衛星通信事業者のLynk、携帯電話-衛星間直接通信の商用サービスをパラオで開始

Lynk衛星
Credit: Lynk Global

米国の衛星通信事業者Lynk Global, Inc.(以下、Lynk)は、パラオ最大の携帯電話事業者であるPalau National Communications Corporation(以下、PNCC)と連携し、Lynkが構築を進めている「cell-towers-in-space(宇宙の携帯電話基地局)」を利用して、携帯電話から衛星を介した直接通信(Sat2Phone)による商用サービスを開始した。PNCCは、Lynkが開発したSat2Phoneサービスを加入者向けに商用サービスとして提供した世界初の携帯電話事業者となった 1

Lynkのcell-towers-in-space

Lynkは、普段、人々が使っている携帯電話に何らの変更を加えることなく、携帯電話が利用できない世界のあらゆる場所から、衛星を介して通信を可能にしようとしている。

同社は商用サービスを目指して、2022年4月1日、100kg以下、軌道高度500kmの小型LEO(地球低軌道)衛星であるLYNK TOWER 1を打ち上げた。この衛星は、Lynkが米国の電気通信に関する規制を担当するFCC(Federal Communication Commission:連邦通信委員会)に申請していた、携帯電話と衛星との直接通信サービスを提供するための商用ライセンスの対象となる最初の衛星であった。2022年9月16日、FCCはLynkのサービスに対して商用のライセンスを与えた。その後、LynkはLYNK TOWER衛星を次々と打ち上げている 2

Lynkは2017年に設立された新興企業である。同社は、衛星が宇宙の携帯基地局として機能することで、人々が日ごろ利用する携帯電話と衛星を直接接続するための特許を取得している。このcell-towers基地局ソフトウェアを搭載する衛星をLynkは自社で製造している。さらに、3G、4G、5Gなど様々な世代の携帯電話と直接通信するために、衛星にはLバンド(1.5GHz帯)、Sバンド(2GHz帯)に対応した機能が搭載されている。

緊急放送とSMSサービスから開始

Lynkは、今回パラオで開始したSat2Phoneをパラオの排他的経済水域に拡大する予定とのことであるが、現時点でのサービス内容は、携帯電話サービスと互換性のある緊急時の放送サービス(cell broadcast)と双方向SMS(ショートメッセージサービス)のみの提供である。

現在、地上の携帯電話がカバーする割合は地球表面の10%に過ぎず、残りの90%の地域では携帯電話の接続に問題があり、約40億人が通信の問題を抱えている。

Lynkは世界の30社以上の携帯電話事業者と商業契約を締結しており、既に40ヵ国以上の国でデモンストレーションを行っており、2023年中に世界中の多数の携帯電話事業者と商用サービスを開始することを目指している。

さらに、緊急時の放送やSMSだけでなく、将来は音声通話やモバイルブロードバンドを提供するとしている。

通信の確認風景
Credit: Lynk Global

競合他社の状況 〜激化する携帯電話と衛星の直接通信サービス競争

従来、地上の携帯電話エリア外で通信を継続しようとする場合、日頃利用するスマートフォンとは別の衛星電話を持ち歩く必要があり、利便性に欠けていた。これまでの衛星電話が主に静止衛星を利用していたためで、衛星と携帯電話の距離が約36,000kmと非常に長くなることから、電波の減衰に対応するため携帯電話の出力やアンテナが通常のスマートフォンよりも大きくなるためであった。一方、軌道高度が500km程度のLEO衛星では、静止衛星と比べて携帯電話と衛星との距離が格段に短くなる。このため、通常のスマートフォン程の大きさの端末でも衛星との直接接続が可能となった。

このため、Lynkと同じように、携帯電話と衛星との直接通信サービスの提供を計画している事業者も存在する。いずれも、既に携帯電話サービスを提供している携帯電話事業者と衛星通信事業者とが連携した取り組みとなっている。

SpaceXとT-Mobile

2023年3月、SpaceXはT-Mobileと協力して、今年中にStarlinkとスマートフォンとの接続試験を開始すると、ワシントンD.C.で開催された宇宙関連カンファレンスで述べた 3。2022年8月、T-MobileとSpaceXは地上の携帯電話がカバーしていない地域で衛星と携帯電話の直接通信を提供するために連携することを発表していた。

GlobalstarとApple

米国のGlobalstarは、2000年に商用サービスを開始した老舗の移動体衛星通信事業者である。第2世代衛星コンステレーションが、2013年までに打ち上げられた24機のLEO(軌道高度、約1,400km)衛星から構成されている 4。この衛星を利用して、専用の衛星電話による通話サービスや、緊急の場合にGPSの位置情報を緊急通報受理機関に送信するなどのサービスを提供している。

米国のAppleは2022年9月、同社が開催したオンラインイベントのApple Eventで発表したiPhone 14シリーズについて、11月から米国とカナダで衛星経由の緊急SOS機能を提供開始すると発表した 5。また、同年11月にGlobalstarは、⽶国とカナダでiPhone 14および iPhone 14 Proの両モデルが衛星に直接通信できるようになり、携帯電話やWi-Fiの通信範囲外でも緊急サービスにメッセージを送ることができるようになると発表した 6

Globalstarは2025年末までに17機の衛星を打ち上げる予定である。衛星数が増えることで、Appleはデータ通信や音声通話のような高度なサービスを提供できる可能性があるため、AppleはGlobalstarが新しいネットワークを構築するために2億5,200万ドルを貸し付けているとの報道もある 7

楽天モバイルとAST SpaceMobile

2023年4月、楽天モバイルは、米国AST SpaceMobile(以下、AST)と連携して、世界初となるLEO衛星と市販スマートフォン同士のエンドツーエンドのLEO衛星を介した直接の音声通話に成功したと発表した 8

楽天グループ株式会社とASTは、2020年3月に戦略的パートナーシップを締結し、楽天モバイルが割り当てられている周波数帯を使用した「スペースモバイル」サービスの日本での提供に向けて、開発を進めている。今回の通話試験は、2022年9月にASTが打ち上げたBlueWalker3とASTの保有する特許取得済みのシステムとアーキテクチャを利用し、米国テキサス州ミッドランドと東京の楽天モバイル本社間で、市販のスマートフォンを用いて音声通話を実現したとのことである。

テキサス州での音声通話試験
Credit: 楽天モバイル

なお、楽天モバイルは、2022年11月10日付けで実験試験局免許の予備免許を取得していた。

既存端末からの通信を、衛星およびフィーダリンク経由でeNBへ転送し、eNB側で衛星通信に必要な補正を行うことで既存の端末で通信が可能となる。eNBはeNodeBの略で携帯電話事業者が設置する基地局のことである。

スペースモバイルのシステム構成
Credit: 総務省「衛星通信システム委員会作業班」 第25回楽天モバイル資料

さらに、ASTがハワイで実施している検証において、同社のLEO衛星BlueWalker 3、AT&Tの周波数帯とNokiaのRAN(Radio Access Network)技術を利用して10Mbpsを超えるデータダウンロードと音声通話の実証を行っている 9

今後の展望 〜楽天モバイルとAST SpaceMobileのリードは続くか

現時点では、衛星を経由して市販スマートフォン同士の直接通信の実験に成功した楽天モバイルとAST SpaceMobileがかなりリードしているように思える。ただし、携帯電話基地局であるeNBへの機能追加が必要となり、今後とも、ソフトウェアのデバッグや維持管理等が必要になるのではないかと推測する。また、2022年末における楽天モバイルの携帯電話人口カバー率は98%に達しており、日本での実用化にあたっては楽天スマートフォンのグローバルでの利用などについての議論が行われているのではないかと想像する。

他の事業者連合は、非常時の緊急通報やSMSサービスレベルの提供にとどまっており、地上ネットワークへの機能追加を最小限にしているように思える。地球表面で考えると携帯電話の面積カバー率は小さいものであるが、地上での携帯電話サービスの全てを衛星経由で提供することは遅延やセキュリティーの問題でまだまだ困難な部分が多い。衛星経由のサービス内容をどこまで拡充できるか、各事業者連合の競争が激化することが予想される。

参考文献

1)https://lynk.world/news/lynk-PNCC/
2)https://lynk.world/news/fcc-grants-lynk-first-ever-license-for-commercial-satellite-direct-to-standard-mobile-phone-service/
3)https://www.cnbc.com/2023/03/13/spacex-t-mobile-cell-service-tests-this-year.html
4)https://www.globalstar.co.jp/about/
5)https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2209/08/news129.html
6)https://www.globalstar.co.jp/assets/img/support/Emergency_SOS_via_satellite_on_iPhone_14_and_iPhone_14_Pro_lineups_made_possible_by_$450_million_Apple_investment_in_US_infrastructure.pdf
7)https://spacenews.com/apple-loans-globalstar-252-million-for-satellite-enabled-iphones/
8)https://corp.mobile.rakuten.co.jp/news/press/2023/0426_01/
9)https://ast-science.com/2023/06/21/ast-spacemobile-confirms-4g-capabilities-to-everyday-smartphones-directly-from-space/

この記事は文部科学省の令和5年度地球観測技術等調査研究委託事業「将来通信衛星にかかる技術調査」の一環で配信しております。