スウェーデンの衛星通信事業者Ovzon AB(以下、Ovzon社)は、同社初の自社開発衛星「Ovzon 3」を2024年1月3日にSpace X社のFalcon 9ロケットで打ち上げた 2。Ovzon 3は、従来よりも小型の静止衛星で最新機能を搭載したソフトウェア定義衛星である。同衛星により、Ovzon社は独自の「SATCOM-as-a-Service」を発展させる予定である。
Ovzon社の概要
Ovzon社は2006年に創業したスウェーデンの衛星通信事業者である 3。同社はこれまで、移動式の衛星通信用端末の開発・販売を行ってきた。最初の通信端末は2013年に開発され、同社は2014年からこの端末を利用した通信サービスを展開している。同年にはアメリカ国防総省から初めての受注があり、それ以降西側諸国の軍事関係機関を主な顧客としてきた。2022年の総売上3400万ドルのうち、アメリカ国防総省から1790万ドル、イギリス国防省から290万ドルの発注を受けている。軍事関係以外では、2022年1月にイタリアの消防局から980万ドルの発注を受けている 4。
また、2018年にはスウェーデンの証券市場に上場しており、2022年末時点での時価総額は、29.53億スウェーデン・クローナ(日本円で約374億円)である。
同社の端末への通信は、これまで米Intelsat社など他社から静止衛星をリースすることで提供されてきた。しかし同社は、衛星自体も自社で保有することを目指して、2009年から衛星の設計に着手し、2018年には設計が完了している。当時は2020年末にSpaceX社のFalcon Heavyロケットでの打ち上げを予定していたが、打ち上げ費用などの問題からAriane 5ロケットで2021年後半に打ち上げることとなった 6。しかし、米Maxar社が担当していた衛星製造がコロナなどの影響を受けて大幅に遅延し、SpaceX社のFalcon 9ロケットでの打ち上げに再度変更となった 7。
Ovzon 3の最新テクノロジー
Ovzon 3には技術的に3つの特徴がある。
第一に、静止衛星として小型化に成功した点である。通信の静止衛星は大型化が進んでおり、最大のものではその重量が9200kgにもなるが、Ovzon 3は1800kgであり、静止衛星としては非常に小型の部類に入る。小型の静止衛星としては、ESAの研究開発プログラムの成果を利用した「Hispasat 36W-1」などがあるが、あまり実用化例は多くない。
第二に、Ovzon 3はビームフォーミング機能を搭載している。通常の通信衛星は、固定された比較的広い範囲に電波を送っており、範囲内では一定の通信品質で通信ができる。一方で、ビームフォーミングが搭載された衛星は、特定の狭い範囲に電波を集中させることができる。また、集中させる対象範囲も随時変更することができるため、狙った範囲に必要な時に必要な通信容量を提供することができる。Ovzon 3は、6つ中5つのビームが操作でき、それぞれ狙った範囲に向けることができる。
第三に、Ovzon 3はオンボードプロセッサを搭載している。オンボードプロセッサすなわち通信衛星に搭載されたコンピュータによって、「地上から衛星」と「衛星から地上」の通信をそれぞれ異なる方式とすることができる。これによって、顧客のニーズに合わせて、柔軟な運用ができる。こういったソフトウェアによる制御が可能な衛星はソフトウェア定義衛星と呼ばれる。また、Ovzon 3に搭載されたオンボードプロセッサに関しては、回復機能も重視しており、通信が妨害を受けたり、地上からの電波が弱まったりしても、継続して通信が行えるようになっている。
Ovzon社のSATCOM-as-a-Serviceとは
Ovzon社のSATCOM-as-a-Serviceでは、顧客は用意された複数のプランの中から自社の用途に適したプランに加入することで、任意の通信速度で任意の時間だけ通信サービスを購入することができる 9。
従来、軍事関係機関などは自前で通信衛星を保有し、通信網を整備してきたが、Ovzon社はサービスとして、必要な時だけ通信衛星を利用することを可能にしている。「Ovzon Go」プランでは、1分単位で最大10Mpsの通信サービスを購入でき、「Ovzon Hero」プランでは、最大速度(120Mbps)の通信サービスを購入できる。さらに、他社からリースしていた衛星に代わってOvzon 3によるサービスが始まると、顧客はOvzon 3のビームを制御できる「Ovzon Pegasus」プランに加入することも可能となる 10。
このSATCOM-as-a-Serviceは、災害や軍事活動など突発的なイベントの時だけ通信を増やしたい顧客にとっては大きなメリットとなるだろう。
今後の展望
Ovzon 3は電気推進装置を搭載しており、今後数ヶ月をかけて、指定の静止衛星軌道に移動し、運用を開始する予定である。また、今回の1機のみでは、ヨーロッパやアフリカ、アジアにしか通信サービスを提供できない。今後は複数機体制とし、全世界でOvzon社保有の衛星による通信を実現することを目指している。
これまで衛星通信業界は、衛星設計製造業者、地上端末製造業者、通信サービス提供業者に分かれており、顧客が希望のサービスを迅速に受けることは難しかった。Ovzon社はこれらの垂直統合を行っており、SATCOM-as-a-Serviceにより顧客が期待するサービスを即座に展開することができる。この垂直統合が成功し、業界に変化を起こせるのか注目が集まっている。
参考文献
1)https://www.ovzon.com/en/ovzon-3-makes-higher-data-speeds-and-new-services-possible/
2)https://www.satellitetoday.com/launch/2024/01/04/spacexs-launches-ovzon-3-swedens-first-privately-funded-geo-satellite/
3)https://www.ovzon.com/en/wp-content/uploads/sites/4/2023/03/annual-report-2022.pdf
4)https://www.satellitetoday.com/technology/2022/01/03/ovzon-receives-satcom-as-a-service-contracts-in-italy-and-columbia/
5)https://www.ovzon.com/en/wp-content/uploads/sites/4/2023/12/ovzon-t7.jpg
6)https://spacenews.com/spacex-loses-falcon-heavy-customer-to-arianespace/
7)https://spacenews.com/ovzon-taps-in-spacex-for-delayed-debut-satellite/
8)https://www.ovzon.com/en/section/ovzon-3/
9)https://www.ovzon.com/en/section/satcom-as-a-service-offerings/
10)https://www.ovzon.com/en/wp-content/uploads/sites/4/2021/11/ovzon-3-dec-2023-1.pdf
この記事は文部科学省の令和5年度地球観測技術等調査研究委託事業「将来通信衛星にかかる技術調査」の一環で配信しております。