
2025年6月13日に株式会社メタジェンと株式会社デジタルブラストの共催で開催されたセミナー『「腸」から宇宙へ ―共創で切り拓く未来マーケット―』。同セミナーでは、宇宙開発と同様に注目の成長産業である医療・ヘルスケア領域の組み合わせから生まれる新しい産業の可能性を、プレゼンテーションとパネルディスカッションを通じて探りました。
腸内環境と宇宙という異なる領域のかけ合わせからどんなアイデア・展望が生まれるのか、ここでは、両社の講演とその後に行われたパネルディスカッションの様子をダイジェストでお届けします。
目次
株式会社メタジェン:「茶色い宝石®」が切り開く新たな医療・ヘルスケア

株式会社メタジェン 代表取締役社長CEO
慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任教授
排泄物である便から腸内細菌の遺伝子や代謝物質の情報を詳細に解析し、科学的根拠を基に腸内環境を制御する「腸内デザイン®」を通じて「病気ゼロ社会」の実現を目指すメタジェン。同社CEOの福田氏は便を「茶色い宝石®」と呼び、便からわかる腸内環境の情報には大きな価値があると語ります。
腸内環境と健康との関連については、近年、腸内細菌のバランスの乱れがさまざまな疾患に関与していることや、疾患予防だけでなく、持久力向上、疲労軽減、睡眠の質の向上といった人間の機能拡張にも影響を与えることがわかってきているとのこと。福田氏は、腸内環境と健康の関係を理解することは、宇宙飛行士の健康管理においてもきわめて重要なテーマになるのではと指摘しました。
また、福田氏は、次のような研究データを紹介。健康な30〜40代の男女7名を約2年間にわたって調査した腸内フローラデータによると、一人ひとりがもつ腸内細菌の種類や割合はで大きく異なり、この差が、同じ食べ物や薬を摂取しても効果に「個人差」が生じる原因である可能性を示唆しました。

こうした研究結果をふまえ、メタジェンは腸内環境に基づく「個別最適化食」というアプローチを提案。カルビーとの共同開発商品「Body Granola」や、明治の開発支援を行った「Inner Garden」は、自身の腸内フローラタイプに合わせて最適な素材や飲み物を選べるパーソナライズされたヘルスケア商品の事例です。さらに、個別最適化食は、国内市場規模1,500億円、グローバルでは3兆円規模と推定される市場に拡大していく可能性があるとしました。
世界中で排出される便には健康や疾患に関する膨大な情報が含まれており、この「茶色い宝石®」に価値を見出すことで新たな医療・ヘルスケア産業が生まれる可能性を語るとともに、将来的には、地上で培われる技術を宇宙に展開し、宇宙空間での健康管理や、宇宙で得られた知見を地上に転用することもできるのではないかと期待を寄せました。
株式会社デジタルブラスト:“Launching the Future via Space.”

株式会社デジタルブラスト代表取締役CEO
「Launching the Future via Space.」というミッションのもと、宇宙におけるライフサイエンス分野でグローバルなマルチステークホルダー・プラットフォームの構築を目指すデジタルブラスト。
同社CEOの堀口氏は、宇宙ビジネスが従来のロケットや衛星などのインフラ中心から、データ活用や宇宙環境利用といった価値創出型アプリケーションへと移行しているという現状を示すとともに、2030年に予定されている国際宇宙ステーション(ISS)の退役を見据えてアメリカを中心に商業宇宙ステーションの開発が進んでおり、地球低軌道(LEO)市場が今まさに形成されている段階にあると説明しました。

そのうえで、同社が注力する宇宙ライフサイエンス領域の市場性に言及。宇宙での細胞培養や創薬、再生医療研究などは海外で大きな注目を集めており、数十億ドル規模の市場が形成されると予測されていると語りました。特に、微小重力下での細胞培養やタンパク質結晶生成は創薬や疾患研究に貢献し、3次元的な細胞培養の研究は再生医療分野での組織・臓器製造にもつながるものだと説明としました。
同社では現在、LEO でのライフサイエンス事業を推進するため、宇宙ライフサイエンス実験装置の開発や、宇宙環境利用支援サービスを展開していますが、堀口氏はさらに、基礎研究や標準化、教育を推進するためのグローバルプラットフォームの構築構想も紹介。福田氏のプレゼンテーションを受け、人類の活動が宇宙に広がる中では、宇宙での健康維持が不可欠なことから、腸内細菌を活用した健康管理にも大きな可能性を感じていると語りました。
パネルディスカッション:宇宙と地上をつなぐヘルスケアの未来
プレゼンテーション後のパネルディスカッションでは、宇宙での健康維持と地上でのヘルスケア産業の発展がどのように相互に貢献し、新たなビジネスチャンスを生み出すかについて、議論が行われました。
まず福田氏は、地上での腸内環境研究が、宇宙での人の健康維持にも貢献できるという視点を提供。
「腸内環境は、疾患の予防だけではなく、宇宙飛行士のパフォーマンス維持にも関係しているはず。地上の研究で培った個別最適化の技術は、宇宙での健康管理にも不可欠になるのでは」と、宇宙と腸内環境研究の今後に期待を寄せました。
現状、微小重力下での食生活やストレスが腸内環境に与える影響は未知数であり、地上と宇宙、双方で研究を進めることで、より効果的な治療法や予防医療の開発にもつながる可能性があると述べました。
一方の堀口氏は、宇宙におけるライフサイエンス領域の研究推進と、そこから地上に還元される価値について説明。
「宇宙には、地上では実現不可能な実験環境がある。微小重力環境では細胞が地上とは異なった挙動をみせるため、創薬や再生医療の分野で新たな知見が得られるはず。宇宙実験で得られた知見や技術は、地上の医療課題の解決に大きく貢献できる」と、宇宙利用のメリットを挙げました。
特に、ISSの退役後に続く商業宇宙ステーションの活用や、再突入カプセルによる高頻度・低コストのサンプル回収は、宇宙ライフサイエンスの加速に不可欠な要素だとしました。
また、パネルディスカッションでは、宇宙での生活が人類に新たな健康課題をもたらす可能性についても触れられました。
福田氏は、「宇宙空間の閉鎖環境や放射線、微小重力は、体重減少や心肺機能の低下、さらには精神的なストレスなど、人体にさまざまな影響を与えると聞いた。これらの課題に対処するためにも、地上で培った予防医学や個別最適化のアプローチが不可欠」と、腸内環境研究を宇宙で応用する可能性を指摘しました。
最後に堀口氏は「福田氏とお話しし、腸内細菌だけでも非常に大きな可能性があることに気づかされた。地上でもかなり研究がされているそうだが、それは宇宙でもやる価値があり、宇宙は実験場としてはとても魅力的なのかとも感じた。宇宙でさまざまな実験・研究を行うことで、『茶色い宝石®』のように次世代の価値を生む取り組みをしていきたい」と締めくくりました。
まとめ
今回のセミナーでは、人類の活動が宇宙空間に広がりつつある中で、人々を支える医療・ヘルスケアの研究と宇宙が結びつくことの重要性が浮き彫りになりました。
それとともに、健康維持に重要な役割を果たしている腸内環境を理解することは、地上と宇宙の両方で、一人ひとりによりきめ細かい健康を届けるためのヒントになることも感じられました。
メタジェンの「腸内デザイン®」というアプローチは、地上のヘルスケア産業だけではなく、宇宙分野の健康にも応用される可能性を秘めています。一方、デジタルブラストが取り組む宇宙利用の推進は、宇宙経済の拡大とともに地上と宇宙、双方の課題解決に寄与できる可能性があるといえるのではないでしょうか。 医療・ヘルスケア産業が宇宙に広がることで、ビジネスとしても、研究開発としても、より大きな可能性が開かれていくことになりそうです。