【特別対談・長谷川義幸×竹内芳樹】日本の宇宙業界のレジェンドが語る、「きぼう」開発秘話【後編】 

人類の軌道上の拠点である国際宇宙ステーション(ISS)の一画に整備された「きぼう」日本実験棟。ここではさまざまな実験・研究が行われてきたが、2030年に予定されているISSの退役に伴い、宇宙利用は新たなフェーズを迎えている。 

宇宙ビジネスの急成長や月面開発の進展など、大きく変わりつつある宇宙と私たちの関係。 

2024年2月22日に開催される『ISS・「きぼう」利用シンポジウム2024』の関連特別企画として、「きぼう」プロジェクト・マネジャーを務めた長谷川義幸氏と、「きぼう」の設計等に携わった竹内芳樹氏、2人のレジェンドに当時のエピソードを語り合っていただいた。 

(聞き手:株式会社DigitalBlast 宇宙開発事業部 エンジニア・工藤優花)
前編は こちら


長谷川 義幸(はせがわ・よしゆき) 
1976年3月、芝浦工業大学大学院 修士課程電気工学専攻修了。同年4月に宇宙開発事業団(NASDA)入社。 
国際宇宙ステーション(ISS)プロジェクトに1989年から参加。日本で初めての有人宇宙実験室「きぼう」のシステム開発に従事。NASAとプログラム交渉や技術調整を行って「きぼう」を軌道上の運用に導いた。この業務と並行して日本人宇宙飛行士の選抜・訓練、管制要員の訓練制度整備および運用システムの開発にも携わる。「きぼう」プロジェクト・マネジャー、国際宇宙ステーションプログラム・マネジャーを経て、JAXA理事。その後、技術参与。2016年3月退職。2016年4月より特定非営利活動法人 日本プロジェクトマネジメント協会 PMマイスター。
竹内 芳樹(たけうち・よしき) 
1984年に三菱重工業株式会社入社。同社にて国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の開発当初からプロジェクトに参画し、概念設計、システム要求設定、システム設計等を経験。管制システムおよび搭載ソフトウェア開発をとりまとめた後、プロジェクト・マネジャーに就任。また、宇宙ステーション補給機「こうのとり」与圧キャリアのプロマネとして開発を率いた。宇宙開発で培ったシステムズエンジニアリングの経験をもとに、三菱重工業社内および社外でのコンサルティングを実施。株式会社ispaceにて月面着陸ミッションの開発業務に従事後、2023年2月に株式会社DigitalBlastにCSSテクニカルアドバイザーとして参画。米国PMI認定PMP。

NASAのプログラムマネジャーも舌を巻いた「きぼう」の完成度 

工藤 プログラム・プロジェクトマネジメントとシステムズエンジニアリングを導入したことで、他国に伍するものづくりができるようになったんですね。 

長谷川 出荷前の審査で、NASAのトップのプログラムマネジャーが「Big and beautiful」と言ったんです。三菱重工さんが中をすごく綺麗に、白く仕上げてくれたんですよね。かつ、運用が始まった後も故障率はアメリカの半分以下です。打ち上げ初期の頃は、日本がコケたってアメリカのモジュールもロシアのモジュールもあるから、と言われていたのが、丁寧に扱ってくれるようになりました。 

竹内 それまでは、NASAとのインターフェイス調整で1週間議論してようやく決めたものをコロッとひっくり返されることもありましたよね。 

長谷川 そういうことが多々あって、NASAのマネジャーに相談したときに教えてもらったのが、「公式に決まったという議事録がない」ということ。NASAとJAXAのマネジャーのサインが議事録にないからだと言うのです。 

両者のマネジャーのサインがあると国際法上有効な文書になるので、ミーティングが終わったら、必ず合意した内容を何でもいいから書いて、そこにサインさせろと通知しました。そうしないと彼らは「これからハッピーアワーだから」と出ていってしまう(笑)。後で議事録をまとめようとすると、自分たちのいいように直してしまう。そこで、黒板で写真を撮って、決まったこと・決まらないこと、NASAの主張とJAXAの主張を紙に書いて、「これでいいね」と言うと、「これはshallじゃなくてwillにしたい」と。こうしたやりとりを1時間くらい。これが終わらないと懇親会に行かせない(笑)。逃がしたら最後、ミーティングがパーになってしまうから。 

竹内 向こうの連中はみんな、金曜日の昼くらいからソワソワしてね(笑) 。

工藤 設計だけでなく、そうした調整の苦労もあったんですね。

竹内 「きぼう」の構造を作るのも大変でしたね。実は、「きぼう」の与圧部構造は、ロケット構造の表裏を逆にしたんです。H-IIAロケットの直径・4.2mと同じなんです。 

工藤 えっ? そうなんですか! 

長谷川 アルミで溶接しているのですが、アルミの溶接は難しいので、できるメーカーが限られる。三菱重工さんはロケットをやっていたからできたんです。 

竹内 アイソグリッドという網目状の三角形の構造が、ロケットではタンクの内側にありますが「きぼう」は外側です。「きぼう」ではもし穴が空いた場合、クルーがラックを倒して修理できるようにしないといけないという要求があったからです。ロケット技術があったからできたことですね。 

工藤 素晴らしい! 技術が生きているんですね。 

竹内 宇宙ステーション補給機(HTV)「こうのとり」の与圧キャリアも同じ直径なんですよ。 

私はあまりハードを触っていませんが、ハードはまた別の苦労もありました。 

長谷川 「きぼう」のラックは1個500 kgくらいあるんです。当然、地上で中に入れるのですが、ハッチサイズが決まっているし重力もあるので入れるのに苦労しました。三菱重工さんが専用の治具(ジグ)を作ってくれて、それを使って入れました。 

竹内 アームに乗せて、中に入れて向きを変えてね。 

長谷川 あの仕組みはさすが重工さんだと思いました。ヨーロッパは別の方法で入れていたので、びっくりしていましたね。

竹内 あるとき試験中に水漏れして水が溜まってしまって、それをふき取るためにラックを全部出したこともありました。 

長谷川 バルブがきちんと閉まっていなかったんです。漏れた冷却水には硝酸銀が含まれているので機器が錆びてしまう。一品一品チェックしてまずそうなものは交換。大変でした。 

ノウハウ継承と次世代育成には、大プロジェクトと語り部が必要 

工藤 こうした背景や、文書に残らないようなお話は貴重です。一方で、宇宙業界では次を担う若手が不足しており、知識や技術の伝承が課題です。 

長谷川 人を養成しないといけないですが、誰しもつい自分の目前の仕事ばかりしてしまうでしょう。自分の担当の深みに入ると全体が見えなくなるんです。だから、全体を見据えたうえでサブシステム開発を行うような大型プロジェクトが必要なんです。すそ野が広がって、10数年はもちます。 

竹内 20年が限界です。伊勢神宮の式年遷宮がなぜ20年おきなのか? あれがまさに正解なんです。やはり技術を伝承するためには20年くらいごとにプロジェクトが必要です。 

長谷川 NASAでは、かつてアポロ計画などを担当した70、80代の職員がいると言います。「アポロ8号のときにこんなことをしたから、この構造はこうで、多分ここはもつと思うよ」「ああ、そうか」と背景や経緯を聞ける。こういう語り部も必要です。ノウハウは人でしか伝えられない。竹内さんも語り部ですね(笑)。 

官民が協力して宇宙開発を盛り上げる 〜次世代への期待とメッセージ 

工藤 退役が決定した「きぼう」へのメッセージをお願いします。 

竹内 「ご苦労様でした」ですね。 

あと、個人的なことを言えば、十分楽しませてもらったなと。こんなラッキーな経験は普通ないことです。実は、打ち上がるときにはHTVのプロジェクトに移っていたので、「きぼう」の運用には携わっていないのですが、開発を一通りやらせてもらい、本当に面白かった。そして、私はリタイアしたけれど、「きぼう」はまだ運用されていて、すごいな、よく頑張ったなと。 

長谷川 多分、運もありますね。もともとは10年寿命で、途中で目標15年として設計することになったんです。トータルの要求書では30年の寿命、2028年までもつかどうか、各国で技術検証をして、メンテナンスや入れ替えで2028年まではもつと。一番壊れるのは機構部分ですが何とかなる。ロシアも同じ見解で、例えば、アメリカは太陽電池のニッケル水素のバッテリーを替えようと言って日本製のリチウムイオンものにして延命させ、いくつか新しい装置に交換することでもたせて2028年までは行けるだろうと踏んだ。「きぼう」のコンピュータも古いけれど、後輩たちがいろいろ工夫してくれているから、まあ何とかなるだろうと。本当に2030年まで延ばすかわからなかったので、壊れないうちに早く離脱した方がいいとは思っています。 

今後は月のステーションを作る計画が実現しそうですから、そこにソフトランディングして、開発した後に運用・利用ができるようにすればメンバーがそのまま移行できます。質も上がりますし、新しい人が学ぶチャンスになるので、それをうまくやってくれるといいなと思います。 

工藤 成熟した「きぼう」が次のポストISSにつながっていきますが、次世代に向けてメッセージをいただけますか。 

竹内 ぜひどんどんやってくださいと言いたいです。ここで有人技術を廃れさせてはいけないと思うので。民間主導と言っても、民間だけでは絶対できませんから、JAXAや国をいかに巻き込んでいくか。宇宙開発の必要性を国に理解してもらいながら、国と一緒になって進めていくのが大切だと思います。 

長谷川 NASAの検証担当の方がしきりに「Stand up! and speak up!」と言っていました。日本人は言いたいことを言わないので言えと。その人はベトナムから逃れてNASAで働いていたのですが、彼は、こういう国際的なプロジェクトの一員として働けるのがとても嬉しい、そしてアジアの一国である日本がその中に入ってやっているのもすごく嬉しいと。国をまたぐ大きなプロジェクトは、お互いを活性化するんです。ですから、できればJAXAの業務に携わる企業が増え、その中で日本人だけでなくアジアの方々も一緒にプロジェクトを担当するような構図になれば、お互いのレベルが上がっていきます。そうした仕組みがあればいいと思っています。 

そのためには、世間が盛り上がり、国としても必要だという方向にならないといけません。 

今後、JAXAに基金ができてベンチャーを育成していくという流れがあります。こういう構図が重要です。NASAはすでに同様のことをしていますが、結果が失敗でも、途中までの成果を認めている。技術レベルが足りなくても、挑戦するうちに成功するという姿勢なんです。失敗をチェックし、いろいろ仕組み入れればできていく。そうすれば技術は上がっていきます。やればやるほどレベルは上がるんです。 

工藤 未知の課題であっても、トライ・アンド・エラーで挑戦することが大切ですね。本日は数々の貴重なお話をありがとうございました!

2024年2月22日(木)開催! 

新たな時代を迎えつつある国際宇宙ステーション(ISS)と「きぼう」日本実験棟の今後を考える、『ISS・「きぼう」利用シンポジウム2024』のプログラムと、現地参加・YouTube視聴方法のご確認はこちらから! 

あわせて読みたい