2018年に創業、超小型衛星の開発・運用から地上局運用、教育・コンサルティングなど
幅広い宇宙ビジネスを展開するアークエッジ・スペース。代表の福代氏が目指すのは、
宇宙インフラの構築を通じた社会経済システムのアップデートだ。
目次
熱帯雨林研究者、政策担当者を経て宇宙ベンチャーを起業
アマゾンの熱帯雨林の研究者から、森林保全の専門家となった後、外務省、内閣府宇宙開発戦略推進事務局を経て、超小型衛星の開発などを行う宇宙ベンチャーを起業―。
日本でもさまざまな宇宙ベンチャーが増えている昨今だが、アークエッジ・スペース代表の福代氏のようなキャリアを歩んでいる創業者はまれなのではないだろうか。
特に、キャリアの起点である熱帯雨林研究と宇宙はかけ離れた領域に感じるが、当時から衛星画像の活用という点で宇宙と接点があったと福代氏は言う。
「1990年代、学生の頃から、アマゾンの熱帯雨林で森林破壊や森林の持続的利用などをテーマに研究をしていました。当時は携帯電話やGPSも普及していませんでしたが、2000年代に入ると、ランドサットなどによる衛星リモートセンシングが出始めました。衛星画像で土地利用の状況やその変化を見て、保全計画を立てたりしていたのです」
その後、福代氏はJICA専門家としてブラジルに派遣され、環境・生態系保全のプロジェクトを担当したほか、西アフリカのギニアビサウで世界銀行による貧困削減のための調査などにも携わり、その後外務省に入省。宇宙利用や環境・気候変動に関する調査、協力形成に従事しインフラや資源管理技術全般にかかわった後、内閣府の宇宙開発戦略推進事務局に移ってからは、宇宙基本計画の策定などを担当した。
福代氏が内閣府宇宙開発戦略推進事務局に移った頃は日本の宇宙政策の転換期でもあった。従来、科学の発展を目的に文部科学省が中心となって行われてきた宇宙開発が、社会課題の解決や産業発展の目的にも開かれてきた時期だったのだ。
「私が内閣府にいた2013〜2017年頃、アメリカでは宇宙開発の主流はスタートアップに移りつつありました。我々も民間産業をいかに育成していくかを議論していましたが、宇宙事業を行うベンチャーは数が少なく、政策だけつくっても仕方がない、自分が起業してそれを担おうと考えたのです」 福代氏はまず、ブラジル時代から勉強会などを通じて交流のあった東京大学の中須賀真一教授らとともに、産学連携という形で起業の準備を進める。福代氏は内閣府を退職し、中須賀・船瀬研究室の技術を活用して宇宙ビジネスのアイデアコンテスト『S-Booster 2017』で審査員特別賞を受賞。これが現在のアークエッジ・スペースにつながっている。
衛星は宇宙のインフラ、課題解決のためにはリアルな現場を知ることが重要
研究者時代から宇宙を利用してきた福代氏は、衛星リモートセンシングの優位性について「そもそも、衛星を含めた宇宙インフラが優位性を発揮するのはアマゾンや海上など、地上のインフラが使えない場所」と話す。
すでにさまざまなインフラが国土に張り巡らされている日本では、衛星活用にこだわらなくてよいケースも多い。衛星プロジェクトでは、性能や機能に注目が集まることも多いが、福代氏はこう釘を刺す。
「例えば、30cmの空間分解能(解像度)を達成しようと思うと数100kgの衛星が必要です。しかし、空間分解能を優先すれば撮れる範囲は狭くなる。もしかしたら、ドローンで撮った方がいいかもしれません。わざわざ衛星を開発して何を見るのか。現場で何が行われていて、何が必要とされているのかを知らないといけません。空間分解能と時間分解能(観測頻度)、そして経済性。これらのトレードオフを判断するための材料が、現場のニーズとマーケットです。この認識なしに衛星の性能と機能を高めても、そのサービスは売れないでしょう。私は、まず現場を知ることが非常に大切だと考えています」
『現場』は福代氏が事業を進めるうえで重視するキーワードの一つだ。これは福代氏が研究者時代から森林破壊や貧困といった課題に向き合ってきた経験から来ている。
同社は、昨年11〜12月にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)の会期中に設けられた企業展示エリア『Start UP Village』に出展した。この出展はさまざまな現場のニーズに触れる貴重な機会になったという。
「ベンチャーキャピタル経由で誘いがあり、選考を経て出展することができました。Start UP Villageは、スタートアップを含めた多様なプレイヤーを巻き込むことで気候変動問題の解決を目指すUAEが企画したもので、現地ではモックアップを展示し、当社の衛星による海洋VDES通信や森林観測を紹介しました。いわゆる宇宙業界の集まりでは新しい発明やビジネスモデルが注目されがちで、衛星によるリモートセンシングやIoT通信といった話題は『もうレッドオーシャンだ』と言われることも多いのですが、実際にはこれらの技術にアクセスできない現場がたくさんあります。COPには先進国だけでなく、課題に直面するあらゆる国・地域の方が集まっているので、我々がすべきことはたくさんあると実感しました」 もともとアマゾンの森林保全や途上国の課題解決に携わっていた福代氏は、当初から事業の射程をグローバルで考えている。現状、会社は研究開発のフェーズにあるが、宇宙インフラの本質的な価値を考えればマーケットの中心は海外になる。今後は、国内での基盤づくり・パートナー開拓なども進めつつ事業開発を行う構えだ。
衛星は課題解決の道具、社会から「構造的暴力」をなくすために
現場のリアリティに向き合うことを重視する福代氏の姿勢の背景にあるのは、徹底した『課題解決』への思いだ。
「災害や火災が起きたとき、衛星で被災地に水をもっていけるか、火を消せるかと言うと、できません。森林破壊が行われていることがわかっても、それを止めることはできません。通信に関しては直接の解決ができる面もありますが、宇宙インフラには直接課題を解決する能力はないのです。ただ、衛星が状況を可視化することで、必要なところに資金や物資が流れる仕組みをつくることはできるはずです。今までは、経済的に儲かるところだけにお金が流れていました。だから森を切り拓いて作物をつくる、場合によっては焼畑による煙や煤で人々の健康が損なわれても、森林破壊が続けられてきたのです。でも、森林が守られていることが評価され、その価値を経済活動の中に取り込むことができれば、お金の流れが変わり、そこで暮らす人々の生活も変わります」
金融領域では、社会課題の解決に資する事業に対する資金調達手法の一つであるソーシャルインパクトボンドが実践され始めており、こうした仕組みと宇宙インフラを組み合わせることで経済や社会のあり方をよりよい方向へ変えることができるかもしれない。
福代氏は、将来の社会や経済をどのように形作っていくべきかを主体的にデザインし、主導的に動いていくことが重要だと言う。 「私は、世の中から暴力をなくしたいと思っています。単純な暴力だけでなく、貧困や格差といった、社会の仕組みの不備からくる『構造的暴力』をなくしたいのです。構造的暴力は、お金や経済がうまく循環していないことが原因の一つです。宇宙インフラによって情報や価値を民主的にオープンにすることができれば、資源の分配も今よりうまくできるはずです。世界を豊かに、平和に、安定的にしていくようなインフラをつくる、これは我々宇宙のインフラをつくる人間の役割だと考えています」