【H-IIA引退記念①】これが「ロケットの一生」だ!日本の名機を徹底解説

Credit: JAXA

ロケットにあまり詳しくない人でも、「H-IIA(H2A)」ロケットという名称を一度は聞いたことがあるだろう。2001年から23年にわたって打ち上げられてきたこのロケットは、2024年度をもって引退し、「H3」ロケットへとバトンを引き継ぐ。そこでSPACE Mediaでは、H-IIAの引退を記念し、3回にわたって同機を特集していく。

初回となる今回は、H-IIAのコンセプトや各パーツの詳細、製造から打上げまでの「一生」を解説する。残り1回となった打上げを前に、H-IIAへの理解を深め、打上げ中継を見る際の一助となれば幸いである。

H-IIAはどんなロケット?~より安く、安心して使えるロケットを~

H-IIAロケットは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の前身であるNASDA(宇宙開発事業団)が開発した、液体燃料を使用する基幹ロケットだ。大型液体ロケット「H-II」の発展型として1996年度から開発され、2001年8月に試験機1号機の打上げに成功した。

現在までに6号機を除く48機の打上げに成功、成功率は約98%と世界最高レベルの信頼性を誇り、顧客が安心して使えるロケットとなっている。

H-II(左)とH-IIA(右)
Credit: JAXA

H-IIAの開発コンセプトは、コストダウン信頼性向上の2点だ。

H-IIは初めての純国産大型液体ロケットであり、成長した日本の技術力で商業衛星打上げ市場への参入を目指したが、円高により打上げコストが高くなり、市場競争力の低いロケットになってしまった。

そこで、H-IIAでは完全国産化にこだわらず、コスト削減のためには輸入品も用い、部品点数や作業工程の削減につとめ、打上げコストをH-IIの約6割である100億円前後に抑えた。また、このような部品・作業の簡素化は、そのまま信頼性の向上にもつながった。

なお、これらの取組みは、H-IIにおいて完全国産化を達成し、さまざまな部品・技術に対するノウハウが蓄積されていたからこそ実現できたことだ。その意味で、結果として高コストになったH-IIの取組みは無駄ではなかったことを強調したい。

H-IIとH-IIAの比較表。諸元・能力はほぼ同じだが、コストを低減させていることがわかる
JAXA、MHI、内閣府資料をもとに筆者作成

機体各パーツの紹介 ~実は分かれています~

ここでは、H-IIAの各パーツを機体下部から順に紹介していこう。

第1段

第1段は機体下部に位置し、機体の全重量を支える役割も持つ。内部には、推進薬である液体酸素と液体水素を搭載する燃料タンクや、エンジンへ燃料を運ぶ配管類などが装備されている。

組立て時の第1段機体。黄色いバンドを境に、上が液体酸素タンク・下が液体水素タンク
Credit: JAXA

最下部にはメインエンジン「LE-7A」が装備されており、H-IIロケットの「LE-7」エンジンと同じ能力を確保しつつ、部品点数や配管数、溶接箇所を削減し、コストカットと信頼性の向上を実現している。

LE-7A(左)とLE-7(右)。LE-7Aのほうがスッキリとした作りをしている
Credit: JAXA

補助ロケット

H-IIAの質量は約290tにもなるため、前述のLE-7Aのパワーだけでは機体を持ち上げることができない。

そこで、第1段の下部側面には白色の固体ロケットブースター「SRB-A」が装備されており、リフトオフ(離床)時に点火することで、LE-7Aと協力して機体を持ち上げる。SRB-Aは基本2本装備されるが、搭載する衛星の重量や目標に合わせ、4本装備することもできる。

なお2008年までは、より小型の固体補助ロケット「SSB」も使用されていたが、機体バリエーション削減による調達費カットを狙いとして、現在は使用されていない。

機体下部側面に装備されているのがSRB-A、下部中央の細いロケットがSSB
Credit: JAXA

第2段

第2段は第1段の上部に搭載されており、第1段の燃焼が終了した後の飛行を担当する。第1段と同じく液体水素・液体酸素タンクが装備されており、H-IIではこれらのタンクが一体となっていたが、H-IIAではそれぞれ独立した形状に変更し、推進薬の温度・圧力管理が容易になった。

最下部に装備されている第2段エンジン「LE-5B」には、3回に分けてエンジン着火ができる「再々着火機能」が備わっており、細かに加速することで、衛星を目標の軌道へ精度よく送り込むことができる。

なお、第1段との間にある黒い「段間部」は、H-IIが金属製であったのに対し、H-IIAではCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を使用しており、軽量化が図られている。

組立て時の第2段機体。黒い部分が「段間部」で、内側にLE-5Bエンジンが収納されている
Credit: JAXA

衛星フェアリング

衛星フェアリングは、機体先端の白色の部分にあたり、打上げ時の大きな音や振動、空気との摩擦熱から人工衛星を保護する役割を持つ。

人工衛星にはさまざまな形がある。また、2機同時に人工衛星を打ち上げることができれば、打上げコストの削減につながる。H-IIAはこれらの需要にあわせ、さまざまな種類のフェアリングを使用できる。

H-IIAのフェアリング。右の2種類は、上下2段にそれぞれ衛星を搭載できる
Credit: 川崎重工資料より

打上げまでの流れ ~ロケットの一生とは~

ここでは、H-IIAが製造されてから打ち上げられるまで、「ロケットの一生」ともいうべき打上げの流れを紹介する。

製造・輸送

愛知県にある三菱重工の工場で製造された第1段・第2段機体は、海路で発射場のある種子島まで輸送される。そして、トレーラーに積み替えられたのち、種子島宇宙センターまで慎重に運び込まれる。

巨大な機体コンテナが輸送できるよう、種子島の一部の道路では、信号機を回転させられるようになっている。なお、アニメーション作品『秒速5センチメートル』(新海誠監督、2007年)でも機体輸送への言及があるが、輸送時の速さは「時速」5kmである。

深夜の機体輸送の様子。信号機が回転しているのがわかる
Credit: JAXA

組立て・機体移動

横に倒された状態で運び込まれた機体は、種子島宇宙センターの大型ロケット組立棟(VAB)で起立させられ、移動発射台の上で組み立てられる。

ここに、衛星を格納したフェアリングと固体ロケットブースターを組み付け、移動発射台と機体をつなぐケーブル類を結合することで、組立て作業は完了する。

打上げ直前には、天候等を考慮して打上げ作業を進めるかどうかを判断する「Go/NoGo判断」が複数回に分けて行われる。第1回目のGo判断が下されると、打上げ約14時間前に、移動発射台に乗せられた機体がVABから約500m離れた射点まで移動する「機体移動」作業が実施される。この作業は、強風や落雷の影響を考慮しながら、30分ほどかけて慎重に行われる。

機体移動の様子。緑色の移動発射台運搬台車「ドーリー」が発射台ごと機体を運ぶ
Credit: JAXA

打上げ

打上げ時刻の約10時間前には、第2回Go/NoGo判断が行われる。Go判断が下されると、「ターミナル・カウントダウン」とよばれる作業が開始され、決められたスケジュールに従ってロケットへの推進薬充てんなどが実施される。並行して、ロケットに搭載されたプログラムの動作や、通信状況の確認も行われる。

天候・作業状況に問題がなければ、打上げ1時間前に最終Go/NoGo判断が行われ、Go判断が下されると最終カウントダウン作業が開始される。打上げ4分30秒前には自動カウントダウンシーケンスが開始され、その後は打上げ中止を含め、ロケット側の判断で動作することになる。

打上げ5秒前にはメインエンジンLE-7Aに着火、打上げ時刻には固体ロケットブースターに点火し、機体は力強く空へ飛びあがっていく。打上げ約2分後にはブースターを分離し、4分後~4分30秒後には衛星フェアリングを分離する。

なお、晴れた日にはブースター分離まで肉眼で見ることができ、カメラがあればフェアリング分離まで追うことができる。

地上から見たSRB-A分離の様子。中央が第1段、上2つがSRB-A
Credit: JAXA

その後も機体は高度を上げ、衛星の目標軌道にあわせて向きを変えながら飛行していき、打上げ約6分40秒後にはメインエンジンの燃焼を終了し、第1段と第2段を分離したうえで、第2段エンジンに着火する。

第2段の飛行によってさらに加速し、目的の軌道に到達した時点で無事に衛星を分離することができれば打上げ成功となり、ロケットの役目は終わりとなる。

ロケット見学者の多くは肉眼でロケットが見えなくなった時点で打上げ「成功」を確信するが、本来は衛星が分離されて初めて成功となり、ほっと一息つけるのである。

H-IIA引退記念の特集第1回では、H-IIAのコンセプトや各パーツの詳細、製造から打上げまでの「一生」を解説してきた。第2回以降は、H-IIAの開発からデビュー、改良に至るまでの歴史を解説する。

著者プロフィール

加治佐 匠真(かじさ・たくま)
鹿児島県出身。早稲田大学卒業。幼い頃からロケットが身近な環境で育ち、中学生から宇宙広報を志す。2019年より宇宙広報団体TELSTARでライター活動を始め、2021年からはSPACE Mediaでもライターとして活動。2024年7月よりSPACE Media編集部所属。主にロケットに関する取材を全国各地で行う。主な取材実績にH3ロケット試験機1号機CFT(2022)、イプシロンSロケット燃焼試験(2023、記事)、カイロスロケット初号機(2024、記事)など。

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