ロケットなのに「空を飛ばない」? 新型イプシロンSロケット燃焼試験、相次いで実施【前編】

イプシロンSロケット第3段モーター地上燃焼試験の様子
撮影:加治佐匠真

JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、2023年7月14日午前11時に秋田県の能代ロケット実験場で、現在開発中のイプシロンSロケット第2段モーターの地上燃焼試験を実施すると発表した。先立つ6月6日には、第3段モーターの燃焼試験も行われ、同実験場ではイプシロンSの燃焼試験が相次いで実施されている。
前編となる今回は、地上燃焼試験やイプシロンSロケットの概要、2回の実験の詳細について解説する。

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ロケット開発に必要不可欠な地上燃焼試験とは?

地上燃焼試験とは、ロケットエンジンの機能や性能を確認するために、ロケットを飛ばさず、エンジンを地上に固定して実施される燃焼試験のことだ。なお、ロケットは大きく分けて固体燃料ロケットと液体燃料ロケットの2種類に分類されるが、固体燃料ロケットのエンジンは「モーター」とよばれることが多い。試験では推力や音響など、100を超える数のデータが取得され、ロケット開発に活かされる。液体ロケットエンジンの場合、製造したエンジンが実機フライトに適する性能を発揮できるか確認する「領収燃焼試験」も実施される。

H3ロケットの開発でも地上燃焼試験が実施された
写真は2022年11月に行われた「CFT」とよばれる試験
撮影:加治佐匠真

また、第2段・第3段エンジンなど、高空や宇宙で使用されるエンジンの場合、真空状態を模擬して実施されることが多い。国内では能代のほか、鹿児島県の種子島、秋田県の田代、宮城県の角田などで地上燃焼試験が実施されている。

JAXA能代ロケット実験場。赤く見えるのは真空燃焼試験用の装置
撮影:加治佐匠真

日本の宇宙輸送を担うイプシロンSロケット、「S」に込められた思い

イプシロンSロケットは、2022年まで運用されていた強化型イプシロンの後継機として、2024年度の運用開始を目指して開発されている日本の基幹ロケットだ。H3ロケットとのシナジー効果により、国際競争力の強化や民間事業者による自立的な輸送サービス展開、日本の宇宙輸送産業規模の拡大を目標としている。「S」という名称には、シナジー(Synergy)や即応性(Speed)、競争力(Superior)など、様々な思いが込められている。

イプシロンSの特徴として、人工衛星(以下「衛星」)を保護するカバーである「フェアリング」の改良があげられる。これまで強化型では、フェアリングの中に衛星と第3段を格納していた。そのため、衛星を第3段と結合してフェアリングに格納し、それをロケット本体に結合しなければロケットの全段点検ができず、衛星受領から打上げまで約1か月を要していた。

フェアリング改良の概要
Credit:JAXA

一方、イプシロンSではフェアリングに衛星のみを格納することで、フェアリング結合前にロケット全段点検を行うことが可能だ。また、これまではフェアリングを半殻ずつ結合していたが、全殻一体で結合できるようになる。これらの改良により、衛星受領から10日以内での打上げが可能となるという。

フェアリングを半殻ずつ結合する様子。画像はM-Vロケットのもの
Credit:JAXA

また、モーター名の変化も特徴的だ。今までイプシロンロケットのモーターには、先代のM(ミュー)ロケットの名前を冠した名称がつけられていた。例えば、強化型の第3段モーターは「KM-V2c」、第2段モーターは「M-35」など、名前に「M」がついていた。一方、イプシロンSの第3段モーターは「E-31」、第2段モーターは「E-21」と名付けられ、イプシロン(E)ロケットの名前を冠した名称となっている。この点からも、イプシロンSが日本の宇宙輸送産業の新時代を切り拓く存在として位置づけられていることがうかがえる。

それぞれの地上燃焼試験の概要

6月6日・第3段モーター燃焼試験

6月6日の試験は、新規開発されたイプシロンS第3段モーターの設計妥当性を評価するために実施された。強化型に比べ、推進薬量が2倍(約5トン)に増え、モータケースが大型化されている。また、強化型では機体を回転させる「スピン安定方式」による姿勢制御が行われていたが、イプシロンSでは燃焼ガスの向きを変える「TVC(Thrust Vector Control:推力方向制御)」による「3軸姿勢制御」が行われる(※1)。これにより、衛星が速い回転にさらされることがなくなり、衛星の重心に対する制約が改善され、衛星の搭載環境が緩和される。衛星を宇宙へ運びたいユーザーにとって、更に使いやすいロケットとなることが期待されている。

※1:TVCの方法は様々だが、イプシロンSでは燃焼ガスが噴き出る「ノズル」とよばれる部分を動かす方式を採用している。

燃焼試験の様子(再生時の音量にご注意ください)
撮影:加治佐匠真

試験では実物大のモーターが使用され、モーターの推進・構造特性、TVCの動作特性、振動をはじめとする環境条件のデータなどが取得された。燃焼時間は107.3秒、推力は137kNで、目立った不具合などは確認されなかったという。今後詳細なデータ解析が行われ、問題がなければ試験と同設計のモーターが打上げに使用される。

7月14日・第2段モーター燃焼試験

7月14日の試験は、同じく新規開発された第2段モーターの設計妥当性を評価するために実施される。強化型に比べ、推進薬量が3トン増加して約18トンになり、モータケースが大型化されている。試験ではノズルを短くした実物大のモーターが使用され、第3段と同様のデータが取得される。予想燃焼時間は120秒程度、計測項目は約170点に及ぶという。

試験設備にセットされた第2段モーター
Credit:JAXA

後編では、実験が行われた能代ロケット実験場や実験場がある能代市、秋田県と宇宙のかかわりについて解説する。