービス提供を開始することを目指している 7)。
Lynk Global
直接通信サービス提供のために独自の衛星コンステレーションを構築中。2024年末までに50機以上の衛星を打ち上げ、合計で約5,000機の衛星コンステレーションを運用することを計画している 8)。世界で50カ国以上、数十の通信事業者と商業契約を結んでおり、7大陸すべてでサービスの実証に成功している 9)。
導入にあたっての環境整備
市場推進を目的とした業界団体の設立
2024年2月、Viasat・Terrestar Solutions・Ligado Networks・Omnispace・Yahsatの5社が直接通信サービスの普及を目指して「Mobile Satellite Services Association(MSSA)」を設立した。同団体は、地上波のモバイル通信事業者や衛星通信事業者、OEM、インフラ、チップベンダーなどを含むソリューションプロバイダーの直接通信エコシステムを形成するほか、第三世代以降の携帯電話網の標準規格である3GPP規格にも対応することを目指している 10)。
周波数転用に係る法規制の検討
米連邦通信委員会(FCC)が、地上の携帯用周波数を衛星用に転用することを認める決定を3月14日に行う予定。当該決定が採択されると、直接通信を行う衛星通信事業者とその地上パートナーは、「現在地上サービスに割り当てられている特定の利用周波数帯」を使用するためにFCCの許可を求めることが可能となり、携帯電話の通信範囲を拡大できる 11)。
日本における直接通信サービスの開発状況
4大キャリアそれぞれが海外の事業者と提携し、サービス提供を目指している。また、総務省で直接通信サービス導入に向けた技術検討がされるなど、米国と同様に直接通信サービスの本格導入に向けた具体的な取り組みが行われている。
主な事業者の動向
楽天/AST SpaceMobile
楽天とAST SpaceMobileが共同で、直接通信によるモバイル・ブロードバンド通信サービス(音声通話やデータ通信)を2026年内に開始することを予定している。
KDDI/SpaceX
KDDIはSpaceXと提携し、2024年内にSMSの送受信サービスを開始予定。音声通話・データ通信も順次対応することを予定している 12)。
NTTドコモ
低軌道衛星を利用した直接通信サービスとして、2023年11月、NTTドコモ・NTT・NTT Com・スカパーJSATの4社が、Amazonが提供する「Project Kuiper」との戦略的協業に合意。2024年下半期から、一部のユーザーやパートナーを対象にベータテスト版サービスの提供を開始する予定 13)。また、低軌道衛星よりもさらに低い成層圏を飛行する、HAPS(High Altitude Platform Station:高高度プラットフォーム)を利用した直接通信サービスもNTTドコモ・NTT・Space Compass・スカパーJSATの4社で開発している。2024年度内に日本国内では初となる、HAPS機体を用いた成層圏環境での携帯端末向け通信実験を行い、2025年度に直接通信サービスを商用化することを目指している 14)。
Softbank
NTTドコモと同様、低軌道衛星・HAPSそれぞれを活用したサービス開発を進めている。低軌道衛星を利用した直接通信サービスとしては、2023年9月、「OneWeb」を展開するNetwork Access Associatesと、日本における衛星通信サービスの展開で販売パートナー契約を締結 15)。一方、HAPSを利用した直接通信サービスは、2027年までに国内での実用化を目指して開発中。2023年10月にルワンダ政府と協力して世界で初めて成層圏からの5Gの通信試験に成功している 16)。
導入にあたっての環境整備
総務省で直接通信サービス導入に向けた技術検討
2024年1月、総務省で衛星通信システムと携帯電話が直接通信する仕組みについて、国内での導入に向けた技術検討が開始。7月ごろに一部の答申を得る予定である 17)。
今後の展望
「いつでも・どこでもつながる」ことに対するユーザーの需要の高さから、国内外において直接通信サービスの技術開発が加速しており、導入に向けた法規制などの環境整備が急ピッチで進められている。世界でのスマートフォンの普及率は7割ほどに達しており、本技術の進展が果たす社会的意義は非常に大きい。現状は開発が進んでいる事業者においてもテキストメッセージサービスの提供に留まるため、いち早く音声通話やデータ通信サービスが開始されることに期待したい。
参考文献
1)https://ast-science.com/spacemobile-network/bluewalker-3/
2)https://spacenews.com/ast-spacemobile-conducts-first-direct-to-device-voice-test/
3)https://spacenews.com/ast-spacemobile-discloses-further-satellite-delays-and-cost-increases/
4)https://www.globalstar.co.jp/assets/img/support/Emergency_SOS_via_satellite_on_iPhone_14_and_iPhone_14_Pro_lineups_made_possible_by_$450_million_Apple_investment_in_US_infrastructure.pdf
5)https://support.apple.com/en-us/HT213426#:~:text=You%20also%20need%20to%20be,the%20U.K.%2C%20and%20the%20U.S.
6)https://www.t-mobile.com/news/un-carrier/t-mobile-takes-coverage-above-and-beyond-with-spacex
7)https://www.starlink.com/business/direct-to-cell
8)https://spacenews.com/lynk-global-on-verge-of-initial-commercial-direct-to-device-services/
9)https://lynk.world/how-we-do-it/
10)https://www.satellitetoday.com/connectivity/2024/02/09/new-industry-organization-mobile-satellite-services-association-focuses-on-direct-to-device-services/
11)https://www.satellitetoday.com/connectivity/2024/02/23/fcc-releases-the-draft-order-for-its-satellite-to-cell-regulatory-framework/
12)https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2023/08/30/6935.html
13)https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1550407.html
14)https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/08844/
15)https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2023/20230912_01/
16)https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2023/20231017_02/
17)https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1561821.html
この記事は文部科学省の令和5年度地球観測技術等調査研究委託事業「将来通信衛星にかかる技術調査」の一環で配信しております。