2023年9月26日、東京都千代田区の秋葉原UDXにて、株式会社アストロスケールが報道関係者向けに「ADRAS-Jメディアセミナー」を実施した。
このメディアセミナーのテーマは同社が開発を進めている「ADRAS-J」。
ADRAS-Jとは、Active Debris Removal by Astroscale-Japanの略で、大型デブリ除去等の技術実証を目指すJAXA(宇宙航空研究開発機構)の商業デブリ除去実証(CRD2)フェーズⅠの契約相手方としての選定・契約を受けて開発したもの。
2009年に打ち上げられ、現在、高度約600 km付近を周回しているH2Aロケット上段をクライアントとしてこれに接近し、デブリの運動や損傷・劣化状況の撮像を行うほか、デブリへの安全な接近など、将来的な軌道上サービス実現に向けた実証を行う。
デブリ除去の技術を実証し、「宇宙のロードサービス」確立を目指す
セミナーの第一部では、アストロスケールホールディングス創業者兼CEOの岡田光信氏が宇宙ビジネス市場の全体観の解説と、その中でアストロスケールが果たす役割やビジョンについて語った。
岡田氏は、世界的な成長産業である宇宙ビジネスの中でも軌道上サービスは特にその伸びを牽引する領域だと説明。
この軌道上サービス成長の背景にあるのは、宇宙ベンチャー企業や宇宙事業の増加による小型衛星や衛星コンステレーションが増加していることにある。軌道上の物体が増加することですでに混雑が生じており、衝突等によってさらなるデブリが生じやすい状況になることを防ぐために軌道上サービスが求められている状況にある。
衛星通信や測位衛星によるサービスなどが普及し、すでに地上のさまざまな場所で衛星が用いられている今、宇宙空間を持続可能な状況にするためにはデブリの発生を予防、または発生したデブリを除去する「ロードサービス」とも言える軌道上サービスが必須になる。
アストロスケールは現在、本社を置く日本のほかイギリス・アメリカ・フランス・イスラエルに子会社をもっているが、岡田氏は「2030年までに軌道上サービスを当たり前にする」ことを目指し、グローバルで事業を展開し、技術開発・ビジネス開発・ルールメイクを同時並行で進めていくとした。
岡田氏に続いて、JAXA研究開発部門 商業デブリ除去実証チーム長の山元透氏が登壇。年々増加するデブリの現状とその問題点について触れるとともに、商業デブリ除去実証(CRD2)の概要を紹介した。
その後、アストロスケール ADRAS-Jプロジェクトマネージャーの新栄次朗氏がミッションの詳細について説明を行い、ADRAS-Jで行われるミッションの概要やデブリに接近するまでの航行法、搭載されたセンサーについて解説し、通信やGPS機能が失われている「非協力物体」に近接することの難しさなどを語った。
「非協力物体」のデブリを安全に除去するためのテクノロジーを模索
続く第二部では、ADRAS-Jミッションとテクノロジーに関する詳細を引き続きプロジェクトマネージャーの新栄次朗氏が解説。
その後、アストロスケール上級副社長の伊藤美樹氏をモデレーターに、新栄次朗氏とADRAS-Jチーフエンジニアの井上寿氏が技術面についてパネルディスカッションを行った。
ADRAS-Jには、可視光・赤外線・LiDARの3種類のセンサーが搭載されており、対象とするデブリとの距離によってセンサーを切り替えて使用。これらのセンサーが正しく対象を捉えているかを確認するためのレーザーレンジファインダーも備えられており、確実に位置を把握できるようにしているという。
制御系では対象のデブリに衝突しないといった安全性に徹底してこだわり、また、ADRAS-J自身が故障するなどしてデブリ化することを防ぐために故障を検知し対策するシステム「FDIR」が搭載されていると紹介された。
ディスカッションの中では新氏、井上氏ともに「いかに安全にミッションを遂行するか」を重視して開発を進めた経緯を語り、膨大な回数のマヌーバプランのシミュレーションを行ったことなど、開発の道のりを明かした。
セミナー終了後の質疑応答では、技術的なものから安全保障など社会的背景に及ぶものまで幅広い質問が寄せられ、軌道上サービスに対する報道各社の関心の高さが感じられた。
なお、ADRAS-Jは当初、今年11月にロケットラボ社のロケット・エレクトロンによってニュージーランドから打上げられる予定だったが、9月19日にエレクトロンの打上げが失敗した影響を受け、打上げが延期となり、現時点で日程が定まっていないことも公表された。