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【前編】海からロケット打上げを見るレア体験!カイロスロケット初号機船上見学記

船上から見るロケット爆発後の白煙

2024年3月13日11時1分12秒、スペースワン株式会社は和歌山県のスペースポート紀伊から「カイロス」ロケット初号機を発射したが、打上げ約5秒後に機体は指令破壊され、打上げは失敗した。

筆者はこの打上げの様子を、海上から見学していた。前編では、カイロスロケットの概要と海上からロケットを見学する秘策、打上げ前日までの様子を紹介する。

カイロスロケットの概要

カイロスロケットはスペースワン株式会社が開発した3段式の固体燃料ロケットで、全長約18m・直径1.35mと、同じく3段式固体ロケットである「イプシロン」ロケット(全長約26m・直径2.6m)を一回り小さくしたようなロケットだ。

地球観測衛星や偵察衛星がよく使用する太陽同期軌道(高度500km)へ、150kgの人工衛星を打ち上げられる能力をもつ。初号機には、内閣官房が運用する情報収集衛星に不測の事態が起きた際、政府の情報収集体制に穴が空かないよう、短期間で打上げ・代替可能な小型衛星の実証研究を行う「短期打上型小型衛星」が搭載されていた。

なお、スペースワン株式会社はキヤノン電子・IHIエアロスペース・清水建設・日本政策投資銀行の協同出資によって2018年7月に設立されたスタートアップ企業で、そのロケット開発・運用には各社の知見が活かされている。特にIHIエアロスペースはイプシロンロケットの開発・製造にも関わっており、固体ロケット技術や人工衛星の軌道投入精度を高めるための液体燃料推進系「PBS」など、イプシロンとカイロスとの間には類似点が多いとみられる。

カイロスロケットの射場である「スペースポート紀伊」。カイロスロケットをイメージしたパネルも見える

3月11日まで・打上げ延期と「アレ」

では早速、カイロスロケット初号機の取材記をお届けしよう。

当初打上げが予定されていた2024年3月9日、私は岡山県にいた。射場であるスペースポート紀伊まで見学に行くこともできたが、初物のロケットが時間通りに打ち上げられることはないだろうと踏んだのだ。

実際、H3ロケットやイプシロンロケットは、天候以外の理由で初号機の打上げが延期となっている。案の定、3月9日の打上げは、海上警戒区域への船舶侵入によって中止・延期となった。なお、現行の制度では強制力を持って警戒区域への侵入を制限することはできない。この件に関して、和歌山県は6月までに国へ法整備の要望を出している。

さて、延期後の打上げ日時がいつになるかと気を揉みつつ、私は九州へ向かった。暖かな気候に日頃の喧騒を忘れていた3月11日、カイロス初号機の打上げが3月13日11時1分に再設定されたとアナウンスされた。

その瞬間、私の頭にあるアイデアが浮かんだ。この状況ならば、アレに乗れば海からロケットが見られるかもしれないと。「アレ」とは、東京九州フェリーのことである。東京九州フェリーは神奈川県横須賀港と福岡県新門司港の間を週6往復している長距離フェリーで、新門司港発の場合、同港を23時55分に出港し、翌日20時45分に横須賀港に到着する。

東京九州フェリー「それいゆ」航行の様子

今回私が注目したのは、同船が本州最南端である和歌山県潮岬(しおのみさき)を通過する時刻だ。

潮岬はカイロスロケットの射場であるスペースポート紀伊から約15km西に位置しており、数分ほどの誤差はあるものの、潮岬の通過時刻≒スペースポート紀伊の通過時刻と考えてよい。そして新門司港発の場合、潮岬通過時刻は10時58分、今回の打上げ時刻は11時1分。また、同船は射点から10km〜15km離れた場所を通過するため、このくらいの距離ならロケット見学に支障はない。

いける ──そう確信した私は、すぐにネット予約で乗船券を予約した。

潮岬の通過時刻を示す船内ディスプレイ

3月12日・いざ乗船

3月12日22時前、私はJR小倉駅にいた。新門司フェリーターミナル行の連絡バスに乗るためである。

連絡バスは無料かつ予約無しで利用できるため、新門司港発のフェリーに乗船するにはとても便利だ。この日は在来線が停電により運転見合わせとなっていたが、新幹線による代行輸送でなんとかバスの出発時刻には間に合った。22時10分、定刻通りバスは出発し、40分ほどで新門司港に到着。バスを降りると、今回お世話になる「それいゆ」号を間近に見ることができた。全長222.2m、総トン数(船の容積を表す指標)15,515トンの船体は流石に大きく、これが速力28.3ノット、時速換算で約52km/hで航行するのだから驚きである。

「それいゆ」のエントランスホール

フェリーターミナルで乗船手続きを済ませると、23時に乗船案内のアナウンスが流れた。手荷物を持ってギャングウェイ(船を乗り降りするための渡し板)を進み、いよいよ「それいゆ」へ乗り込む。乗船して数十歩も進めば、吹き抜けのエントランスホールが迎えてくれる。これから始まる船旅への期待が一層高まるが、はやる気持ちを抑えて客室へと向かう。

今回はツーリストAと呼ばれる1番安い大部屋タイプの客室を利用した。もちろん個室の用意もあるものの、ツーリストAはカーテンで仕切られており、各ベッドにボックスとコンセントも設置されているため、充分快適な旅を楽しむことができる。荷物やベッドの整理を済ませたところで、汽笛が鳴った。23時55分、定刻通りの出航だ。私はロケットも定刻通りであることを祈りつつ、ベッドに身体を預けた。

船内は各種サービスが充実している
ツーリストA型客室の様子

前編では、カイロスロケットの概要と、海上からロケットを見学する秘策、打上げ前日までの様子を紹介した。

後編では、打上げ当日の様子について紹介する。外に出られないほどの強風、そして射点の場所が分からないなか、無事に打上げを見ることはできるのか──。

執筆者プロフィール

加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。

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