宇宙関連スタートアップが集積し、ロケット打上げの実証などが活発化している福島県南相馬市。同市では2024年4月に市役所商工労政課内に「宇宙関連産業推進室」が設置され、市内での宇宙関連産業振興に向けた取り組みが進んでいます。
東日本大震災による津波、そして原発事故によって大きなダメージを受けた南相馬市を含む福島県では、復興に向け「福島イノベーション・コースト構想」が進められていますが、南相馬市ではこの動きもふまえつつ、宇宙産業の支援体制構築を目指しています。
宇宙関連産業推進室の森氏、下村氏に、これまでの取り組みと今後の展望を聞きました。

森 政樹(もり・まさき)
南相馬市 商工観光部 商工労政課 宇宙関連産業推進担当課長
メーカー勤務を経て2000年に南相馬市入庁。東日本大震災以降は、幼児教育課、商工労政課、農林水産省(出向)、農政課、秘書課を経て、2025年4月から現職。

下村 寛幸(しもむら・ひろゆき)
南相馬市 商工観光部 商工労政課 宇宙関連産業推進室 副主査
三菱倉庫株式会社に入社後、物流事業の現場・営業・管理部門にて従事する。宇宙関連産業のもつポテンシャルに強い魅力を感じ、2024年4月に南相馬市に出向し、出向後は市内進出の宇宙関連企業の伴走支援を担当する。
目次
民間先行で南相馬市に企業が集結 市が支援体制を整備
福島県東部、「浜通り」と呼ばれる地域の北部に位置する南相馬市。同市には近年、宇宙スタートアップを中心とした複数の企業が拠点を設けるなどしており(参考記事1、参考記事2)、日本における宇宙産業の集積地の一つとして存在感を増しています。
市として宇宙産業振興に取り組むことになった経緯を、南相馬市役所で宇宙関連産業の振興を担当する森政樹氏はこう説明します。
「宇宙関連産業推進室は、2024年4月に商工労政課内に新たな室として設けられました。これまで福島イノベーション・コースト構想に基づいて、ロボット・ドローンを中心に新産業誘致・集積などを進めてきましたが、宇宙関連企業が集積してきた状況に対応し、専門の部署を設けることになったのです」(森氏)
森氏によると、市が率先して宇宙関連企業を誘致したというより、先行する民間企業の動きにより南相馬市の価値に気づかされたとのこと。全国の自治体が地域経済の起爆剤として宇宙産業・宇宙ビジネスへの取り組みを掲げる昨今ですが、南相馬市では少し背景が異なります。転機となったのは、2023年に南相馬市で初開催された「福島スペースカンファレンス」だといいます。
同カンファレンスは、民間団体の一般社団法人宇宙産業連携機構が主催。南相馬市に開催の打診があった際、前例のない宇宙領域のイベントに市としては戸惑いもあったようですが、新たなチャレンジを応援するという市の基本的な姿勢のもと、共催することになったそうです。
結果として、原子力災害による避難指示があり居住者が大きく減少した「小高区」という地域で開催されたのにもかかわらず、カンファレンスには東京を中心に県内外からも想定以上に多くの来場者がありました。これが推進室設置の後押しの一つになり、現在では、同市が宇宙産業における南相馬市の価値を最大化することに努めるきっかけとなったのです。


提供:南相馬市
8社の宇宙スタートアップと連携 実証フィールドとしての強み
現在、南相馬市では複数の宇宙関連企業が活動しています。
市と連携協定を結んでいるスタートアップは8社にのぼり、宇宙輸送系としてインターステラテクノロジズ、AstroX、将来宇宙輸送システム、SPACE WALKER、SUIHO SPACE INNOVATIONSの5社、軌道上サービスや衛星データ関連でElevationSpaceとLAND INSIGHT、そしてスペースポートの企画・運営を手がけるASTRO GATEが名を連ねます。さらに、大手企業の三菱倉庫、研究機関の東北大学とも連携体制を構築しています。

これらの企業はなぜ、南相馬を選ぶのでしょうか?
「復興関連の取り組みに充てられる補助金、いわゆる復興財源が利用できるエリアであるということが大きいのではと思います。ただ、それだけではなく、市内に実証しやすい環境が存在することも南相馬市の価値の一つだと考えています。南相馬市には、福島イノベーション・コースト構想に基づき整備された陸・海・空のフィールドロボットの一大開発実証拠点である『福島ロボットテストフィールド』が立地しています。また、市有地に加え、地域の自然環境や民間施設などを利用した実証が行われた経緯があり、行政だけでなく地域の方々も新たなチャレンジに対して協力的であるという点に価値を感じていただけているのではないでしょうか」(森氏)
さらに、企業からは市役所の対応にスピード感がある、いろいろな相談に前向きに対応してくれることがありがたい、というフィードバックもあるそうです。スタートアップといえばスピード感、とよく言われますが、市役所としてもスタートアップ企業のこうした文化を認識し、迅速な対応を心がけているといいます。
多くの関係機関と調整し、スタートアップの打上げ実証を支援
南相馬市の実証支援で特に注目されるのが、ロケット打上げ実証への対応です。
南相馬市でロケット打上げを実施する場合、行政機関から地域・民間の団体まで約30もの関係機関との調整が必要となるそうですが、市は複雑で多岐にわたる調整業務を企業とともに進めています。
打上げに関連する調整業務の体制構築に携わった、宇宙関連産業推進室副主査の下村寛幸氏はこう語ります。 「これは南相馬市の強みの一つと言えるかと思いますが、陸・海・空の規制当局との関係性が整理できているので、市内で新たに打上げの実証を希望する企業が来たときには、連絡すべき組織などをすぐにご案内できるようになっています」(下村氏)
この体制は、推進室設置後の数カ月で構築されたといいます。下村氏によると、推進室ができた年の4月に、ロケット開発スタートアップのAstroXから、打上げの実証をしたいという相談があったため、調整を図るべき関係先を洗い出して整理し、それぞれとの関係構築を急ピッチで進めていったそうです。

提供:南相馬市(国土交通省・PLATEAU VIEWを加工して作成)
前例のない取り組みを始めるときには、何から手を付ければよいか迷いそうですが、下村氏はロケット打上げの取り組みで先行する北海道・大樹町が公表する情報を参考としつつ、福島県独自の事情も加味しながら情報を集め、体制を整備。2024年8月25日に実施されたAstroXの超小型ハイブリッドロケットの発射実証には、日曜日の早朝にもかかわらず、約150人が見学に訪れたそうです。

Credit: AstroX株式会社 プレスリリース
ロケット企業からのニーズが高い燃焼試験施設の設置 宇宙港への道筋は
太平洋に面し、東・南東方向への打上げが可能な南相馬市は、宇宙港としてのポテンシャルも有しています。日照条件や風況、晴天率など、気象条件も他の射場と比較して遜色なく、宇宙輸送スタートアップが集積しているという現状から見ても、将来的な宇宙港設置を視野に入れることができる環境です。
森氏は南相馬市に宇宙港を設置するメリットは大きいと感じるとともに、クリアすべき課題も多いと考えているといいます。
「保安距離の確保や立地場所の制約、周辺住民の理解、そして、施設整備に相当な金額がかかることが予想されます。一自治体で整備するのは難しく、国や県、民間企業の協力が不可欠です。国の政策や技術開発の状況を注視しながら、実現可能性を検討していきたいと思っています」(森氏)
そのうえで、市として優先すべきは燃焼試験施設の整備だと話します。
「どの輸送系スタートアップも、燃焼試験施設の確保に困っています。現時点で市が施設を整備するのは難しいため、民間企業が市内で適地を見つけて燃焼試験ができるよう、用地や補助金の紹介を通じて支援していきたいと考えています」(森氏)
次の段階としては、より大規模なステージ燃焼試験のための施設整備が視野に入りますが、こちらも整備には相当の負担やリスクがあるため、整備の方向性などを調査していく方針だといいます。森氏は、宇宙港を含めた打上げ関連施設の整備で最も重要な条件は「住民の理解」だと即答します。
「率直に言って、燃焼試験施設が近くにあるのは住民の皆さんにとって一定程度不安に感じることだと思います。住民の理解を得ることが第一ですので、行政として住民と企業の間に入り、安全と安心をしっかり伝えていけるかが一番の課題だと思っています」(森氏)
また、海に面した地勢は打上げのメリットですが、打上げ時の海上規制等、地元漁業への影響にも配慮が必要です。
「市では漁業関係者の皆さまに大変協力的な対応をいただいていますが、震災から15年が経とうとしている中、本格操業の準備が進む中で、今後もさらに丁寧なコミュニケーションを心がけたいです」と森氏は話します。
そして、宇宙スタートアップ側でも、市内の学校で出前授業を開催するなど、地域に溶け込む取り組みを行っています。「宇宙ビジネス」はまだまだ新しい産業。地域の産業として根づいていくためには、官民それぞれがステークホルダーとの交流を進め、相互に理解を深めていくことが求められます。
東北全体と連携しながら、「実証の聖地」として企業を迎える
南相馬市では、2025年9月に東北経済産業局、宮城県角田市、秋田県能代市と、東北地域での宇宙関連産業の集積・経済波及効果の拡大を目的とした、広域連携に向けた検討を開始しています(参考記事)。
「南相馬には多くのスタートアップが集まっていますし、能代や角田にはJAXAの施設があります。特に角田では、今後、JAXAの官民共創推進系開発センターが民間企業に実証試験施設を開放する予定もあるので、域内の関連施設・組織と連携して、東北で宇宙産業が成長できる環境づくりに貢献したいと思っています」(森氏)
そして、宇宙産業に欠かせない要素である「ものづくり」を支えるサプライチェーン構築も重要なテーマです。南相馬市には先行するロボット・ドローン産業創出に関連した「南相馬ロボット産業協議会」があり、分科会として「南相馬航空宇宙産業研究会」が設置されています。分科会では、地元企業と新たに創業・進出した宇宙関連企業がともに活動を進めているそうですが、宇宙産業はすそ野が広く、市内だけでできることは限られているため、森氏は東北の各地で補完しながらスタートアップが育つ環境をつくっていきたいと展望を語ります。
森氏は、宇宙産業への取り組みを「創造的復興」の一環と位置づけ、次のように呼びかけます。
「私たちは、新たな産業を育て、新たな価値を提供できるような復興に挑戦しています。国の復興の基本方針等にも位置づけられている通り、南相馬は『実証の聖地』を目指し、宇宙スタートアップの挑戦の場としての立ち位置を確立していきたいと考えています。宇宙関連産業だけでなく、ロボットやドローン等も、南相馬で実証等を希望する際には、全力で伴走支援しますので、気軽にご連絡いただきたいと思います」(森氏)
黎明期の産業である宇宙産業にとって、実証は非常に重要なステップです。その『実証の聖地』を目指す南相馬市の取り組みはまだ始まったばかり。震災からの復興のさらにその先を見据えた取り組みの今後に期待が集まります。
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